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快楽の国の女王  作者: 唐澤和希/鳥好きのピスタチオ


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ユーリアス殿下バーサクする

 ユーリアスにエスコートされながら城の中にはいり、王様に挨拶をするために謁見の間に向かう。

 その途中で、ユーリアスがちょっと嬉しそうなのを隠して切れてない申し訳なさそうな顔で話しかけてきた。


「じつは、一つ謝罪しなければならないことがあります」

「まあ、何かしら」

 と私は白々しくきいてみたけれど、

 多分、成人の儀の主役が城にいないってことだろう。


「実は、弟が城にいないのです」

 声をひそめるユーリアスに私は目を開いて驚いてみせた。


「まあ、明日が成人の儀でしょう? 主役の王子様がいらっしゃらないということですか?」

 私が大げさに驚くと、ユーリアスは重々しく頷いた。


「そんな……! では明日の成人の儀はどうなりますの?」

「父上はギリギリまで戻ってくることを期待して準備を進めてはいるが、今日戻って来なければ中止という形に……」

 ユーリアスの話に、私はやっぱりそうよねと、内心頷く。

 そして成人の儀の中止は正直困る。

 成人の儀でもってクリスはやっと兄のユーリアスに戦える権利を得るのだ。


 そして、成人の儀のギリギリまでクリスの存在を隠したい。戻って来たと知られればこの兄であるユーリアスは様々な手を使って命を取りに来るだろう。今までがそうだったように。

 クリス殿下が不在という中でも、成人の儀を執り行う準備だけはギリギリまで進めてもらったほうが、私達としてはやりやすいのだ。


 そうするためには、少し賭けにはなるけれど……。

 私は考えをまとめると、ユーリアスの腕をとって、目に涙をためて潤んだ瞳で見上げた。


「では、私達はどうなりますの? 今日の日のために準備をして、ここまできましたのよ?」

 私が胸を押し付けて必死で一番可愛く見える顔を作って嘆くと、ユーリアスは満足そうな笑みを浮かべた。


「ご安心を。お約束した金額の半分ぐらいの謝礼は出すつもりです。それに、ルダスの夜を私に味あわせていただけるなら、それにもう少し弾んでも良いと考えてます」

 そしていやらしく唇を歪めて笑うと、私の胸のあたりをじっくりと見下ろすユーリアス。

 相変わらずこいつはすけべのようである。


 けどね、もともと、私が欲しかったのはお金だけじゃなくて王子の成人の儀で芸を披露したという実績だった。


 まあ、今はクリスのことがあるから、当初の狙いからちょっとはずれてきてはいるけれど。

 私は内心を悟られぬように渾身のか弱き乙女みたいな顔を浮かべた。


「なんてお優しい殿下。もちろん、殿下の要請であれば、私達はいつもで最高の夢を差し上げるつもりですわ。ただ……」

 私はそこまで言って、悲しそうに眉根を寄せて視線を下げた。


「国の大きな儀式を行えることを楽しみにしていた子達は多くおりましたの。もちろん、私も。他に積み重ねて来た成果を披露する場があればいいのですが……」

 私が心底悲しそうにいうと、ユーリアスが「特に近々催しはありません。まあ、舞いたければ私のベッドの上で舞えば良いのです」という下心満載なお言葉を頂いた。

 違う。

 私が欲しい言葉と違う。

 こいつ……。


 しょうがないという気持ちで、私はさもいいことを思いついたとばかりにハッとして顔を上げて、ユーリアスをまっすぐ見つめた。


「そうですわ! クリス殿下が来られなかったら、ユーリアス殿下の王位指名式を行うのはいかがかしら!」

 私の提案に鼻の下を伸ばしていたユーリアスは目を丸くした。


「それは……」

「成人の儀で準備するものと戴冠式で準備するものはさほど変わりがありませんわ! ただ司祭の方が発する祝詞の言葉が変わるぐらいです。ですから、クリス殿下が来られなかったら、その場を借りてユーリアス殿下の王位指名式にすればいいのですわ!」

 きゃっきゃと無邪気な乙女風に改めて説明すると、ユーリアスは、なるほどという感じで考えるように視線を斜め下に向ける。


「しかし、私はまだ父上から後継者として指名されてない。王位指名式は、次代の王を宣言するための催しだ……」

 と暗い声で真っ当なことをおっしゃった。


 王位指名式は、その名の通り陛下が次代の王を指名するための式。

 スプリーン王国では、王位指名式の後、実際に政務を行なって実績を積んだ頃に戴冠式を行なう。

 現在のユーリアスの年齢は、二十三歳。本来なら、王位指名式を行なってもおかしくない年齢だ。

 まだされてないということは、王様も王様でユーリアス殿下に何か思うところがあるのだろう。


 もしかしたら、ユーリアスが焦燥にかられて弟であるクリスを害するようになったのも、この指名式が遅れていることが一因なのかもしれない。


「でしたら、これから陛下にお願いいたしましょう? 自らの成人の儀に戻って来ないクリス殿下よりもユーリアス殿下の方が王に相応しいのは明白ですわ。民も次代の王の指名に沸き立つことでしょう」

