プロポーズ
私たちは微笑み合うと、私はああそういえばというさりげなさで、気になっていることを聞くことにした。
「ねえ、アレクシスはどうなるの?」
その質問に再びクリスの顔が複雑そうな顔をする。
ユーリアスを刺そうとしたアレクシスのこと。正直めちゃめちゃ気になってた。
「アレクシスをどう処分するかは、城内の者の間で割れてるんだ。王族を手に掛けようとしたことは許されないことだ処分を求める者もいれば、それは国のためを思っての行動だと庇うものもいる。それに、アレクは俺の後ろ盾になったケイマール家の者と言うのもあってな……」
そういて複雑そうな顔で小さく息を吐き出した。
「……貴方はどうしたいの? 彼とは友人なのでしょう?」
私の問いにクリスは顔を下に向ける。
答えを迷うそぶりを見せるクリスが意外に思えた。
仲間思いの彼のことだから、正直アレクシスのことを庇う側だとおもっていた。ダニエルの時だって、かなり甘い判断を下したと思うし……。
「最初に起こった兄上が俺とアレクに毒を持った事件、あれはアレクの自作自演だったんだ」
そう絞り出すように言ったその言葉で、私は理解した。
クリスは気づいたのだ。ユーリアスを疑心暗鬼にさせ、弟を殺そうと躍起にさせたのがアレクシスだったことを。そして、それはクリスが王位を継いでもらうために画策したことだと。
「そうだったの」
「イレーネは気づいてたのか? 流石だな」
「気付いたというか、そんな気がしただけ」
「そうか……。アレクシスの処遇については、まだ少し猶予がある。どうするかは俺が決める」
そうクリスはまっすぐ私をみて答えた。
その強い瞳を見て、多分彼の中で答えはでてるのだろうと感じた。
うん、やっぱりクリスは、いい。いい顔をする。
私が彼の顔に見惚れていると、彼は顔を赤くした。
そして、少しだけ身じろぎすると意を決したように口を開く。
「なあ、イレーネ……俺と一緒にいてくれないか?」
「どういう、意味かしら」
「やっぱり俺は、まだまだ王になるには幼くて、弱い。でも、父上は近いうちに私に王位を譲るおつもりだ。俺は、王としての経験が足りないし、勉強しなくてはならないことは多い。君にそばにいてほしい。君が私のそばにいてくれるなら、マシな王になれる」
「あら、私が一緒にいて、マシな王ぐらいなの?」
「俺のいうマシな王っていうのは、歴史に残る名君ってことだよ」
そう言って、肩を竦めて見せたクリスは、ジャケットの裏ポケットを探って小さな箱を取り出した。
そしてその箱を開ける。
そこには、金の指輪があった。少し彫りで太陽の紋様と、雲と風が描かれている。
「俺の妃になってほしい」
彼の言葉に正直かなりびっくりして、思わず目を見開いた。
いや落ち着け。ココにはルダスのみんながいる。余裕しゃくしゃくのイレーネさんでいなくては。
「……妃ね。旅芸人の一座の長が妃になることを周りが認めるかしら」
「認めるよ。認めさせてみせる。だって君は、レバー王国の血筋を引いてる王女じゃないか」
クリスから告げられた言葉に私は二回ほど目をぱちくりと瞬きした。
さっきから驚かされてばかりだ。
ユーリアスを助けるために人前で魔法を使った時、一応ごまかすためにちょうど持っていた解毒剤を飲ませたていにはしてたんだけど……。
「……あら、いつから気づいていたの?」
「最初に、イレーネにキスをされた時、もしかしてと思った。俺は眠ってしまった。イレーネの唇には毒が塗られていたんだ。そうだろう」
「そうね」
「それで確信したのは、兄上を救ってくれた時だ。俺はあの時側にいたから、君が古代語を紡ぐのが聞こえた。解毒ができる固有魔法を持つのは、レバー王国の固有魔法である分解魔法だろ」
「へえ、さすがに王子ともなると他国の固有魔法にも詳しいのね」
私が茶化すように言ってみたがクリスはそのまま話を続ける。
「傾国の娼婦と呼ばれたイレーネの母親は、身分の違いで捨てられたレバー王国の王の寵妃だったという噂を聞いたことがある。たぶんイレーネはその時に生まれた……」
「さあ、どうかしら。ただ、私の母が捨てられたなんて聞いたら、怒りそうね。気位の高い人だから。きっと母ならそれを否定して、私が捨てた側よって主張するはずよ」
私はそう笑って返す。
別にこれ以上その話に真剣に答える義理もない。
語りたくないというわけでも隠してるわけでもないけれど、私としてはその話にはまったく興味がないのだ。
たしかにわたしには王族の血筋のものでしか使えない固有魔法が使える。その固有魔法はレバー王国のものだ。
そう考えるときっとわたしはレバー王国の王族の血が流れてるのだろう。でも私が、誰の子であろうが、構わない。私の家族はルダスのみんななのだから。
「どうして身分を隠してるんだ?」
「別に隠してるわけでもないわ。ただ、王族特有の固有魔法を引き継いでいるけれど、私も母に誰との子なのか確認したことがないからなんとも言えないのよ。けどどちらにしろ、私は王女という正式な名称は持たないただの落とし子。継承権は持ってない」
「それでもいい。俺としては、大臣の説得に必要な材料さえあればいいんだ」
そう言ってクリスは、箱に収まっていた指輪を手に取った。
そして熱っぽいような視線を私に向ける。
「お願いだイレーネ。俺を支えてほしい。その分俺もイレーネを支えてみせるから。誰よりも幸せな王妃にしてみせる。俺にはまだ怖いものが多すぎる。王の孤独にも耐えられない。この痛みを分かってくれるのはイレーネしかいない。君に側にいてほしい」
クリスの真剣な瞳が私をまっすぐ見つめていた。




