第25話:自分に正直に
「アイリーン、そろそろお屋敷に入りましょう。それにしても、急にどうしたの?ドレスを着て、ジルバード殿下とダンスやお茶を楽しむだなんて」
私の元にやって来たのは、お母様だ。
「私はただ、令嬢として素直に生きたいと思っただけですわ。今まで色々とあって、令嬢としての楽しみごとが、全くと言っていいほど出来ていなかったので。公爵令嬢として、楽しんでみたいと思ったのです」
「そう…ねえ、アイリーン。あなたはその…ジルバード殿下を、愛しているの?」
ポツリと呟くお母様。その瞳は、なんだか不安そうだ。
「ええ、辛いときや苦しいとき、ずっとジルバード殿下は私を支えて下さいましたから。正直申し上げますと、私も彼の力になりたいと、ずっと思っておりました。ですが私には、彼の力になる術を持ち合わせておりませんでしたので…
それにジルバード殿下自身も、私の助けを借りる様なことは、したくない様ですので…」
「そうね、ジルバード殿下は、あなたをとても大切に思って下さっているみたいで、アイリーンには普通の令嬢として幸せになる事を、強く望んでいらっしゃるわ。本当に、王族とは思えない程、素敵な方ね」
「そうですわね…」
すっと空を見上げた。夕暮れ時とあって、真っ赤にそまる夕焼け空。こんなに穏やかな空を見ていると、なんだか私の心も穏やかになる。
「さあ、そろそろ屋敷に帰りましょう。今日はお父様もグリムも帰りが遅くなるそうだから、夕食は2人で食べましょう」
「はい、私、お腹ペコペコですわ。さっきジルバード殿下と沢山お菓子を食べたのに。私のお腹、どうなっているのかしら?」
「食欲が戻ってよかったわ。今日も料理長が美味しいお料理を作ってくれているから、沢山食べなさい」
「はい、そうさせていただきますわ」
和やかな空気の中、お母様と一緒に夕食を頂いた。
夜、いつもの様に湯あみを済ませ、ベッドに横になった。
「お嬢様、それでは私共はこれで失礼いたします」
「ええ、今日もありがとう」
笑顔で部屋から出ていく使用人を見送ると、そっと立ち上がり、窓の外を見る。今日も夜空には、満点の星が。ふと下を見ると、1台の馬車が。お父様たち、やっと帰ってきたのね。
そっと部屋を抜け出す。
「あなた、グリムもおかえりなさい。それで、今日の会議はどうだったの?」
お母様が帰って来たばかりのお父様とお兄様に、話しかけている。
「落ち着きなさい、それでアイリーンは?」
「もう眠っているわ。それで…」
「ああ、魔物たちの数もかなり増えてきている事から、魔王の復活も近いだろう。それで急遽、明日10時から、王宮前の広場で騎士団員たちを激励するための会が開かれることが決まったよ」
「そう、いよいよ魔王が復活するのね。もし魔王が復活したら、グリムも…」
「ああ、俺は公爵令息として、騎士団の副団長として、ジルバード殿下の補佐をするために最前線で戦うつもりだ」
「そう…グリムも…」
「母上、泣かないでくれ。既に覚悟はできている。俺もジルバード殿下も、たとえこの命を失ったとしても、絶対に魔王を封印してみせる。封印した暁には、アイリーンはジルバード殿下の最期の願いとして、隣国、マーシャル王国での生活も約束されている。
父上、母上、俺たちにもしもの事があっても、絶対にアイリーンには伝えないでくれ。それから、速やかにマーシャル王国に向かってくれ。もしアイリーンが全てを知ったら、きっと自分を責めるだろう。
そんな事はさせたくないんだ。どうかよろしく頼む」
「ええ、分かっているわ。でもあの子、国を出る事を拒まないかしら?」
「その辺は私達でうまくやろう。グリム、お前も死ぬことを前提にせず、生きる事も考えろよ。どうか…どうか死なないでほしい」
「父上…」
お父様とお母様が、泣きながらお兄様を抱きしめている。そんな3人の姿をしばらく見つめた後、自室に戻ってきた。
そしてベッドに入り、そっと瞳を閉じたのだった。




