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快楽の国の女王  作者: 唐澤和希/鳥好きのピスタチオ


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成人の儀②

 ふわりと腰から下が広がった引きずるほど長い白いドレスを少しだけ引っ張りあげる。

 たっぷりと布を使って仕立てたドレスの重いこと。

 このドレスでよくあそこまで舞えたものだと自分のことながら褒める。

 最後は祝福の歌だ。


「あーあ、いいな。俺もルダスの劇を向こうの席でじっくり見たかった」

 と私のスカートの下からくぐもった声が聞こえて来た。

「練習してるときにいっぱい見たでしょう」

「練習と本番は違うだろ?」

 まあ、それはそうだけど……。

 と、スカートの下の住人と話をしているとわっという感じで拍手が起こった。

 見事に魔女を倒した場面だ。

 そして、魔女の最後の攻撃に命を落とす英雄スプリーン。スプリーンは死の際にこの世の安寧を願う歌を歌って倒れた。

 よし。


「無駄口を叩く時間は終わりみたい。行くわよ。しくじらないようにね」

 私がそういうと、スカートの下から任せろと声が聞こえた。


 よし行くかと、私はドレスの重たさを感じさせない足取りで舞台に上がる。


 女神は嘆き悲しみ、慈しむように英雄を抱き寄せる。

 そして女神の羽衣で彼を覆いながら祝福の歌を歌うのだ。

 歌を歌いながら周りを見渡す。


 うっとりとした顔で目を瞑り私の歌に耳を傾けるもの、私の顔をばかりを見つめてくるもの、あと結構肌色の多い胸元に視線を外せないでいるもの。

 誰もが、私に注目していて、下に倒れるスプリーンに注目するものはいない。

 そしてその隙に、いれかわりは成功した。


 私が歌い終わると盛大な拍手が起こる。

 私は綺麗に腰を曲げて礼をして、周りの拍手に応えた。


 興奮がある程度おさまったところで、私は最後の仕上げとばかりにスプリーン役にかけていた羽衣を取り去った。

 そして起き上がる英雄スプリーン。

 最初は起き上がるシナリオ通りの英雄にわっと歓声が飛んだが、しばらくして、スプリーン役が先ほどまでと違うということに気づいて会場がどよめいた。


 それもそのはず、そこに立っているのは、この国の第二王子であるクリスティアンなのだから。


 正直会場はもう劇を純粋に楽しんでいる雰囲気じゃなかったけれど、最後のセリフを女神が告げて終幕である。


 王子の派手な登場に、最初はどよめいていたが次第にもともとそういう計画だったのかという感んじで、殆どの人たちから盛大な拍手が立ち起こる。

 拍手をせずに戸惑っているのはユーリアスと、そしてユーリアス派閥の者、カルバネア伯爵家の人達だろう。

 陛下は、王妃ベリアンテ様に事の次第を聞いているようで、落ち着いている。


 最後にルダス一座の演者が一同に舞台に上がり、深く腰を曲げて礼をした。


 あふれんばかりの拍手がお落ち着くと、王は椅子から立ち上がり、満面の笑みで息子の再会を喜ぶ。


「おお、クリス! このような形で登場するとは……! まったく驚かせおって!」

 と言って、王はクリスのところまで歩を進めると、嬉しそうにクリスを抱きしめた。

 クリスも父親の抱擁にこたえるかたちで背に手を回す。


「父上、長らく不在にし、ご心配をおかけいたしましたことお詫び申し上げます」

「良い、良い! 無事であるなら、良いのじゃ!」

 再会を喜び合う二人、ちらりとユーリアスを見れば、突然のことに頭が追いついてこないらしく呆然とした表情でクリスを見るばかりだ。


「陛下、再会の喜びはまた後ほど。今日は成人の儀でございます。早めに終わらせてしまいましょう」

 と、ひょっこり現れたアレクシスが感動の再会中の二人に言った。


「お前は、ケイマール家の……」

 とアレクシスを見て呟くとアレクシスが恭しく頭を下げた。


「はい、ケイマール家の六男。アレクシス=ケイマールでございます。ご挨拶もそこそこにして成人の儀を行いましょう。準備も整えております」

 そう言ってアレクシスが視線で促すと、そこにはケイマール家の家紋を掲げた騎士が、白髪に長い白髭の老人を連れてきていた。


 老人は、司祭服を着ているところを見るに、成人の儀を行う司祭長なのだろう。周りの物々しい雰囲気に可哀想なぐらいビクビクしてる。

 しかしこの事態をようやく飲み込み始めたユーリアス殿下を擁立するカルバネア家の者も動き出した。


「陛下、離れてください! こやつがクリスティアン殿下であろうはずがありません! 偽物です!」

 という鋭い声が再会を喜びあう二人に割って入る。

 そう声を荒げたのは、こげ茶の髪を丁寧に後ろに撫でつけた中年の男だった。

 礼服にカルバネア家の紋章が縫い付けられていた。


 彼の一言で、カルバネア家の者達の表情が変わった。

 おそらく、この人がカルバネア家当主。ユーリアスを擁立している三大貴族の親玉その人ね。


 ただ、予想外だったのは、彼の大きな声で、会場の外の扉から、剣を持ったカルバネア家の騎士たちが雪崩混んできたことだった。


「神聖なる式典で、何事か!!」

 王の怒声が響く。


 式典が行われる会場では武器の持ち込みを許されていない。ここにいるグッドガル家の騎士も、ケイマール家の騎士も帯刀を許されてなかった。

 しかし、途中乱入してきたカルバネア家の騎士は帯刀をしている。


「第二王子を騙る危険人物がいるのです。仕方ないのですよ、陛下。さあ、王子を騙る弑逆者を捕らえよ!」

 そう指示をだしてカルバネア家の当主が片手をあげる。乱入してきた騎士達がそれに合わせて私たちを囲み始めた。


 王の怒声はカルバネア当主には効かなかったみたい。

 これは、ちょっとやばいかもね。



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