第37話:もう時間がありません
「アイリーン、こっちを向いて」
ジルバード殿下に声をかけられ、顔をあげると、唇に温かい感触が。その後も何度も何度も唇を重ねる。
お互い限られた時間を、精一杯楽しむかのように。このままずっと、ジルバード殿下の傍にいたい。
でも、私達にはやらなければいけない事がまだ残っている。分かってはいるが、どうしても今は離れる事が出来ないのだ。
「ジルバード殿下、そろそろ騎士団に向かわないと。皆様きっとお待ちですわ…」
「そうだね、でも、もう少しだけ…それからどうか俺の事は、殿下呼びではなくジルバードと呼んでくれ。君に殿下呼びをされると、距離がある様で寂しいんだ…」
「わかりましたわ。それでは、ジルバード様と呼びますね」
あと少しだけ、この時間を楽しみたい。もしかしたら、こうやって2人でいられるのは、最後かもしれない。そう思うと、どうしてもお互い離れる事が出来ないのだ。
「お取込み中失礼いたします。ジルバード殿下、アイリーン嬢、そろそろ騎士団へ向かう時間でございます。皆様、お待ちかと…」
言いにくそうに、ジルバード様付きの執事が話しかけてきたのだ。
明日にはたくさんの魔物たちと魔王が襲ってくる。こうやって2人で愛を確かめ合っている時間はないのだ。それでもこうやってジルバード様と最後に心を通わせることが出来て、本当によかった。
「そうね、それでは参りましょう。ジルバード様」
「ああ…そうだね」
ギュッと私の手を握ったジルバード様。心なしか握る手にも力が入っている。
中庭を出た時だった。
「アイリーン、やっと見つけたよ。君が王宮に来ていると聞いて、ずっと探していたんだ。…どうしてジルバードと一緒にいるのだい?」
私の元にやって来たのは、レドルフ殿下だ。いつも私の事を睨みつけていたくせに、なぜか笑顔を向けている。
「レドルフ殿下、私に何の用があるというのですか?私に構っている暇があれば、愛するレア様の元にいて差し上げては?」
「あの女は、英雄ジャンティーヌの生まれ変わりだと嘘を付き、僕たちを欺いた罪で今投獄されているよ。まさか、あんな嘘を付くだなんて!僕は騙されていたんだ。
もちろん、婚約も白紙にもどしたよ。本当にどうしようもない女だ。あの女は、明日の戦場の最前線に連れていくつもりだ。自分でジャンティーヌの生まれ変わりだと言ったのだから、ぜひ実践してもらう為にね」
ニヤリと笑ったレドルフ殿下。
「あなた様は、魔王軍をなめているのですか?あのような者が、戦場の最前線にいられては、迷惑なだけです。それにきっと、一目散に逃げだすでしょう。あの子はそういう子ですので。これ以上私共の手を、煩わせることはお止め下さい」
「わかったよ、それじゃああの女を、戦場に送るのはやめておこう。それにしても君、すっかり変わったね。凛としていて、とてもカッコいいよ。今日の激励会の時の君も、ものすごく素敵だったし。
僕、ずっとジャンティーヌに憧れていたんだ。やっぱり僕には君しか…」
「熱弁されているところ申し訳ございませんが、私は明日からの魔王との戦いに備え、騎士団との打ち合わせに向かわないといけないので、これで失礼いたします」
これ以上この男の戯言に付き合っている暇はない。真顔でそう伝え、スタスタと歩き出す。
「待って、アイリーン…」
既に婚約を解消しているのに、呼び捨てとは非常識な男だ。自分は安全なところにいて、弟には命を懸けて戦わせる。国の習わしとはいえ、非常に腹立たしい。あんな男に、この国は絶対に渡さない!
「アイリーン、兄がすまない…」
ポツリと呟いたジルバード様。
「どうしてジルバード様が、謝るのですか?さあ、安全なところで身を守ってもらっている人の事は忘れて、私たちは戦いに集中しましょう」
あんな男に構っている暇はない。これから私たちの…いいえ、ここに住む民たち、しいては未来の子供たちの為に、運命をかけた戦いが始まるのだから。
次回、ジルバード視点です。
よろしくお願いします。




