第29話:掌返しはもううんざりです
「魔王様は、いつからそんなにおしゃべりになったのですか?私、おしゃべりな男は嫌いですの」
にっこり微笑み、魔王を見つめた。
「相変わらず気の強い女だな。とはいえ、そこがお前の魅力だがな。さて、おしゃべりはここまでにしておこう。目覚めたばかりの英雄に、俺からささやかなプレゼントをやろう。1日だけ、お前に時間を与えてやろう。明日までは魔物たちも街を襲わせない。
もちろん、俺から逃げ出したいなら逃げ出しても構わない。そもそもお前、随分とこの国の住民たちに、酷い扱いを受けて来たもんな。
こんな国、滅びようが消え失せようがどうでもいい、そう思っても不義理ではないだろう。とにかく1日時間をやる。せいぜい考える事だな」
そう言うと、猛烈な風が吹き荒れ、そのまま魔物と一緒に姿を消した魔王。その瞬間、真っ黒な雲も一気に無くなり、元の青空へと戻った。
「アイリーン、大丈夫?」
「ええ、大丈夫ですわ。お母様、帰りましょうか」
心配して駆けつけたお母様に笑顔を向け、何食わぬ顔で歩き出した。
「お待ちください、アイリーン嬢!」
「やはりあなた様が、500年前の英雄、ジャンティーヌ様の生まれ変わりだったのですね」
「まさか魔力を取り戻していただなんて。少し前に高熱にうなされているという噂が出ておりましたが、その際に取り戻されたのですか?」
「いやぁ、めでたいですな。まさかこのタイミングで、アイリーン嬢の力が発揮されるだなんて。これで我が国も安泰ですな」
「先ほどのアイリーン様、とても格好よかったですわ。今まで酷い事をしてしまい、申し訳ございませんでした」
「あなた達、何を言っているの?散々アイリーンに暴言を吐いて来たのに。アイリーンには、全く期待をしていなかったのでしょう」
ものすごい勢いで迫って来る貴族たちに向かって、お母様が叫んでいる。
「お母様の言う通りですわ。出来損ないの英雄に、今更何を求めるのですか?そこにいらっしゃる、自称ジャンティーヌの生まれ変わりのレア様に、何とかして頂ければよろしいのではないですか?
彼女は王太子殿下の婚約者ですし。それでは私は、これで失礼いたしますわ」
笑顔でそう伝えると、お母様の手を握り、そのまま馬車に乗り込んだ。
ただ、ああ言ったものの、私の心はすでに固まっている。あんな貴族たちがどうなろうと、知った事ではない。
でも…
「アイリーン、それでいいのよ。あなたは今まで散々酷い目に遭わされてきたのですもの。あいつらの為に、命を懸けて戦う必要はないの。あなたの言う通り、自称ジャンティーヌの生まれ変わり、レア嬢が何とかするでしょう。
その為に、王太子殿下と婚約を結んだのだから。いざとなったら、お母様も魔物たちと戦うわ。だから、あなたはあなたの気持ちを大切にすればいいのよ。
そうだわ、混乱に乗じて、隣国に逃げると言うのもありね。既に隣国、マーシャル王国で生活できるように、手配は進めているし」
「お母様ったら…混乱に乗じて、国を出る事なんて不可能ですわ。我が国は島国ですから、出国にはどうしても船がいるでしょう?我が国では王家の許可なく、船を動かすことは禁止されているのですから。それとも泳いで隣国に逃げるおつもりですか?
今の私の魔力なら、それも可能ですが」
そう言ってクスクスと笑った。
「アイリーン、私は真剣なのよ。少なくとも、あなたを魔王との戦いに参加させるつもりは、私もお父様もグリムもジルバード殿下もないから。その事は、覚えておいてほしいの。これ以上あなたを巻き込みたくはないのよ」
「そうですね、私もこれ以上茶番に巻き込まれたくはないですわ。もうおしまいにしたいと考えております」
だからこそ、私がやらなければいけない事は…




