戦駒盤での勝負1
そうしてクリス坊やがめちゃくちゃ不本意ですけど! みたいな態度で私の天幕に入室した。
この部屋は一番外側に設置した天幕で、外からバレずに侵入するにはもってこいの場所で、しかも中には私とクリスしかいないと思われている。紛れている裏切り者が、功を焦ってクリスを暗殺しようとするのにうってつけだ。
しかし、この部屋は私とクリスしかいないように見せかけて、ひっそりとローベルト達護衛陣が隠れている。
天幕として貼られた布が3重のためその布の間に滑り込んでいるのだ。
私の天幕にそわそわとやってきたクリスは、その天幕の内装を見てむむと黙り込む。
私の天幕とは言っても、野営のためにさっき設置したばかりのもの。ちょっと上質なクッションとかは敷き詰めてるけれど、ほかの天幕の中と大差ない。
私がクリスの反応を待っていると、彼はふーんと唸った。
「べ、べつに、女の部屋なんて見慣れてるけどさ! なんかこれ、生活感なさすぎるんじゃないか? お母様の私室はぬいぐるみとか可愛らしい置物を置いたりして可愛くしてるぞ。……も、もしそういうのが欲しいなら後で贈り物してやってもいいけど……」
と顔を赤らめて感想を述べた。
いや、部屋じゃなくて天幕だからね。
さっき設置したばかりの天幕で生活感があったらびっくりだからね。
しかもなんか顔赤くしてそわそわしてるし。
なんでこの人、初めてできた彼女の部屋にお邪魔した彼氏みたいな反応してくるんだ……。
「ぬいぐるみや置物は、移動するときに邪魔にになるからいらないわ。宝飾品ならもらってあげる。だいたい天幕の中なんて、寝る場所があればそれで十分だと思わない?」
私がそう言いながら、中に入って天幕の中に置いてある小さなテーブルのところに腰を下ろした。
そして、あなたはここに座って、と向かい側に置いてあるクッションを手で示す。
はよう座れ、という気持ちでいたけれど、何故か棒立ちの彼は戸惑うように私を見た。
そして口を開く。
「寝る場所があればいいとか、お、おまえ、同じ部屋に入った男女がやることと言ったら、それしかないとでも言いたいのか!? ま、まったく、そんなこと言うなんて……は、恥じらいはないのかよ!?」
とかのたまって、クリス坊やが恥じらうように下を向いた。
いやいや、同じ部屋にいる男女がやることといったらそれしかないなんて、誰も言ってないんですけど。
妄想で私の話を膨らませすぎではないだろうか。
思わず呆れたような目を向けてしまいそうだったので、私はテーブルの下に収納していた戦駒盤を取り出してテーブルに置いた。
「安心して、同じ天幕にいる男女がやることが一つだなんて、私は思ってないわよ。とってくったりしないから、ここに座りなさい」
そう言って戦駒盤を指差すと、クリスが目を丸くさせた。
私は相手をするのも面倒だと思って、いいから座れという念を送りつつ視線でテーブルの向かいのクッションに座るよう促す。
クリスは「戦駒盤か……」と呟くと大人しく反対側に座ってくれた。
「戦駒盤はできて?」
そう言って、王の駒を手にとって軽く振る。
戦駒盤は、戦争を簡略化させたボードゲームだ。キングに歩兵に騎馬兵、槍兵、近衛兵などの役職を駒に置き換えて交互で駒を動かし、相手の王を倒した方が勝ちというゲーム。
貴族の間では嗜みとして覚えている者が多いため、そう言った貴族の相手をすることもあるルダスの子達は大体嗜んでいるし、私も腕に覚えがある。
「もちろん」
と言ったクリスの顔が少し楽しそう。
この表情は結構自信があるなと思っていると、ふとクリスが顔をあげて私を見た。
「まさか、坊やじゃないことを見せてもらうって……これのことか?」
ときいてきたので、私はにっこり微笑んで頷いてみせた。
「そう。クリス様が一体何の勝負を想像していたのかわからないけれど……想像していたものと違っていたら、ごめんなさいね?」
「べ、べ、べ、べ、別に、なんも想像してないけどな!」
とムキになって答えてきた。
この王子、純情ぶってるけど、発想がむっつりだよね。
私は生暖かい視線をクリスに送ると、早速やりましょうかと盤上に駒を並べたのだった。
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しばらく、戦駒盤をクリスと指してわかった。
このクリス坊や、むっつりのくせに強い。
指し筋は彼の性格を表すかのようにまっすぐで素直。
こちらが難しい手を打ってみても、混乱することなくその都度冷静に正道で対処してくる。
はっきり言うと、今までの彼の言動とか態度を見て弱そうだと勝手に決めつけていたのだけど、結構、というか、かなり強いぞ。
「戦駒盤は誰に習ったの?」
「アレクに習った」
クリスは盤から目を離さずにそう言った。
話しながらも盤上に集中してるようだ。
アレクと言うと、アレクシスのことか。
綺麗な顔してるけど、人を食ったようないけ好かない笑顔を貼りつけた男。
「結構強いわね」
「そうなのか? 戦駒盤は好きだけど、対戦はアレクシスとしかしたことないしよくわからない。アレクシスとは勝ったり負けたりだ」
へぇ……自覚なしか。
以前この国にきた時、幾人か腕に自信があると言っていた貴族と打ったことあるけど、正直大したことなかった。殿下の戦駒盤の腕は、スプリーン王国内でも結構強い方だろう。
それにしても、おしいな。
私はちらりと、これから王位継承権を破棄する気満々のクリスティアン殿下を盗み見る。
戦駒盤は集中力、判断力、直観力、発想力などの是非が問われるゲームだ。
戦駒盤が得意だから王に向いてるというわけではないけれど、得意であることに越したことはない才能。
実際、この大陸には兄弟で戦駒盤を競わせてその腕前で次の王を決めるという変わった国もある。
そしてその後、数手打って私が勝った。
負けを宣言したクリスは恨めしそうに私を見る。
「お前、俺のこと強いとか言いつつ、余裕そうじゃないか……」
「あら、余裕とまではいかないわよ。何度かヒヤリとするとことはあったわ」
「えー。全然そう見えなかったけどな。……俺、弱いか?」
「あら、貴方は強かったわよ。さっきそう言ったでしょ」
「でも、負けたじゃないか」
「それは、だって相手が悪いもの。貴方は今、この大陸の中でも五本の指に入る戦駒盤の名手と相手をしてるんだから」
私がそういうと疑わしそうにアレクシスが私を見る。しかし、少しして盤上に視線を戻した。
「俺のこの時の動きが良くなかったと思う」
そう言って、盤上の騎士の駒に手を置いた。
「イレーネが女王の駒を寄せてきたから、俺は王の駒を後ろに下げた。これで他の駒の動きが鈍くなったんだ」
どうやら反省会をしたいらしい。
変わった王子だ。戦駒盤で負けた貴族の大半は、体の調子が悪かった、手を抜いたのだと、負けた言い訳をまず口にする。
そして、自分の腕前を省みないから腕前が向上しない。
クリス殿下のこういう向上心があって素直なところは、本当にいい気質だ。




