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快楽の国の女王  作者: 唐澤和希/鳥好きのピスタチオ


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ユーリアス殿下のお誘い

 ベリアンテ様との密談を終えて、改めてクリスに特殊メイクという名の粘土工作を施すと王妃の私室をでた。

 向かうはルダス一座のために城の方で用意してくれた客室である。


 けれど戻る途中で、ユーリアス王子が私と話したいから部屋に来て欲しいというお誘いの言伝を受け取った。

 話したいっているか、きっとあれでしょ。あれ目的でしょ。

 とはいえ、一応国の王子さま相手なので私に拒否権はない。


 アレクシスから手土産が必要だと思うからとワインの入った瓶を渡されて、戻って早々ユーリアス殿下の部屋に向かうことになった。


 使用人に案内されるがまま王子の部屋に入ると、そこには風呂上がりなのかバスローブだけを身に着けて、グラスに入ったワインを片手に、長椅子にゆったりと座って上機嫌なユーリアスがいた。


「さあ、待っていたよ。私の女神よ」

 と、キザ臭いセリフをはいてグラスのワインを揺らすと、私に隣に座るように手招きをする。


 内心しょうがないなぁという気分で、完璧な笑みを浮かべた私は彼の隣に腰を降ろした。

 すると、王子は当たり前のように私の肩を抱いて引き寄せた。


 酒臭い。結構飲んでるな。

 お土産のワインを献上したが、彼はそれには目もくれずに機嫌よく話し始めた。


「君のおかげで私はとうとう王位指名式を行える! あの時の私を見ていたか? 堂々と父上に意見を述べた! 父上はハッとしたような顔をされていただろ! 私のことをみてくださったのだ!」

 そのまま機嫌よく謁見の間での出来事を語り出すユーリアス殿下。


 うん、私もその場にいたから話さなくても大体知ってる。

 それにしてもこんなに上機嫌なユーリアス殿下を見ると、なんというか可哀相な気分になってくるなぁ。

 だって、明日は、きっと彼にとって最悪の瞬間を迎えると思う。


 ……彼が内戦費用を貯めるためにトゥエールにしたことやダニエルにしたことを思えば同情の余地はない。

 愚かな王は災害と同じ。例え、周りの臣下の言葉をうのみにして、まかせっきりにしていただけだとしても、そうさせたのは彼なのだから。


 私は曖昧に微笑みつつ、彼の自慢話に耳を傾けて部屋を見ていると、壁に色々な絵が飾られているのが気になった。

 王族の私室なので、有名画家の絵が貼られているのはよくあることなのだが、数が多いし、あまり有名どころの画家の絵ではないというか、上手ではあるけれどあまり見たことが無いタッチの絵画が飾られている。


「この部屋の絵画はどなたが描かれたものなのでしょう? とてもステキ」

 私が彼の自慢話が落ち着いた頃合いでそういうと、彼は少し目を丸くした後困った顔を見せた。


「実はこの部屋にある絵は全て以前私が描いたものなのだ」

「まあ、そうなのですか? 素晴らしいわ。お上手なのですね」

 これは、とんだ才能があったものだ。

 ここにある絵が全て兄王子の絵か。

 風景画がほとんどで、たまに人物画がある。

 どれも丁寧でいて、色の感じが柔らかく、私は結構好きな部類の絵だ。


「私は美しいものには目がなくてね。美しいものを美しいまま己の手で留めておきたいのだ。……まあ、最近はもう描いていないが」

 と少し寂しそうにユーリアスは言った。

 この人の本心が少し見えて来た気がした。


「まあ、勿体無いですわ。こんなにお上手なのに」

「褒められるのは久しぶりだな。小さい頃は絵が上手だとよくお父上も母上も褒めてくださった。それがなによりも嬉しかった」

 遠い日を懐かしむようにそう言った。


「ふふ、ではまた描いてみてはいかがかしら? とてもお上手だもの。また褒めてくださるわ。少なくとも私は褒めて差し上げてよ」

 私がそういうと、ユーリアスは自嘲的な笑みを浮かべた。


「いいや。父上はもう褒めてくださらない。絵が上手くかけようがかけまいが、私には価値のないことだ。絵が欲しいなら専門の画家に頼めばいい。父上は絵ばかり描いている私にそうおっしゃった」

