第35話:皆を信じたい
「アイリーン嬢…今なんて?」
「私に魔力がほとんどなく、皆から疎まれ、敵視されていた日々は、私にとって生きる希望を失うほど辛いものでした。私の存在が、大切な家族を苦しめていると絶望し、自ら命を絶とうとした時もありました。
そんな私をいつも支えてくれたジルバード殿下の事を、私はずっとお慕いしていたのです。ジルバード殿下、どうか1人で魔王と戦うだなんて、言わないで下さい。どうか私にも、魔王を倒すお手伝いをさせて下さい。
1人では倒せなくても、2人ならきっと、倒せると思うのです。2人で魔王を倒しましょう」
すっとジルバード殿下の手を握り、彼に向かってはっきりと告げた。
「アイリーン嬢が、俺の事を?それは本当かい?俺もずっとずっと君の事が好きだったんだ。だからこそ、君をこの戦いに巻き込ませたくはなかったんだ!」
「あなたのお気持ちは、痛いほどわかりますわ。ですがあなたは500年前、私が命を落とした時に、物凄く後悔したのですよね。
もし私が今回の魔王との戦いに参加せず、ジルバード殿下が命を落としたら、私もあなたと同じように、ものすごく後悔するでしょう。ジルバード殿下が前世で苦しみ続けた思いを、私に味合わせたいとお考えですか?
魔力を取り戻した私に、指をくわえてみていろだなんて、さすがに酷だとは思いませんか。それならどうか、傍にいさせては下さいませんでしょうか」
そっと彼の手を握った。大きくてゴツゴツした手。少しでもジルバード殿下の負担を減らしたいのだ。
「俺は…もう二度と君を失いたくはない…」
「私も同じく、あなたや兄を失いたくはないのです。私は死んだりしませんわ。今回の戦いは、前回とは違います。私に散々意地悪をした令嬢たちも、参戦するそうです。あの人たち、相当な性格の持ち主なので、しっかり働いてくれるのではないでしょうか。
それに何よりも違うのが、ジルバード殿下、あなたです。500年前の殿下とは、まるで別人ですわ。兄も生きております。他にもたくさんの騎士団員もおります。
仲間を信じて戦いましょう。私は何もかも諦めたくはないのです。魔王を倒し、今度こそ令嬢として生きたい。愛する人の傍にいたい。幸せに暮らしたい。
さすがに贅沢でしょうか?」
「いいや、贅沢なんかじゃない。アイリーン嬢はずっと、この国のせいで苦しめられてきたのだから。だからこそ俺は…」
「だからこそ、皆で力を合わせて、魔王を倒しましょう。もう二度と私や殿下と同じ思いをする人が現れない様に、完全に再起不能になるまで、徹底的に戦いましょう。今の私達なら、きっとそれが出来ますわ」
「アイリーン嬢…君って子は。あんなにも酷い事をされ、生きる事すら諦めそうになるくらい追い詰められていたのに。どうしてそこまで強くいられるのだい?」
「私は強くなんてありませんわ。もっと言えば、英雄と言われていたジャンティーヌだって、強くなんてありません。死との恐怖、兄や仲間を失った絶望の中生きておりましたので。
それをうまく隠していただけですわ。それを言うなら、今のジルバード殿下だって、相当お強いではありませんか。私を守るために、1人で魔王と戦おうと腹をくくっていらしたのでしょう?魔王は相当強いですよ」
「それは…俺だって、死への恐怖はあった。アイリーン嬢にあとどれくらい会えるのだろう…そんな気持ちから、何度も君に会いに行ったし。正直死にたくなんてない、アイリーン嬢の傍にずっと居られたら、そう思っていたよ。
このまま魔王が復活しなければいいのに…そう願っていたのも事実だし」
「それでしたら尚更、私を傍に置いて下さい。きっとお役に立てると思いますわ」
ジルバード殿下に向かって、にっこりとほほ笑んだ。




