その後の後始末
波乱の成人の儀から、数日が過ぎた。
カルバネアの当主は、反逆罪で投獄。
王はなんとか一命をとりとめた。
刺さったナイフはやはり浅く、心の臓までは届いていなかったのだ。
しばらくは養生の必要があるが命に別状はないらしい。
また、人質にされていたダニエル一家も無事にすくいだせた。
そしてクリスは、父親のかわりに次期王として王宮の立て直しや、カルバネア家という一大勢力が潰れたことによる人事異動などで忙しく駆けずり回っていたけど、ようやく落ち着ける時間が作れたらしい。
先日のドタバタな成人の儀兼王位指命式の騒動後、放置気味だった私達ルダス一座が居座っていた屋敷にやってきた。
「ようやくお出ましね。クリス殿下。もう戴冠式は済んだの?殿下のことは、もうクリス王と呼んだ方がいいのかしら?」
疲れた顔でやってきたクリスを迎えてそういうと、彼は、少しだけ笑みを浮かべた。
「父上もまだまだご健在だし、まだ戴冠式は行っていない」
クリスは疲れた声でそう言った。
クリスの優位は揺るがぬものになった。たしかに陛下は命を取り留めたので健在だろうが、近いうちに譲位する予定のはずだ。
「でも時間の問題でしょう?王位指名式迄行ったのだもの」
エレナがグラスにワインに注ぐのを見ながら冗談めかしてそういう。
放置されてはいたけれど、城内の情報収集は怠っていない。
「……どちらにしろ。俺としてはルダスのみんなには、今まで通りクリスって呼んで欲しい。イレーネにそんな風に呼ばれるのは慣れない」
「それはダメよ。呼び方は大事。貴方は王になるのだから」
私がそうはっきりと言うと、クリスを見つめる。
私の言葉を受けて彼は戸惑うように目を見開き、そして「そうだな」と言って、悲しそうに目を伏せた。
私はそんな彼に向かってワインの入ったグラスを掲げる。
「とりあえず、乾杯をしましょう。貴方の新しい門出に。そしてスプリーン王国の繁栄に」
私がそう言うとクリスは何か決意した顔でグラスを掲げる。
カツンとグラスの合わさる音がひびいた。
ワインを飲み交わす間、ルダスの子達が簡単なつまみがテーブルにサーブしてくれた。
オリーブの実のマリネ、乾燥果物、魚のオイルつけ。
調理器具がなくても出せる簡単なおつまみだ。
「それにしても……随分と屋敷の雰囲気を変えたな」
と、クリスがあたりを見渡して少し呆れたように言った。
ここは城の離れの建物の一つだが、ルダスで好きに使っていいとは言われているので、お言葉に甘えて色々と内装を変えた。
サンジャオ国から手に入れたお香を焚いて、同じくサンジャオ国のオリエンタルでエキゾチックな色合いの布を使ったカーテンと敷物に変更した。
「好きに使っていいっていったでしょ。今日の私の気分に合わせたの」
と微笑みつつ答える。
まあ、本当のところは今日はサンジャオ出身のエレナのリベンジ給仕をさせようと思っていたので、エレナを応援する気持ちで彼女の故郷の色合いに変えただけだけども。
私の返答にクリスは可笑しそうに笑った。
「相変わらずだな。イレーネは。いつでもどこにいても、自分の国を作り出せる。この部屋は、スプリーン王国にあるはずなのに、もう君の国になってる」
そう言ってクリスは顔を上げて視線を動かす。
私の後ろに控えるローベルトやデボーラ、ジーク、エレナと言ったルダスの子達を見ているようだ。
「ルダスの奴らは、羨ましいよ」
そう言ってクリスは寂しそうに微笑んだ。
「貴方が、この国を捨てられるというのなら、私の国に入れてあげてもいいのよ?」
私が、そう言うと彼は驚いたように見開いてそして苦く笑うと首を振った。
「イレーネは相変わらず性格悪いな。俺がこの国を捨てられないのを知ってるからいってるだろ」
「そんなことないわよ。私の正直な気持ち。私は結構クリス王子のこと、気に入ってたのよ」
「そうか……ありがとう。誘ってくれたのは嬉しかった、本当に」
そう言ってお互い微笑み合う。少し寂しいような笑顔になってしまうのは、そろそろ別れが近づいているからだろう。
「それじゃあ今日の本題。報酬の用意ができた。これがリストだ。問題ないか?」
と言いながらクリスが丸められた一枚の書状を私に渡してきた。
受け取って開くと、そこに書かれた報酬の一覧を眺める。
十分な金額はもちろん、それ以外にも、宝石や芸術品などが一覧に記載されている。
余興を行なう金額より大幅に増えているのは 私がクリスを成人の儀に届けた分の報酬も含まれているのだろう。
正直報酬に関しては、突然の交代劇であまり余裕がないかと思っていたところがあったけど、きちんと用意してくれたようだ。