 彼の心の柔らかい部分に触れたような気がした。


 本当に勿体ない。彼にはちゃんと別の才能があったのだ。

 私は、色々な思いを飲み込んで笑顔を向ける。


「そう、王子というのは大変なのね。でも、私は貴方の絵に価値がないなんて思えないわ。貴方はとても、素晴らしい絵を描ける。それだけは確かなことなのだから」

 色々なことが終わって、自分を失いそうになった時、少しでも自分の好きなものを思い出してくれたらいいのだけど……。


「美しい君にそう言ってもらえると、うれしいよ。王位指名式が終わった後は、君のヌードでも描かせてもらおうかな」

 と、軽い口調で言ったユーリアスは、突如私を押し倒して来た。

 長椅子のクッションが頭にあたる。


 なんかユーリアス殿下に同情心が芽生えそうなしんみりした気持ちになってきたというのに、この流れ……。


「まあ、殿下ったら、おいたがすぎてよ。ルダスの女王に手を出すというのなら、それ相応のものを頂かないと」

 私がそういうと、ユーリアスはニヤリと笑った。


「私は次代の王だ。君の望むものはなんでも差し出そう」

 おいおい、そんなこと言ったら、女に国庫を食い尽くされるぞ。

 少なくとも、うちの母は実際そうやって国を破滅させたことがあった……。

 彼は恋愛で国をだめするやつだ。間違いない。

 

 とりあえずはこの場をきりぬけなければ。

 私は彼の頬を両手で挟んだ。

 そして誘うようにして引き寄せて、キスをする。


 今日廊下でしたキスよりもたっぷり丁寧にキスをすると、彼はしばらくして、ドサっと気絶したかのように全体重を私に預けてきた。

 どうやら、薬が効いたようである。

 彼は私に覆いかぶさりながら目を瞑り寝息を立てた。

 しっかり眠っているのを確認して、私はどうにかして、彼の下敷き状態になっているところから抜け出す。

 この部屋に行く前に口紅を違うものに塗り直してきて正解だった。

 赤い口紅は、夢に誘う特別な口紅なのである。


 私は部屋を見渡して一番大きな窓を開けた。


「ローベルト、いるんでしょう? ちょっと手伝って」

 私がそういうと、暗いところからすっとローベルトが姿をあらわした。

 この人は大体側にいる。


 私はローベルトを中に入れると、長椅子で眠りこけているユーリアスをベッドに運んでもらった。

 その際に彼の来ているバスローブの帯を解いてもらう。

 彼に舐めさせた毒には睡眠と幻惑を見せる効果があるものだ。

 きっと今彼は夢の中で、私とのあれやこれやに励んでいることだろう。

 顔もニヤニヤしてるし。


 ローベルトが指示通りちょっとバスローブとベッドに乱れてる感を演出し終わると、ローベルトが難しい顔で私をみていた。


「あまり危険なことはしないでください」

 と苦言を言ってくるので私は何を今更と肩をすくめた


「大丈夫よ、いざとなればこうやって眠らせることができるのだし」

「ですが、毒の効き方には個人差があります。もしなかなか毒が効かない人だったら……」

「大丈夫。この人、昼間は気分を高揚させる毒がすぐに効いてたでしょう? 毒が効きにくい人ではないわ。それより、明日のこと、詰めておかないと」

 私はそう言って、長椅子に座りなおした。ローベルトにも座るように手で促す。


 ローベルトは、無茶なことをするなという自分の苦言が流されたと気づいたらしく諦めたように息を吐いた。


「悪いわね。一応私は彼と一夜を共にしてたってことにしたいから、すぐには部屋に戻れないから。他のルダスの子たちへの連絡をローベルトに任せたいのよ」

「……わかってます。明日の成人の儀についてですね」

 彼は椅子に座って私の話を聞く気になってくれたので、私は頷いた


「そう、明日成人の儀は行われる。ユーリアスはクリスが戻ってこないと思っているけれど、余興の最後、儀式の直前にクリスを登場させるわ。それはこれまで打ち合わせしていた通りよ」

