第20話:揺れ動く気持ち
魔王は恐ろしく強い。正直どうやって魔王を倒せれたのか、不思議なくらいに。魔王の攻撃を受け、体が切り裂かれる様な激痛に耐えながら、必死に戦ったのだ。
今の私に、あの頃と同じように戦えるだけの気力があるのだろうか…
このままジャンティーヌだった時の記憶も、戻った膨大な魔力の事も内緒にしておけば、きっと私は討伐に行かなくてもいいだろう。
幸せな結婚は出来ないまでも、公爵家でのんびりと暮らすことは可能だ。
でも…
本当にそれでいいの?私が討伐に行かなければ、ジルバード殿下がきっと、先頭に立って戦う事になるだろう。ジルバード殿下を1人、戦場に送るだなんて…
今まで散々ジルバード殿下には、守ってもらって来たのだ。今回だって、何度もお見舞いに来てくれていた。それなのに、そんな優しいジルバード殿下を見捨てるだなんて…
考えれば考えるほど、頭が痛くなってくる。
結局その日は、考えすぎて眠る事が出来なかった。
翌日も、その翌日も考えがまとまらず、月日だけが過ぎて行った。貴族学院にもいかず、家でゆっくり過ごす日々。
お母様と一緒に中庭でお茶を楽しんだり、お部屋で刺繍を入れる。こんなに平和な日々があったのね。そう思うほど、とても平和だ。
ただ、もしかしたら私が平和に暮らしている間にも、魔物たちが増えてきているのかもしれない。確か500年前は、魔王が誕生する1ヶ月くらい前から、急に魔物が増え始めたのだ。
時には街を襲う事もあったくらいだ。
ジルバード殿下、大丈夫かしら?最近はお兄様も屋敷にいらっしゃらない事も多い。お兄様は公爵令息として、騎士団に入団し、副団長としてジルバード殿下を支えている。魔王が復活すれば、きっと私の代わりに前線で戦うのだろう。万が一お兄様に、もしもの事があったら!
やはり私も…そう思うのだが、目の前で体を八つ裂きにされ、無残にも殺された前世のお兄様の姿が脳裏に浮かぶ。
すると次第に震えが止まらなくなるのだ。
「アイリーン、急に震えだして、どうしたの?とにかく一度ベッドに横になりましょう」
近くにいてくれたお母様が、ベッドに寝かせてくれた。
「お母様、お兄様は今、どちらに行かれているのですか?最近留守の日が多いようですが」
「グリムなら今日は、お父様のお手伝いで出かけているの。あなたが心配するような事はないから、安心して頂戴」
一瞬目を泳がせたお母様。もしかして、お兄様は本当に魔物討伐に行っているのかしら?でも、まだ魔王が復活していないはず…魔王が復活したあの日は、決して忘れない。真っ青な空に分厚い雲が急にかかり、赤い雷が鳴り響いたのだ。
異様な光景に、恐怖を抱いたものだ。でも、まだその光景が起きていないという事は、魔王は復活していないという事になる。
「とにかく、アイリーンが心配する事は何もないのよ。さあ、少し休みなさい」
そう言うとお母様が、ベッドに寝かせてくれたのだ。
私、本当にこのまま屋敷で、のんびりと過ごしていていいのかしら?魔力が宿った今、やはり魔王との戦いに備える必要があるのではないだろうか。
でも…
やはり魔王との戦いは、怖い。ジャンティーヌは8歳からいつ魔王が現れてもいい様にと、厳しい稽古を受けてきたのだ。でも今の私は、何の稽古も受けていない。きっとこの体では、体力もないだろうし…
だからと言って、お兄様やジルバード殿下に全てを任せていいの?
私は一体、どうしたらいいのかしら?




