エピローグ2
手紙を届けにきた人に会いにルダスの野営の天幕の中でも、貴賓室扱いになる天幕に向かった。
入る前には、一体何の用だろうと思ったけれど、手紙を持ってきた使者なるものの顔を見て合点がいった。
「アレクシス、あなた何でこんなところにいるの?」
思わず声に出た。
だって、そこで待っていたのは、あの暗黒微笑を口元に浮かべるクリス殿下大好きなアレクシスだったのだから。
色素の薄い白金の髪に、深い青の瞳は依然と変わらずその儚げな美しさをきわださせていた。
そんな彼は私がやってくると、席を立ちしずしずとこちらにやってくると膝をつく。
「ルダスの女王、お久しぶりです」
アレクシスは貴族の男性がするように優雅な所作で私の手を取って口付けた。
長年貴族をしてるだけあって様になってるけど、相変わらず食えない笑顔だ。
私はため息をつくと、立ち話もなんだからと椅子のある場所へと誘導した。
「久しぶりね。それで、貴方何しに来たの? 国外追放になったってきいたけど?」
どこか機嫌がよさそうなジークに紅茶をいれてもらって、一息ついたところでそう尋ねた。
「そうなんです。私、クリス殿下においだされてしまいまして」
ケロッとした笑顔を浮かべる。
こいつちゃんと反省してるのだろうか……。
「だから前に言ったでしょう? クリスにばれたらあなた捨てられるわよって」
「ばれない自信はあったんですけどねぇ。殿下を見くびっていたようです。本当に、立派になられました」
少し寂しそうに、でもどこか楽しそうにアレクシスは呟く。
その顔が意外で私は首を傾げた。
「悔しくないの? やったことはどうあれ、貴方は貴方でクリスのことを思って、やったことなのでしょう?」
「自分の詰めの甘さは確かに悔しいですが、しかし私の想像を超えて成長なされた殿下のことはとても誇らしく思います」
「へえ、意外。貴方のことだから、自分のおかげなのに! とか言ってもっとクリスを責めるものかとおもっていたわ」
「一体私をどういう目で見てたのですか?」
と心外だとでも言いたそうな目つきでアレクシスは私を見てきた。
いやだって、ねえ。
アレクシスは少々不満そうに私を見てから、あきらめたように息を吐き改めて口を開く。
「私は、ただより良い国にするために忠実なだけですよ。今のクリス殿下に私は必要ないでしょう。貴方の言っていた通りでした」
そう言った時に少しだけ瞳が寂しさで陰ったように見えた。
明るく振る舞ってはいるけれど、それでも慕っていた殿下にいらないと言われたことは堪えているのだろう。
「そう……。まあ元気出して。それで貴方これからどこに行くつもりなの? 身寄りはあって?」
私がそう問いかけると、待ってましたとばかりにアレクシスが満面の笑みを浮かべる。
あ、なんか嫌な予感だ。
「実は行く宛がないんですよ。だから、ぜひ、こちらに奉公させていただければと思いまして」
やっぱり!
ていうか、これあれだ! 手紙に書いてたことだ!
クリスの国外追放って、私に押し付けたってこと!?
色々と理解し始めた時、私の後ろに控えて給仕をしていたジークが前に出て来た。
「それは良いお話ですね。実は私の補佐の席が空いております」
ウキウキとしたジークの声が聞こえる。私が後ろを振り返ると、ジークは喜びを隠そうとしない顔で私を見る。
ご存知でしょう? とでもいいたそうな顔で「良い話ですね、イレーネ様」と二度言った。
確かにジークの補佐役が欲しいとは思っていた。と言うか全体的にジークのところは人手が不足してる。
でもそれもジークが完璧人間すぎて補佐を必要としてないからだよね?
ああ、ジークが笑顔の理由がなんとなくわかって来た。
アレクシスを育てて、自分の代わりに昼の仕事のリーダーを譲るつもりだ。
もともとジークは今の、ルダスの生活を支える昼組のリーダーになるのを嫌がる節があった。
ねっからの補佐役気質なジークは、組を率いるという感覚が好きではないらしい。
そこでアレクシスの登場である。
短い間だけど、アレクシスとはともに過ごした。
その際に彼の能力については把握している。ジークと同じように、なんでも器用にこなせる人物だ。
しかももともと貴族の生まれなだけあって人を使うことに慣れている。リーダー向きだろう。
少し鍛えれば、自分よりも長としていい仕事をしてくれる、そして自分は長を引退できる……とジークはふんでいるのだ。
それはもう嬉しそうなジークに私は恨みがましい視線を向けたけどすぐに諦めのため息をついた。
「じゃあ、アレクシスは、ルダスで働きたいということね? 貴方もしばらく一緒にいて知ってるとは思うけれど、甘い世界じゃないわよ」
基本的に移動しては野営するの繰り返し。
汚いし、きついし、危険の三拍子揃った職場である。
しかもアレクシスには、優しそうに見えて以外とスパルタなジーク教官が指導することになるだろう。
「分かってます。自分のできることはなんでもしますよ」
「けど……本当に貴方はそれでいいの? 国外追放と言われて、投げやりになってない?」
「投げやりだなんて、まさか。これは、私の小さい頃からの夢なんですよ」
穏やかな笑みを浮かべてアレクシスが言うので私は目を見張った。
「……ルダスに働くのが?」
「正確には、名君に仕えることが、夢だったのです。私はその夢をかなえるためにクリス殿下を王にしようと考えたのですが、残念ながらその試みは失敗」
そういうと、アレクシスはどこか満足そうな笑みを浮かべた。