 私がそういうと、ローベルトは頷いた。

 ルダスの余興の最後にクリスを登場させて驚かす。そしてそのまま成人の儀を行えたら万々歳。

 ただ、ユーリアスはどうにか阻止しようとするかもしれない。

 ユーリアスは内戦も覚悟して軍事費を集めている。

 それほど玉座にこだわっているのだ。

 しかも、彼は自分の王位指名式が行われると思っている。

 それが潰されたとなれば、その場で強硬に走る可能性は十分にある。


「一番の気がかりは、儀式の途中でユーリアスの配下がクリスを殺しにかかること。陛下の御前でもあるし、儀式中は帯剣を許されてないからあり得ないとは思うけれど、なりふり構っていない彼はそのまま命を狙ってくるかもしれない。そうなれば、三大伯爵家同士で小さな戦争が起こる」

 二つの伯爵家はお互い争いあい、グッドカル家のものは予期せぬことが起こらぬよう陛下と王妃を護る体制に入る。


「私たちは、ケイマールの家の者達と協力してクリスが成人の儀を終えるまで、彼の身を守る必要がある。それと、儀式を行う司祭の守りにも気を配って」

 司祭がなくなれば、その場での儀式の続行は不可能だ。クリスが成人の儀を終えるまでは、確実に守らなければならない。


「ダニエルの家族はそれまでに安全な場所へ。余興の際は、そちらの警備が手薄になるはず。奪い返すのはその時がチャンスよ」

 突然クリスが現れたら、ダニエルの裏切りが流石にバレる。そうなれば、彼らの命はないだろう。


 その後も細かい段取りをローベルトに伝えると彼は一言御意と言って部屋から去って言った。


 すると残されたのは私と幸せそうに眠っているユーリアスのみ。

 と思って改めて長椅子に座ると、ふとこの部屋に来る前にケイマールに渡されたワインのことを思い出した。


 殿下に飲ませる前に、寝かせてしまったから口をつけてない。

 私は栓を開けると匂いを嗅いだ。

 変な匂いは感じない。


 念のためにと古代語を口にする。これは私の固有魔法の呪文。


 そして瓶ごととワインをラッパ飲みする。

 喉の奥に張り付くような感覚が一瞬あったがそれはすぐに分解された。


「やっぱり毒入りね。まったくアレクシスったら、私を陥れようだなんて10年早いわよ」

 入れた毒は味や匂いにはまったく影響のでないものらしい。


 毒がなければこのワインはただの最高に美味しい高級ワインだ。

 私はそのままもう一口頂く。


 まあ、アレクシスの立場なら、ユーリアス殿下には死んでもらうほうがありがたいものね。

 しかもその罪を外部のものに押し付けることができる。最高の筋書きだ。


「私を陥れようとしたことに関しては、あとできつーくお灸を据えてあげなきゃ」

 そう言ってさらにもう一口。


 アレクシスのように情にはに流されず、するべき時にゲスな行動を平気で取れるというのもある意味一つの才能だ。

 彼の中での優先順位の一番が、『国の繁栄』であるとはっきりしている。

 だからこそ、迷いなく非道な行動を取れる。

 王の頭脳として側にいるなら必要な才能だ。


 きっと、これからこの国は、太陽のようなクリスとその影を担う月のようなアレクシスが力を合わせて良いバランスの国にするだろう。


 まあ、けど、私達に罪を擦り付けようとしたことは一言申しつけてきつく言わなくちゃね。


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