第38話:言いようのない不安が俺を襲う~ジルバード視点~
“嫌だ、目を覚まして。ジャンティーヌ、お願い。死なないで”
目の前には口から血を流し、ぐったりと倒れ込むジャンティーヌの姿が。
“殿下、もうジャンティーヌ様は…”
“そんな、僕のせいでジャンティーヌが…イヤだぁぁ”
パチリと目を覚ます。
まだあたりは薄暗い。このタイミングで、この夢を見るだなんて…
昨日激励会の途中に、魔王が現れた。魔王は全てを知っている様で、ジャンティーヌの生まれ変わり、アイリーンを真っすぐ見つめていた。
俺はアイリーンを今回の戦いに、どうしても参加させたくはなかった。彼女が今まで受けてきた仕打ちはもちろんあったが。
それ以上に、再び愛する人を、目の前で亡くしたくはなかったのだ。だからこそ、アイリーンにはこのまま屋敷で大人しく過ごして欲しかったのに…
そんな俺の想いとは裏腹に、彼女は昨日激励会の場所に現れ、皆がいる前で勇敢に戦ったのだ。それだけではない、混乱する会場を治め、指揮をとっていた。その姿は、まるでかつてのジャンティーヌの様だった。
彼女はきっと、もう覚悟を決めているのだろう。思い返してみれば、激励会が行われる前日、俺と一緒にダンスを踊り、お茶を飲みたいと言っていた。楽しそうにダンスを踊り、美味しそうにお菓子を頬張っていたのだ。
今思い返してみれば、アイリーンはあの時既に魔王と戦う事を決めていたのだろう。少しでもこの世に未練を残さないために、やりたい事をすべてやっておこう。そう思っていたのかもしれない。
「せっかく思いが通じ合ったのに…俺はまた、愛する人を失うのか?」
ついそんな言葉を呟いてしまう。やっぱり俺は、アイリーンを魔王との戦いに連れて行きたくはない。
でも、今のアイリーンは、絶対に譲らないだろう。現に昨日、俺が何度訴えても決して折れる事はなかった。
“私は死んだりしないから”
そう言って笑ったアイリーンの顔が、ジャンティーヌの顔とかさなった。500年前、ジャンティーヌの事を心配して泣く俺に、ジャンティーヌは言ったのだ。
“ギルド殿下、私は決して殿下を残して死んだりしませんわ。だからどうか、私を信じて”
そう言って俺にほほ笑んだのだ。でもその数時間後、ジャンティーヌは命を落とした。今でもその姿が、脳裏に焼き付いて離れない。
いつも騎士の衣装を着ていたジャンティーヌ。だがアイリーンは、昨日の激励会も、騎士団でのミーティングも、ドレスを着て参加していた。きっと時間が許す限り、公爵令嬢アイリーンとして生きたい!
そんな思いが込められていたのかもしれない。やはり彼女には、魔王との戦いに関わって欲しくはない。せっかく貴族たちも、アイリーンを他国に逃がす提案してくれていたのだ。
今からでも…
「ジルバード殿下、おはようございます。そろそろご準備をお願いします」
「もうそんな時間か…わかったよ」
「浮かない顔をされて、どうされたのですか?やはり魔王との戦いは、殿下にとっても…」
「いいや、魔王との戦いが怖い訳ではない。俺は…」
「もしかしてアイリーン嬢が、魔王との戦いに参加される事を気にしていらっしゃるのですか?お気持ちは分かりますが、きっとアイリーン様は」
「ああ、分かっているよ。きっと俺が何を言ってもアイリーンは、魔王と戦うだろう。もう誰も、アイリーンを止める事は出来ない」
分かっているからこそ、辛いのだ。
だが、悩んでばかりもいられない。俺はこの日の為に、魔力を磨き上げてきたのだ。あの頃の俺は、本当に無力で、彼女の足を引っ張ってばかりだった。
でも今の俺は!
「覚悟はできているよ!すぐに着替えて行こうか。魔王のいるあの場所へ」
次回、アイリーン視点に戻ります。
よろしくお願いいたします。




