第39話:出陣です
「お嬢様、おはようございます」
「おはよう、皆」
「もう起きていらしたのですね…お嬢様、本当に魔王との戦いに行かれるのですか?今ならまだ、間に合います。お嬢様はずっと、この国の人たちに酷い目に遭わされてきたのです。それなのに、どうしてお嬢様が、命を懸けて戦わないといけないのでしょうか。
私共は、どうしても納得が出来ないのです。あんなに酷い扱いをして来たくせに!私共は、悔しくてたまらないのです。お嬢様、まだ間に合います。隣国に逃げましょう」
目に涙を浮かべながら、必死に訴えてくる使用人たち。そんな彼女たちの手を、そっと握った。
「いつも私に寄り添ってくれて、ありがとう。あなた達のいつも変わらない優しさに、私がどれほど助けられたか。確かにこの国の人たちには、散々酷い事をされたわ。どうして私があんな人たちの為に、命を懸けないといけないの?そう思った事もあった。
でもね、私にも、守りたい大切な人がいるの。もし魔王がこの国を支配したら、人間は皆殺しにされるでしょう。両親やお兄様、ジルバード様、それにあなた達やあなた達の家族も。
私はね、今まで私を守ってくれた家族がジルバード様、使用人やその家族の為に、戦う事を決めたのよ。いつも私を守ってくれて、ありがとう。今度は私が、あなた達を守る番。
どうか私に、あなた達を守らせて」
彼女たちも、役立たずの英雄と呼ばれた私に使える事で、嫌な事も多かっただろう。それでも私に寄り添い、傍にいてくれた彼女たち。そんな家族たちを、今度は私の手で守りたいのだ。
「「「お嬢様…」」」
ポロポロと涙を流し、その場に座り込んでしまった使用人たち。
「あなた達、泣いている暇はないわ。役立たずだった私が、大切な人を守れる力を手に入れて、出陣するのよ。今日は目いっぱい素敵にして頂戴」
「「「はい、承知いたしました」」」
目の前には騎士の衣装が。まさかこの衣装に袖を通す日が来るだなんて…
きっとこれも、宿命なのだろう。
「お嬢様、完成いたしました。本当に、ご立派だ事…」
涙を流しながら、使用人たちが呟いた。鏡に映った自分の姿を見る。間違いない、ジャンティーヌだ。500年の時を超えて、再び生まれ変わったジャンティーヌ。
あの時も、使用人たちに行かないでほしいと泣きつかれた。あの後、数週間にも及ぶ戦いが続いたのだ。
なぜそんなに長引いたかというと、魔王のいる場所が把握できていなかったからだ。そのせいで、魔王を探しながら魔物との戦いを続けていた為、魔王が見つかった時には、随分と戦力を欠かれていた。
また戦いが長引いたせいで、王都の街や市民たちにも、甚大な被害が出たのだ。たくさんの人が家や大切な人を失い、命を落とした。
でも今回は、幸か不幸か前世の記憶が残っている。きっと魔王は、あの場所にいるだろう。
今回は最短かつ最小限の被害で留めさせてみせる。とはいえ、魔王がいるあの場所までは、馬を飛ばしても丸3日はかかる。魔物と戦いながら進まないといけないため、下手をすると1週間を要してしまうかもしれない。
とにかく、迅速に進めないと!
鏡に映る自分に向かい、改めて気合を入れ直す。
「お嬢様、そろそろお時間です」
「分かったわ」
もしかしたらこの部屋には、もう二度と戻ってこられないかもしれない。そう思うと、なんだか名残惜しいのだ。16年間ずっと過ごした私の大切な居場所。ここだけが、私が安心できる場所だったあの頃。
もしも叶うのなら、もう一度この場所に戻って来たい。
私ったら、また弱音を吐いて。今回はお兄様もジルバード様もいてくれる。前世の記憶もある。500年前とは違うのだ。
きっと大丈夫。
そう自分に言い聞かせ、部屋を出たのだった。




