エピローグ1
馬車の車輪の音、馬の足音、ルダスの皆の笑い声。
いつもの情景を背中に感じながら、砂地を馬で進む。
次の目的地はハートの国。かの地の女王様が、娯楽をお求めだとか。
「それにしても……あっという間にここまできてしまったわね」
照り付ける太陽に目を細めながら、思わず一人呟く。
クリス達といた怒涛の日々が嘘みたい。
でも、私はやっぱりこうやって、ルダスの皆と一緒に旅をしているのが性に合ってるみたい。
砂交じりの乾いた風が吹いて、私の髪を少しだけ乱した。
まだ明るい時間だけど、この地方の夜は昼間と打って変わって良く冷える。
「少し早いけど、今日はここまでにしましょう」
私はそう声をかけて、早速天幕を下ろす準備に取り掛かった。
◆
天幕の中で、次の目的地までのルートを地図で確認していると、ジークがやってきた。
この時間にジークが尋ねてくるとは珍しい。
私が、どうしたの? と顔を向ければ、なんだかうれしそうな顔でジークが一つの書状を取り出した。
「イレーネ様、お手紙が届きました」
「……手紙?」
移動する私達に手紙を届けるというのはなかなかに難しいはずなんだけど……。
私は手紙を受け取ると差出人を確認して、目を見開いた。
「クリスから……?」
名前を見て、彼の太陽のような笑顔が浮かぶ。
手紙の差出人は、スプリーン王国第二王子のクリスティアン。
いずれ一国の王になるはずの人からの手紙だ。
クリスとの日々は楽しいことばかりではなかったけれど、それでも綺麗な思い出として私の中にある。
彼と別れて一か月も経っていないけど、ものすごく懐かしい気持ちになった。
それにしても手紙だなんて、何かあったのかしら。
もしかして王妃に望まれたことを断った件を根に持ってたりとか……。
いやだって、私にはルダス一座のことがあるし!
円満に断ったつもりなんだけど!?
だいたいクリスは、私がいなくとも立派な王になれるし……。
私は、なんだろうと思いつつその手紙の封をあけた。
そこには、意外にも丁寧で繊細なタッチのクリスの字が並んでいた。
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愛しいイレーネへ
突然でごめん。
ちょっとイレーネにお願いしたことがあって恥も承知で手紙をおくりました。
本当は自分で始末をつけなくちゃいけないことなんだけど、でも、これも一つの手かなと思って。
イレーネにとっても悪くない話だと思うから、検討してくれると助かる。
それでどうしても嫌で、もし文句があったらいつでも俺のところに来てくれ。
イレーネの文句だったら何時間でも聞いてられる自信があるし、それはそれで俺は楽しいから。
ということで、この手紙の目的は以上だ。
詳しいことは本人か発案者様に聞いてくれ。
しかし、要件だけの手紙じゃ味気ないってさっきその発案者様に怒られたから、近況でも書くことにする。
まず、兄上のこと。
幽閉処分になった兄上とは、実は扉越しだけどよく話すようになった。
話すことは君のこととばかり。
お互い君に振られたもの同士だから話も合うみたいだ。
兄弟で話すなんて本当に久しぶりだけど、イレーネの話になると話が途切れない。
そんな兄上はイレーネの絵ばかり描いてるよ。そのうちの一枚を兄たっての願いで送ります。
それと、この手紙の本題にも関わることなので報告。
アレクシスの件。
アレクシスは、王族を害した罪で国外追放となった。
兄上に毒のついた剣を刺したこと。そして、俺にも毒を盛ったこと。
前にイレーネにも話した通り、俺と兄上が対立するキッカケになった毒の混入事件は、アレクシスが仕組んだことだ。
アレクのやったことは全部俺のためだったかもしれないけど、俺は認めることができなかった。
あいつは俺がやるべきではないと判断したとしても、それが国に必要だと判断すれば一人でやろうとしてしまう。
そういう臣下も必要なのかもしれないが、俺には受け入れる度量がない
とまあ、ちょっと情けないけど、そういうことだ。
と、報告も終わったので、後は何を書こうかな。
ダニエルの家族も無事だっていうのは知ってるだろ?
あとは、じゃあ、せっかくだし俺のことも。
俺は、意外と粘着質なのか、イレーネにバッサリと振られた日のことは未だにまだ悪夢にでます。
俺が弱気になると、夢の中の君はこれじゃあ私の伴侶にふさわしくないわよね? とよく詰ってくる。
僕はその度に奮起して現実の問題に向き合う活力を得ているわけだけど、どんなに頑張っても夢の中の君はなかなか心を許してはくれないので大変です。
夢の中のイレーネの攻略方法について、ご助言いただけると嬉しい。
追伸:王としての仕事や心構えを覚える度に、誰よりも王と呼ぶにふさわしい女王の姿が脳裏に浮かぶ。
君なら、どうするか。どう振る舞うか。
俺の王としての導は、イレーネなのかもしれない。
誇り高きルダスの女王に最も崇高な愛を捧げる者
クリス
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「なんだか、最後の方とかポエムみたいな手紙がとどいたわね。それに本題のことがよくわからないし……」
そう言って最後の手紙をめくると、一枚の紙に黒鉛筆で書かれた私によく似た女性の絵が出てきた。
似てるっていうか、多分これ、私だ。半裸の私が寝そべって微笑んでいる絵だ。
手紙に書いてたユーリアスが描いた絵だと思うけど……まさか、こんな絵ばかり書いてるの?
あの兄弟は、いったいこの絵を見てどんな話に花を咲かせているのだろうか……。
確かに美しい絵ではあるし、芸術的な感じもする。けれども……なんというか、もう少し私に服を着せあげて。
あと、心なしか本物の私よりも胸のあたりが膨らんでいるというかなんというか、向こうの妄想が多分に含まれている。
「うわー。イレーネ様の絵ですね! 素敵です!」
隣で給仕をさせていたエレナがそう興奮したように声を上げた。
その声につられて、ルダスの子達も寄ってきた。
「あらぁ、うまくかけてるじゃない! 私にも描いて欲しかったぁ」
とデボーラ姉さんがポーズを取り始めると、他の踊り子たちもキャッキャとはしゃいでいる。
楽しそうで何よりだけど、私の半裸の絵で盛り上がられるのもなんか恥ずかしいというかなんというか……。
「イレーネ様、実はこの手紙を持ってきた使者の方がお話しがあるということで待ってもらっているのです」
みんなが絵に夢中になっているところを楽しげに見ていたジークは、そういって左胸に手を当てて軽く腰を折った。
「使者の方を……?」
わざわざ私への手紙を届けるためだけに、郵便院を使わず人をよこしたということか。
まあ、移動する旅の一座に手紙を届けるとなると、後回しにされがちでいつ届くかわからない感じになるからね。
「藤紫の天幕でお待ちいただいております」
そう言って初老のジークは機嫌が良さそうに笑顔を浮かべた。
なんだろう。この笑顔。
このルダスで最年長のジークがこんな笑顔を浮かべるなんて、何かあるのかしら。
でも、ジークが私の望まないことをするわけないし、彼が笑顔なら悪いことではないのだろうとは思うけど……。
「わかったわ。すぐに行く」
私はそう言って立ち上がったのだった。
更新があいてしまってすみません!
話自体はできてたんですが、もうすぐ終わりかと思うと、こう、しんみりしてしまい…!
とういうことで、この話含めて3エピソードで最終回……!
予定通り無事に完結まで書けそうでよかった!