しかしすぐに真摯な瞳で私を見据える。
「しかし、後悔はしてませんよ。私は、私の仕事は成し遂げました。スプリーン王国を繁栄させると言うこともケイマール家に生まれたものの務めでしたので。私は国のために殿下を王位に担ぎ出したことは間違いだとは思ってません」
「そのようね。貴方に後悔の色は見えないもの」
「しかし、名君に仕えるという個人的な夢は敗れそうだと思ったので、私はクリス殿下にみっともなく懇願したんです。どうか仕えさせてくださいって」
「え、そうだったの?」
「ええ、殿下は私の話を聞いてこう言いました。名君に仕えたいなら俺でなくてもいいじゃないかって。それで、貴方のところに来たんですよ」
「それって……」
と言いながら、クリスからの手紙の内容が蘇る。なるほど、彼が言いたかったのはこのことか。
「ルダスの女王。私の夢のために、貴方につかえたい。あの時の日々を思い起こして、私は気づきました。貴方はクリスティアン殿下に負けず劣らず魅力的な理想の王です」
そう言い切った彼の瞳には嘘は見えなかった。
そう思ってくれるのは嬉しいけれど……。
「理想の王ねぇ。貴方の理想の王は、国の象徴としての清廉で綺麗なだけの王なのかとおもっていたわ。私は毒があるわよ」
「分かってます。そちらも含めて理想だと判断しました」
「それにルダスは、人はいるけど、土地は持ってない。貴方の夢はそれで、満足できるのかしら?」
「私の夢は名君に仕えることです。国としての規模や価値にはこだわりません」
断る流れを作っても、その意思は変わらない。
どうやら本気のようだ。
私としても、ルダスは確かに人手は不足してるし、アレクシスの能力ならうまく仕事をこなせるだろう。
ジークも乗り気だし。
でもなぁ、こいつはアクが強い。理想を押し付けるところがある。
自分の理想のために、現実の私の意思を無視して何かやらかしそうだ。
実際、クリス相手にはやらかしてしまって追い出された。
クリスが昔からの親友でもあるアレクシスを追い出したのは、御しきれないと判断したんだろう。
どうしたものかと悩んでいると、私が悩みに悩んでることを察したのか、アレクシスが床に膝をついた。
「分かってます。私は一度、イレーネ様に毒の入ったワインを持たせたことがあります。そちらをまだお許しいただけていないのでしょう?」
そういえば、そんなこともあった。
ルダスに罪をなすりつけてユーリアスを殺そうとしてたのだ。
ただ、それは失敗したし、もう気にしてないといえばそうだけど……。
「跪いて足をお舐めすれば許していただけると伺いました。貴方に仕えることを許してもらうまでは、何度でも貴方のお足を舐めさせていただく覚悟です」
その覚悟はやめようか。
「誰よ、そんなこと言ったの」
「ビクトーリャ様から聞きました」
「お母様!?」
突然の母の名に、私はハッとして顔を上げた。
そう言えば、移動するルダスに手紙を届けさせるのは至難の業だ。
それをこうも簡単にできたのは、母が協力を……?
クリスからの手紙にも、『発案者』という単語があった。あれは、母のことか……。
「ねえ、お母様とはどこであったの? 元気、なのよね?」
「はい、ビクトーリャ様は、貴方が去った後のことですが、フラッとスプリーン城にやってこられました。その時は複数の男性とともに充実した日々を送っているように見受けられました」
「スプリーン国にいたの!?」
「ええ。でも、すぐにまた去っていきました。別の国に行かれるとか。その後の足取りはわかりません」
「なんてこと……! 全く! あの人は!!」
男達を侍らせている母を想像して頭が痛くなった。
完全に動揺する私に、アレクは目を見張って控えめに口をひらいた。
「……お会いしたいのですか? お会いして、何をなさりたいのですか?」
不思議そうに見るアレクの目に私は眉をしかめた。
お母さんにあって、したいことなんて決まってる……。
「そんなの、文句を言うに決まってるでしょう!」
私がそういうとアレクシスはくすりと笑った。
そして自然な所作で何故か私の足元に跪いた。
「な、なにをしてるの?」
「それは、もちろん、貴方に仕えるお許しを得るために、足をなめさせていただこうかと」
「やめて! もうわかったから! ルダスで働いて良いから!」
私は、アレクシスからさっと距離をとった。
足をなめさせて喜ぶ趣味は私にはない。
「ありがとうございます」
と飄々と礼をいうアレクシスに、私は目を細めると、ジークに顔を向けた。
「ジーク、彼を引き受けた責任は貴方がとってね。世話を頼むわよ」
「かしこまりました。立派な女王の奴隷にしたてあげてみせます。」
ちょっとその言い方はやめて。
もう! と不満そうな顔でジークをにらんでから私はその場を後にした。
扉を閉めると、当たり前のようにローベルトが待機している。
「彼をルダスに受け入れたのですね」
不機嫌そうな私に、ローベルトがそういうので頷いた。
「まあね。そういうことになったわ。性格は気に入らないけど、能力はある。ルダスにとっては貴重な人材だわ」
ジークが気に入ってるし、それだけでなかなかに見所があると言える。
それにしても、あの奔放な母は、スプリーン王国にいたのか。
私がそのままあの場に残っていたら会えたのだろうか……。
「ねえ、ローベルト、少し夜風に当たりたいわ。一緒にきてくれる?」
「もちろんです」
なんだか頭の中がもやもやするので、私はローベルトを誘って散歩をすることにした。




