王妃とのお話
「ベリアンテ様、お久しぶりでございます」
私がそう言って腰をお落として礼をする。
「まあ、そんなにかしこまらないで。あなたのことは良くヴィクトーリヤから聞いていて勝手に自分の娘みたいに思っているのよ。さあ、こちらに座って」
と、そう暖かな言葉を投げかけてくれたベリアンテ王妃に甘えて、案内された私室のソファに座らせてもらった。
そしてそわそわしているベリアンテ王妃はたまらずに私に問いかけてくる。
「久しぶりね。私のことは覚えていて?」
「はい、もちろんでございます」
「ふふ、貴方の元気な姿が見れて嬉しいわ。それで、あの子も一緒なのでしょう?大丈夫、この部屋は私たちしかいなくてよ」
王妃の言葉に私は頷くと、後ろを振り返った。
ソファの後ろには私の護衛の二人が立っていて、左側がローベルト、そして右側には、ゴツゴツとした顔で、年の頃が30過ぎに見える男が立っている。
私はその男に向かって頷くと、彼が前に出て来てくれた。
「母上、ただいま戻りました」
その男の見た目から想像できないほど若々しい声が漏れると、ベリアンテ王妃は目を丸くした。
「クリスティアン殿下、その姿では分からないわ。あとでまたつけてあげるから顔の化粧はとっても良いわよ」
私がそう言うとクリスは、顔に手を伸ばしそのゴツゴツとした輪郭を削っていく。
ある程度顔に固めた化粧、というよりもほぼほぼ粘土のようなものがとれて、スッキリすると、クリスのいつもの太陽のような眩しい美顔があらわになった。
残念なことに夕日のような橙色の髪の毛は、草木で染めて焦げ茶色になっているけれど、それでもその美貌は衰えていない。
「まあ! クリス! 貴方だったの!?」
と王妃は歓喜の声を上げると立ち上がってクリスを抱きしめた。
久しぶりの親子の再会だ。
二人は人おり久しぶりの再会に言葉を尽くすと、これからのことを話すためにクリスは私の隣に座った。
「母上に事前にお伝えしたいことがあります」
「まあ、なにかしら」
久しぶりに息子の無事の姿を確認できた王妃は、嬉しそうな顔で、これからクリスが提案する話を聞いて、この無垢で美しい王妃がどんな顔をするかと想像するだけで、私胃が痛い。
でも、傍から見ているだけの私がそうなのだ。
きっと、話す本人はもっと辛いだろう。
「明日の成人の儀のことです」
私の心配のなか、クリスははっきりとした口調でそう言った。
「そのことね。先ほど陛下もおっしゃられたけれど、やっとユーリアスが王位指名式を行えることになったの。だから、成人の儀は一度延期にいたしましょう。ユーリアスだって、王位指名式を終えればきっと気持ちも落ち着くはずよ」
王妃は疑うことを知らない顔で柔らかく微笑む。
その顔を見て、悲しそうにクリスは瞳を陰らせたが、それは一瞬だけのこと。
覚悟を決めた眼差しを前に向けた。
「その件ですが、母上、私は明日の成人の儀に参加します。そして王位継承権を得るつもりです」
王妃は目を丸くさせた。
「どういうこと? そんなことをしたら、ユーリアスはまた貴方の命を狙って……」
「兄上は、どちらにしろ私が生きていることを許さないでしょう」
「そんなことないわ……! きっと話せば分かり合えるはず……! 貴方達は兄弟なのよ!」
「話し合えばわかり合うと言うのなら、私は城から出ていく必要はありませんでした」
「それは……。で、でもそうなったら、貴方達は兄弟で争うということになるのよ!? 内戦を始めるつもり!?」
「覚悟の上です。私は兄上を王とは認められない」
クリスの言葉を聞いて、王妃は立ち上がって鋭い視線をクリスに向けた。
「私は兄弟で争わせるために手助けしたのではないわ!」
クリスは王妃の苛烈な視線を静かな眼差しで受け止める。
「母上には、申し訳ありませんが、私の気持ちは変わりません。私は王になる。私は父上と母上の子で、王族です。国のことを思わなければならない。国のためなら兄上への親愛の気持ちを捨ててみせます」
「クリス……!」
そう言って、がっくりと泣き崩れて王妃は再び椅子に腰を下ろした。
しばらく重苦しい空気に包まれて、私、めちゃくちゃ居たたまれない。
けれど、クリスはその空気を真正面から受け止めていた。
最初に動きを見せたのは、ベリアンテ王妃。
あきらめたように小さく息を吐きだす。
「……貴方は陛下に似たのね。しばらく見ない間に、しっかり王の顔になってる」
泣き笑うような王妃の顔。息子の成長を喜ぶ一方、これから起こる兄弟の悲劇に辛そうに眉根を寄せていた。
「わかっているのよ、私だって。ユーリアスは王に向かないってことぐらい。だから、陛下も私がどんなに懇願してもユーリアスの王位の指名式を遅らせた」
クリスがうなだれた母の隣に座り気遣わしげ見詰める。
その強い瞳を真正面から受け止めた王妃は、唇をかみしめると顔を伏せた。
「クリス、貴方も私のことを愚かな女だと思ってるわね。息子可愛さに、国のことをないがしろにして、見たくないことは見て見ぬふりをしてしまう。……ユーリアスは私に似たのだわ。普通の人なの。悪い子ではなかったの。ただ、王の器ではなかっただけ」
「兄上は、優しくて繊細な人でした。小さい頃は八歳上の兄上はなんでもできるように見えて、私は兄上のことがとても誇らしかった。今でも兄上のことは愛しています」
王という権力の輝かしさに目を奪われ、自分を失うものがいる。その権力の重圧に押しつぶされる人もいる。
ユーリアスもきっと耐えきれなかったのだ。ただそれだけ。王族として生まれてなければ、もしかしたらただの仲の良い兄弟でいられたのかもしれない。




