第45話:順調だけれど…
「そうか…分かった。アベラ、お前、俺を目いっぱい上に飛ばしてくれ!俺があの龍の頭をたたき割る」
「お兄様、私が申し上げたこと、聞いていたのですか?そんな事をしたら、お兄様のお命が」
「俺は死なない。皆、悪いがそのまま龍の意識をそらしておいてくれ。すぐに決着を付けるから」
そう言うと、お兄様がそっと龍の背後に回る。お兄様の存在に気が付いた龍が、お兄様を攻撃しようとするが、私達4人を含めた騎士たちが、一気に龍に魔力をぶつけて気をそらした。
「アベラ、今だ!」
一気に魔力を放出したアベラ様の力を借り、お兄様が空高く舞い上がった。そして、龍の頭上まで飛ぶと、一気に魔力を放出したのだ。
「ぐわぁぁぁぁ」
お兄様の魔力の塊が、龍の頭に命中。その瞬間、真っ黒な毒が一気に噴射された。そしてそのまま龍が倒れ込む。
「お兄様!!」
「アイリーン、ここは危険だ。こっちに来て」
ジルバード様に腕を引かれ、そのまま安全なところに連れていかれる。全長20メートル以上ある龍が倒れたとあって、ものすごい地響きと砂埃が辺りを覆っている。
「お兄様!お兄様」
「アイリーン、ダメだ、行っては」
「でも、お兄様が」
こんな形でお兄様をまた失ってしまうの?嫌よ!お兄様を失いたくはない。一気に恐怖と不安に包まれた時だった。
「アイリーン、俺はここにいるよ」
砂埃の中から、お兄様とアベラ様が現れたのだ。
「お兄様!ご無事だったのですね」
「ああ、空中で龍の頭めがけて攻撃魔法を放った後、そのまま地上に着地していたからな。アイリーンが龍の攻略法を教えてくれたお陰で助かったよ。銀の龍が倒れたせいか、魔物たちも一時的にどこかに行ってしまったようだね」
確かにお兄様の言う通り、魔物たちも一時的に退散した様だ。
ただ…
辺りには多くの騎士団員たちが、魔物たちにやられて倒れている。これが現実なのだ。500年前はもっとひどかった。今回は誰の目で見ても、被害は少なく恐ろしいほど順調に進んでいる。
それでも沢山の死傷者を、出してしまったのだ。それもまだ、銀の龍を1匹倒しただけなのに…
とはいえ、今は悲しんでいる暇はない。
「あなた、大丈夫ですか?息はありますか?すぐ治癒魔法をかけますね。皆様、魔物は一時退散したようです。けが人の治療を行いましょう。それから、ここから少し進んだ場所に、休憩できるスペースがあります。
そこで今日は休みましょう。疲れを癒し、明日の戦いに備えるのです」
こうなる未来は分かっていたのだ。だからこそ、今私にできる事をやるのみだ。
「アイリーン様、助けていただいてありがとうございます」
「どういたしまして。魔力が戻ったのなら、あなたも移動の準備を進めて。私はまだ、やらなければいけない事があるから」
1人でも多くのけが人を助けないといけないのだ。我々魔力持ちは、治癒魔法を使って怪我を治すことが出来る。命を落とさなければ、何度でも戦えることが出来る屈強の民族なのだ。
とはいえ…
「しっかりしろ!がんばるんだ」
「もうやめろ、こいつはもう…」
「なんでだよ!嫌だ、死ぬな」
泣きながら仲間に治癒魔法をかける騎士。彼はもう助からない、それでも諦めきれないのだろう。まだ治癒魔法をかけ続けている。治癒魔法は体への負担も大きい。あんな風に、むやみに使い続けると、本人の命にもかかわる。
そっと彼の肩に手を置いた。
「彼はもう、助からないわ。辛いでしょうけれど、現実を受け止めて。せめてしっかり埋葬してあげましょう」
「アイリーン様…俺は…」
堰を切ったように泣きだす騎士。彼にとって、この人はとても大切な存在だったのだろう。目の前で大切な人たちを失う辛さは、想像を絶する。
自分がもっとこうしていれば、守ってあげられていたら…ジャンティーヌだった時の記憶が、胸に突き刺さる。
それでもあの時は、騎士団長として騎士団をまとめなければいけなかった。泣き言など言っていられなかった。夜中、1人静かに何度声を殺して泣いたか。
あんな辛い思いは、もう二度としたくない。そう何度思ったか…
魔王軍との戦いは、人々にとって負担がどれほど大きいか…




