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快楽の国の女王  作者: 唐澤和希/鳥好きのピスタチオ


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エピローグ3

 さらさらとした砂を踏みしめて外を歩く。

 砂交じりのひんやりした風が当たる。夕方あたりになると、風も冷たい。

 

「お母様、何をしてるのかしら。ちゃんと戻ってくるのかしら」

「どうでしょうか。あの方は自由奔放でいらっしゃいましたから」

「スプリーン王国周辺にまだ母はいるかもしれない。探してって言ったら、連れ戻してきてくれる?」

 後ろに黙ってついてくるローベルトにそう言うと、彼が戸惑ったのが背中越しで分かった。

「私は、貴方の護衛です。貴方のそばを離れることはできません。それに、ビクトーリャ様は殺しても死なないところがありますから、心配するだけ無駄というものでしょう」

 わかってる。

 分かってるけど……。


「本当は、クリスをルダスに引き入れたかったのでしょう? 彼に一時的にルダスの座長を務めてもらい、貴方は一人でビクトーリャ様を追いかけたかったのでは?」

 ローベルトに言われた言葉に一瞬だけ息を止めた。

 でもすぐに平静ないつもの笑みを浮かべることに成功する。

 そしてその顔で振り返った。


「まさか。確かに彼には魅力がある。王として素質も十分で、その華やかさは母に通じるものもあったけど……ルダスを誰かに任せようなんて思ってないわ」

 とは言いながら、本当は少しだけ、それも良いと思っていた。


 クリスには王気があった。人に愛される素直さや人を導く強さを持ってる。

 だから、必要以上にクリスに目をかけていたのかもしれない。


 彼にルダスを委ねたら私は自由の身だ。そしたら母を探しにいける。母を探してもう一度ルダスに連れ戻して、また以前のように……。


「ルダスの座長は、まだ荷が重いですか?」

 私の心を見透かすように、ローベルトが静かに声をかけてくる。

 荷が重いの単語に思わず息を飲む。


 堪えているものがこぼれ出てしまいそうだった。

 必死に、表に出ないように押し込めて、女王のふりをして他の人には見えないようにしてたのに、ローベルトがそんなこと言うから!


 唇を噛み締めて顔をうつむかせた。

 情けない顔を見られなたくない。


「私は別に座長になりたくなかった。女王のように振る舞う母が誇らしくて、そんな母を、一座のみんなと支えていけたらそれで満足だったのよ……!」

 でも母は消えてしまった。

 だから、仕方なく座長になった。ルダスの女王になった。

 思わず責めるような口調で思いの丈が口から出ると、ローベルトドが私を優しく抱きしめてくれた。

 癇癪を起こした子供をあやすような気持ちなのだろう。

 子供扱いされたことが悔しくて、自分の気持ちを抑えられない自分の弱さが許せなくて、私は恨めしく顔を上げて、抱きすくめるローベルトをにらみ上げる。


「みんなだって、そう思ったはずよ! こんな小娘じゃなくて、母がルダスにいてくれたら良かったのにって、そう思ってる! そうでしょ!? 貴方だって!!」

 実際、母が出奔した後、何人もの人たちがルダスを去った。

 母のいないルダスに興味が失せたのだろう。

 そして、私のような小娘が率いるルダスが嫌になったのだ。


「今ルダスに残ってるものたちは、貴方を慕う者達です。たとえビクトーリヤ様を連れ戻したとしても、彼女はもう女王には戻れない。この一座にいる者達は、貴方以外を認めない」

「そんなこと……!」

「あります。お認めください。私たちの気持ちに気づかないふりをするところは、貴方の数少ない弱さの一つですよ」

 そう言われて、私は目を見開き、言葉をのむ。


「それにしても、貴方はどうもビクトーリヤ様を美化しすぎるところがある。確かに、旅芸人の座長として素晴らしい方ではありました。しかし、ビクトーリヤ様は、自分よりも娘の貴方こそが座長にふさわしいと思って身を引いたのですよ」

「……え。それって、どういうこと? ローベルトは母が突然出奔した理由を知っていたの?」

 寝耳に水な話を言いてキョトンと目を丸くさせてそう問い直すと、ローベルトは、しまったみたいな顔をして、視線をそらした。


「あ、いえ、私が個人的にそう思っただけです」

「いや、さっき『しまった!』みたいな顔してたじゃない!」

「してません。もともとそういう顔です」

 いや、もともとそういう顔じゃなかったでしょ!? いっつも愛嬌のかけらもないような涼しげな顔だったでしょ!?


