成人の儀④
グッドガル家は王の側へ守りと救護へ。
カルバネアの騎士達は、儀式を止めるために剣を構える。
ケイマール家の騎士は、こちらの味方のようだったけれど、入念に準備をしていたカルバネアと比べると少ない上に帯刀もしていない。戦力外だ。
だが、ルダス一座の力を甘く見てもらっては困る。
鞭をしならせて騎士の手をはじき剣をおとすと、すかさずローベルトが剣を拾い上げて自分達の武器にする。
それに中には刃はつぶしているが、舞踊用の曲刀を持っているものもいる。
武器がなくとも、踊り子たちは身軽だ。うまくあしらってくれてるし、デボーラ姉さんに至っては逃げながら投げキッス梳かして色仕掛けを行って男達をひるませていた。
ルダスの中には、戦えない者達もいるが、それぞれがそれぞれに一芸に秀でたものだ。腕に自信が無い者は、きちんと邪魔にならないように後ろに下がってくれていた。
皆、役割を理解している。
相変わらず優秀過ぎる。
多勢に無勢。なかなかに苦労するかと思ったけれど、ローベルトの獅子奮迅の活躍で意外にもあっさりと私達が有利になった。
次々に倒れていく騎士達。それに反して勢いづいてくる私達。
「あら、もう終わり? 私たちを甘く見たのが運の尽きね」
「くそ! ただの旅芸人風情が……!」
周りを取り囲む騎士たちがいなくなり、形勢が一気に悪くなったカルバネア当主は一歩二歩と後ずさりした。
そして……。
「ありがとう。無事に終わった」
とどめとばかりに、クリスがやってくる。
その頭上には儀式で使われた冠が乗っていた。
無事に、成人の儀と、王位指名式まで行えた証である。
「ユーリアス殿下、一度ここは下がりますぞ」
カルバネアの当主は、じりじりと後退すると、側にいたユーリアス殿下に声をかけた。
どうやら逃げるつもりらしい。
先ほどからずっと呆然としたように突っ立っていたユーリアスは、ハッと顔を上げた。そしてきょろきょろと視線をあたりに向け、クリスの頭上を飾る王冠を見て固まり、続いて床に倒れる王をみた。
「父上、今日は私の王位指名式だったのではなかったのですか!? なぜ、クリスティアンが……!」
「ハアハア、馬鹿め! ……カルバネアに、いいようにされおって! だからお主には王位などやれぬのだ!」
王は呼吸を整えながら、息子を叱咤する。
その言葉が信じられないとでもいうようにユーリアスは首を左右に振った。
「私も貴方の息子だ! 何が違うというのだ! 私は、ただ……」
「王は気が朦朧としているのだ! ここは一旦ここは引きますぞ!」
そう言って、カルバネアの当主はユーリアスの腕をとり、引きずるようにして後ろに下がる。
やはり腐っても武人ね。もしもの時の退路を確保してたか。
彼は一番近い窓際に素早く身を引いた。
しかも、カルバネアの当主うまいことやってる。
ユーリアスが人質のような形になっており、うまく手が出せない。
そして、窓に手をかけていまにも外へと飛び出すところで、ユーリアスはカルバネア当主の腕を振り払う。
「やめろ! もう利用されるのはたくさんだ! もういい! もう王になんかなりたくない! もともと、なりたくなんてなかったんだ!」
ユーリアスの叫び声に、カルバネア当主が眉を吊り上げた。
「この能無しめ! もうお前などいらぬわ!!」
カルバネアの当主はそう言い捨てると、窓に手をかけバルコニーの方に駆け出そうとしたが―――。
ユーリアスの抵抗のおかげで王子と距離が空いた。
いまなら!
私は素早く腕を動かして、鞭を放つ。カルバネア当主の足に鞭を巻き付けて、彼を引きずり倒した。
続いてローベルトが素早く抑えにかかる。
カルバネアの当主は、見苦しくもがいて抵抗したが、縄に縛り上げられて身動きが取れなくなった。それでも耳障りな罵倒を次から次へと口にするので、ローベルトに行って少々お腹のあたりに一発決めてもらって意識をなくしてもらった。
なんだか、色々あったけれど、これで一見落着……?
そう一息ついたところで―――。
再び悲鳴が聞こえてきた。
見れば、そこには地に濡れたナイフをもったアレクシスと、わき腹に血を流して倒れているユーリアスがいた。
アレクシス、まさか……。
アレクシスはクリスに取り押さえられていた。
しかし抵抗する気はないようで、微動だにしない。
「アレクシス、貴方なにを……!」
急いでその場に駆け寄って、アレクシスを問い詰め、倒れているユーリアスの傷をみる。
血は出てるが、傷はかなり浅い。少しかすめただけだ。しかし、彼の呼吸が異常に荒い。
「アレクシスが、突然兄上に向かって短剣を突き刺したんだ!」
アレクシスを取り押さえていたクリスが戸惑いの表情を浮かべてそう言った。
クリスは信じられないという顔をしているが、私にはアレクシスの考えが分かる。
今後の憂いを完全に消すために、ユーリアスを殺そうとしたのだ。
「内戦の可能性のある不安要素はやはり排除しておいたほうがいい。私の役目はこれで終わりです」
アレクシスの仕事をやる遂げた感のあるその声。そして、傷は浅いのに息が異常に荒いユーリアス。
「その短剣、毒をぬっていたわね?」
私がそう言ってアレクシスを睨むと、彼はこの場の状況にそぐわない微笑みで頷いた。
「傷を見せて」
私は側にいた騎士にそう声をかけて場所を変わってもらう。
ユーリアスの額には玉のような汗が浮かんでいた。
「ど、どうして……。ヒュ……ヒュ……。私はただ、認めてもらいたかっただけなんだ。また、褒めて欲しかった、それだけだったんだ……」
うつろな瞳で、うわごとのようにそう呟く。
私は彼の部屋に入った時のことを思い出していた。
部屋には人物画や風景画を中心とした絵画が飾られていた。
そのなかに、にぎやかな町の風景を背景にして、赤毛の可愛らしい少年が楽しそうに微笑む絵があった。
私は、その絵がとても良いと感じたのだ。
「ええ、分かっているわ」
そう言って、私は、震えるユーリアスの手を優しく握った。




