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快楽の国の女王  作者: 唐澤和希/鳥好きのピスタチオ


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成人の儀①

朝になった。

 昨日はそこそこの時間にユーリアスの部屋から退出した。

 見張りの兵士の人は服装の乱れた私を見て、部屋で何をしていたのか勝手に想像してくれたことだろう。


 今日は成人の儀だ。

 今までの成果を試される時。

 そして、クリス殿下の晴れ舞台だ。


 失敗は許されないからこそ、朝一番でルダスの皆と最後の確認をする予定だけど、それよりも少し早めの時間に、私はアレクシスのもとに尋ねることにした。


「アレクシス、昨日はあんなに美味しいワインをご馳走様。あまりに美味しくて、私一人で飲んでしまったわ」

 そう言って、私が空になったワイン瓶を渡すとアレクシスは顔を引きつらせながら瓶を受け取った。


「全部、あなたが一人で飲んだのですか? ユーリアス殿下は一口も?」

「ええ、全部私一人でいただいたわよ。殿下は一口も飲んでない」

 しばしの沈黙。

 最初にこの沈黙に耐えかねたのはアレクシスだった。


「はあ。貴方は本当に規格外だ。どうやって気付けたのですか? あの毒は無色無臭でそう簡単にはばれないと思ったのですが……」

 引きつった笑いを浮かべて笑うアレクシス。

 結構あっさり認めたな。


「私相手に謀は無理よ」

「そのようですね。ちなみに毒の処理はどのように? 窓から捨てたのでしょうか?」

「だから、私が一人で飲んだと言ってるでしょう?」

「まさか、あれは一口飲むだけで動けなくなる毒ですよ」

 アレクシスはそう言った。冗談だと思ったのだろう。呆れたように微笑む。

 だけどすぐにまじめな顔になった。

 お、なんだやる気!? と身構えたがアレクシスはすぐに頭を下げた。


「貴方を謀ろうとしたことは悪いと思っています。どのような罰でも受けます。ですが、少し時間をいただきたい。せめて今日の成人の儀が無事に終わるまで」

 その声はドキリとするほどまじめな声色だった。


 私ってこういうのにちょっと弱いんだよね。

 アレクシスとしては、ユーリアス殿下が死んでもらった方が良いのは明らかで、しかもその罪を旅芸人に押し付けることができるチャンスだった。


 押し付けられそうになった私からすれば最悪だけど、目的のために手段を択ばない男は、個人的には嫌いじゃない。


「いいわ。もともと貴方達とのつきあいも成人の儀次第だもの。でも、次私達をはめようとしたら、貴方の大事な殿下を骨抜きにしてだめ人間にしてあげるから、気をつけなさい」

「それは恐ろしい。しかも貴方ならできてしまいそうだ。それだけはどうかご勘弁を。申し訳ありませんでした」

 と改めて頭を深く下げて謝ってきた。

 まあ、少しは胸のつっかえが取れたけど……うーん、何とも油断ならない感じがするんだよなぁ。



 成人の儀が開かれた。

 スプリーン王国の成人の儀では、まず最初に、盛大な宴が行われる。

 これまでの栄華を誇り、そしてこれからの繁栄を願うためにそれはもう豪華な祝宴だ。

 内陸地ではなかなか手に入らない海鮮物を使った料理。子羊の肉の香草焼き、豚の丸焼きと言った肉料理、マリネに、

 デザートには、これまた新鮮なフルーツの盛り合わせから始まり、ももやリンゴを使ったタルトケーキ。ナッツの焼き菓子なども、種類豊富である。

 ルダスは、頼まれれば料理の提供もするが、流石によそ者に台所を貸し与える気は無いらしく、これらの料理は宮廷料理人が手間暇と誇りをかけて作った一品である。

 できれば私も、相伴に預かりたかったけれど、残念ながら私達はこれからお仕事である。

 最後に行われる成人の儀を盛り上げるために、余興を行なうのが私たちの仕事だ。


 本日の演目は

 この大陸のとある神話をモチーフにした舞踊劇である。

 セリフを言いながら音楽に合わせてきらびやかに舞い踊る。


 脚本も衣装も小道具もルダスオリジナルで自前のもの。

 これだけのものを用意したのに、成人の儀が中止になりそうと聞いた時、どれほどショックだったかおわかりいただけるだろうか。

 うまく開催にこぎつけて良かった

 せっかくここまで育てた芸術なのだ。

 ぜひ、堪能してもらいたい。


 逸話の主人公は、この国の英雄であり最初の王の物語。

 世界を征服しようとする恐ろしい魔女を止めるために、女神に祝福された11人の英雄が立ち上がる。

 凄まじい戦いの末にどうにか魔女を倒すことができたが、英雄の一人この国の最初の王スプリーンは命を落としてしまう。だが、彼の献身に心を打たれた女神が生き返らせるのだ。

 そうして、生き残った、もしくは生き返った11人の英雄達に大陸の統治を託して女神が去る。

 それがこの大陸に伝わる世界誕生神話の一つ。


 出番の多い恐怖の魔女役は、我がルダスの歌姫マリアお姉さまである。

 美しくもぞっとするような底冷えする声色で歌いあげるその迫力は、まさしく恐怖の魔女にぴったりだ。


 彼女の歌声に、スプリーン王国の貴族達が食事の手が止まり、固まっている。

 英雄スプリーン役は、ガルサスだ。

 歌よりもその身軽でしなやかな体を利用した剣舞を得意とする彼は、朗々とした声で堂々と歌いつつ、双剣を使った凄まじい剣舞で会場を魅せてくれた。


 その他の英雄、魔女の使い魔などは、人数の関係で一人二役どころか衣装を変えて三役ぐらいをやってのける夜組のみんな。流石である。

 ということで人数の問題と、その後の流れ的な問題で、私も演者として参加している。

 私の役所は女神役だ。

 恐れ多い役所だけど、出番は少ない。

 最初に、英雄達を鼓舞するダンス、最後に、スプリーンを生き返らせる祝福の歌が見せどころだろうか。


 白熱のルダスによる大陸神話の舞踊劇は、終盤に来ていた。

 その頃には、もう食事をしているものはいないので、城の給仕によって食事は片付けられ飲み物がある程度。


 この劇が終わればスムーズに成人の儀で司祭の祝福を行う流れ。少し離れたところでは粛々と式典の準備が行われている。

 チラリと視線をめぐらせば、王都近い位置に座るユーリアスが劇に夢中になっている姿が目に入った。


 まるで今日の主役が自分だと言わんばかりの豪勢な衣装を身につけている彼は、この宴が始まってからというもの常にテンションが高い。

 それもそう。彼にとっては、今日のこの催しは長年夢見ていた自分の王位指名式だと思っているのだから。

 私は改めて舞台に視線を戻す。

 最後の魔女との決戦だ。

 もう少ししたら、私の出番である。


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