まあ、内戦に発展した時の損失に比べたら大分浮いたとは思うけどね。
「悪くないわ。でも、まだ足りない」
私が甘えた声でそう言うと、クリスは渋い顔を作った。
「言っとくけど、それはかなり頑張ってかき集めたんだからな! グットガル家とかケイマール家にも声をかけてさ」
クリスの抗議の声を笑顔で流す。
頑張って用意してくれたのはわかってる。
でも、私、ほしいものは諦めない主義なのだ。
「ユーリアス殿下の部屋に飾ってあった絵画が一枚欲しいの。以前見せてもらったけれど、見事なものだったわ。特に気に入ったのは、西日が差すトゥエールを背景に、生意気そうな小さい男の子が笑ってる絵。あれが欲しい」
私がそう言うと、クリスは目を見開いた。
そして戸惑うように瞳を揺らすと、不恰好な笑みを作った。
「……分かった。兄上も、ルダスの女王に献上されたとしったら喜ぶだろう」
「ありがとう。それでは交渉成立ね」
私がそう言って右手をあげると、ローランドがペンを握らせてくれた。
書状に絵画を一枚と追記してから、私のサインを書く。
「ユーリアス殿下の体調はどう?」
書状にサインを書き終わったところで、クリスに尋ねる。
「問題ない。毒の後遺症もないし、体はいたって健康だそうだ」
クリスの言葉にホッとした。
毒をおって死にかけていたユーリアスに、私は私の血に宿る固有魔法を施した。
毒は抜けたとは思うけど、魔法にかける前におった毒で後遺症が残る可能性もあったし、助からない可能性もあったから……安心した。
「そう、良かった。彼は今後、どうなるの?」
「兄上は、外れの塔で、絵を描いて過ごしてるよ。多分これからずっと……」
「そう」
クリスの言葉に私はそれだけ返した。
ユーリアスの処分は、どうやら無期限の幽閉処分ということで落ち着いたらしい。
ユーリアスにとっても、日がな一日絵を描いて過ごせる生活は悪くないと思う。あれだけ国を混乱させたというのに、優しすぎる処遇だ。
彼を殺そうとしたアレクシスを擁護するわけではないけれど、ユーリアス殿下が生きていれば色々と問題があるのは確かで、彼は生きているだけで内乱の道具にされてしまう可能性がある。
クリスは気まずそうな笑みを浮かべて口を開けた。
「兄上は王族の人間だ。万が一俺に何かあった時のために王族の血を残さなくてはいけない。今この国の固有魔法『紐解魔法』の血を継いでいるのは、父上と、俺と兄上しかいないからな。3人しかいない魔力が宿る貴重な血を失うのはリスクが高いし、今後のことを考えると俺に兄殺しの名が付きまとうのはよくないし……」
と、ぽつぽつと言い訳のようにクリスがそう言った。
確かに、王家の血筋は貴重だ。固有魔法を使える血なのだから。それに彼の今後の治世のことを思ったら、悪い異名が出るのは良くない。
でもたぶん一番の理由は……。
「それに、貴方は兄を慕ってるものね」
私がそういうと、クリスは唇を噛みしめるようにして頷いた。
「イレーネは以前、王は迷ってはいけないと言っていたよな。誰よりも強くあらないといけないって。そうしないと民が不安がるからって。でも、俺はふつうに家族を失うのが怖い……怖いんだ」
すがるような目だった。
ここにきてから彼はこの瞳を必死で隠していたのを知ってる。
これから自分に王になるのだから、弱いところは見せられないと、彼は彼なりに堪えてきた。
でも、今になって限界がきたようだ。
私は、急激に精神を成長させなければならい環境におかれて、必死に未熟さや幼さを隠そうとしているクリスの顔に手を添える。
別にいいのだ、私は貴方の国の国民じゃない。私になら弱いところを見せてもいい。
「王だって、怖いと思うことはあるわ。ただそれを何ともない顔の下に隠してるだけ。素晴らしい王と呼ばれている人は、もしかしたら強がるのが得意な王なのかもしれないわね」
「……イレーネも、怖いと思うことはあるのか?」
「私は無いわ」
クリスの質問に私は笑って答えた。
本当は色々怖いよ。仲間を失うことが怖い。人に裏切られるのが怖くて、人を信用するのも怖い。大事なものを失くしてしまうことも怖いし、ルダスが破産したらと思うと怖い。
他にも不安はいくつもある。
ただ、顔に出さないだけ。ここにはルダスの子達がいるからね。
ルダスの子達が不安にならないように、強がるのが私の仕事だから。
「はは、意味のない質問したな。そうか。王は強がるのも仕事だったな」
どうやら私の意図はわかってくれたようだ。
正解とは言わずに私も穏やかに笑って答えた。