 しかし、私が追求するように目を鋭くさせてもローベルトは知らぬ存ぜぬの一点張り。


 私は諦めて息を一つついて、未だ抱きしめられたままの恰好だったので手をついて距離をとった。


「もういいわ。なんか、久し振りに泣き言いったら、スッキリしたし……ありがとう。私もルダスのみんなのことは好きよ。みんなを守れる今の立場も、前ほど嫌いじゃない。ううん、むしろ……」


 少しずつだけど受け入れ始めてる。

 クリスもこんな気持ちなのかしら。

 彼ももともと王になんてなる気がなかった

 でも必要に迫られて、力を求めて、その地位に就くことを選んだ。

 きっと、私も……。

 なにかが掴みかけようとした時、後ろの低木の茂みのあたりでゴソゴソと人の気配を感じた。


「ああ、やだ。私のイレーネ様最高に可愛い。ていうかローベルトのバカ近すぎない? 死ね」

 この声は、夜組の長デボーラ姉さん。


「イレーネ様がご自身のお気持ちを口にするのは久しぶりですね」

 と孫の成長に喜びを噛みしめるような渋い声は、昼組の長ジーク。


「ああいう人間らしい部分もあるのですね。新鮮です」

 と、感心するような声は先ほどルダスに入ったばかりのアレクシスだ。


 そして、頭上からローベルトのため息。


「近くにいたのは分かってましたが、声が大きすぎますよ。イレーネ様に気づかれてます」

 ローベルトが呆れた声でそういうと、

「え!? ばれたの!? キャ」

 という声を共に、低木から倒れこむようにして、覗き見をしていた三人が現れた。

 葉っぱを頭につけ、地面に手を膝をつけた情けない姿で登場した人に私は腕を組み見下ろす。


「こんなところで、なにをしているのかしら?」

「えーっと、ちょっとみんなで散歩に出てただけよ……?」

 と視線を明後日の方を向きながら話すデボーラ姉さん。


「もう……!」

 と言って、不満そうににらんで見たけれど、途中からおかしくなって顔が笑ってしまった。

 だって、みんな顔や服に葉っぱや土をつけてたりして、間抜けなんだもの。


「まあ、いいわ。そろそろ外は冷えてくる時間ね。戻るわよ」

 そう言って、乾いた土を踏みしめて踵を返す。


 カラフルな天幕が並ぶ場所へと足を向ける。

 目の前に、ルダスの色鮮やかな天幕に西日が差し込む景色が広がった。

 この光景、私は好きだ。


 綺麗だと思う。


 後ろには頼れる仲間がいる。


 私は、もう少し、このルダスという一座の長であることを誇ってもいいのかもしれない。

 だって、今は、目の前に広がる光景がこんなに綺麗なのだから。




fin



以上で完結です!

ここまでお付き合いいただきありがとうございました!


ここまで長く書く予定はなかったのに、どんどん文字数が…!とわたわたした思い出!

あまり派手さはないけど舞台設定が気に入ってるので、違う国の違う人の話を書きたい気持ちが出てきております…!


そして、新作

「あやかし屋敷の料理鬼~『美味しい』の伝道師かな子の料理鬼対決備忘録~」

を連載はじめました。これまた10万字ぐらいで完結予定。

グルメの皮をかぶせたコメディです!


下の方にリンクを貼っておりますので、どうぞよろしくお願いします!






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