 私が甘ったるい笑顔浮かべてそういうと、彼は少し戸惑うような表情を見せた。

 まだ少し迷いがある。

 もうひと押し。

 私は、背伸びをして彼の唇に自分の唇を近づけた。

 ユーリアスはそのまま私の唇に唇を合わせる。

 彼の後ろにいた私の護衛の一人がギョッとしたように体を揺らしたのが見えたが、気にしないふりをしよう。


 まあ、兄が誰かとキスしてるところなんかあんまり見たくないだろうしね。気持ちはわかる。


 そしてユーリアスは、私の唇を長らく堪能するとやっと解放してくれた。

 こいつまじでキス長いな。

 しかしその甲斐あってか、私の口に塗っている気分を高揚させる毒がうまく彼に効いてくれたようだ。


 夢見心地な瞳で私を見た後、

「確かに、そうだな。次代の王は私しかいない」

 と、夢想するような浮ついたユーリアスの声が聞こえて来た。


「ええ、この国の次代の王は、ユーリアス殿下以外おりませんわ」

 私は微笑んで応じる。

 この私の笑みが彼を破滅に導くための笑顔とは知らずに、ユーリアスは満足気に私を見てる。


 なんだか私の方が悪いことをしてる気分だ。いや、彼にとって、確かに私は悪役だ。

 ユーリアス殿下はきっともともと弟を手にかけようとするような人ではなかったのだろう。ただ、弱かっただけだ。

 その弱さが弟を信じられなくして、自分の弱さの逃げ口として玉座に固執させた。

 ユーリアスの弱さは誰もが持ち得る弱さだ。

 でも、王になるものが持ってはいけない弱さだった。ただそれだけ。


 うっとりとした瞳のユーリアスを連れて、私は謁見の間に続く回廊を渡った。



 ユーリアスのエスコートで、謁見の間についた。いらっしゃるのはもちろんこの国王と、その王妃様だ。


「ユーリアスからも聞いているかもしれぬが、此度の成人の儀は一旦延期となる予定でな」

 と、玉座に座った王は疲れた顔でおっしゃった。

 そのタイミングで、ユーリアスが待ってましたとばかりに口を開く。


「父上、その件についてこのユーリアスに考えがあります。クリスティアンが戻れば、そのまま成人の儀を行ない、戻らなければ私の王位指名式を行うのはどうでしょうか」

 私の毒が体に染み渡ったユーリアスが自信タップリにそういうと、王は目を見開いて自分の息子を見た。


「お前からそういう話を提案されるとは思わなんだ。確かに、成人の儀も、王位継承式も準備するものは変わりないが……」

 と戸惑うように王が言うと、隣の座っていた王妃が両手を合わせて笑顔を見せた。


「それは良いことですわ! ねえ、陛下、ユーリアスももう二十三です。そろそろ良い時期ではありませんか?」

 二人の息子を産み落としたとは思えない若々しい王妃がそう言うと、王は改めてユーリアスに視線を向ける。


「今日のお前は、いつもと違うな。前はもう少し陰湿な雰囲気があったが……その顔は悪くない」

「はい、今の私は何故かなんでも出来そうな気持ちがするのです!」

 とバーサクモードのユーリアスはおっしゃった。

 確かに、自信いっぱいやる気いっぱいの若い王子って感じで、ちょっと前のむっつりスケベ陰湿王子なユーリアスと比べると良くなった。


 でも、ごめん、これは薬のせいなんです。

 と言う言葉をどうにか堪える。


「まあ、ユーリアスもたくましくなって……! クリスティアンが戻って来たら、きっとあなたの良き臣下になりますわ。兄弟仲良く国を治めてくれたらどんなに素晴らしいことでしょう」

 ベリアンテ王妃がそう言ってユーリアスに微笑みかける。

 ベリアンテ王妃は、ユーリアスがクリスの命を狙っていることに気づいて、城の外に逃がした張本人だ。

 でも彼女にとってはクリスもユーリアスも大事な息子に変わりはない。

 どちらもが生きてくれることがなによりなのだろう。


 きっと王妃は、ユーリアスが王位指名式を行えば、心の余裕ができて、弟のクリスを害そうとはしないと信じている。


 一方、王の表情はまだ苦い。

 思案するように顎の下に手を置いた。


「そうだな。そろそろ良いのかもしれない。クリスにはその気もない上に、このままでは内戦の可能性もある……」

 王はそう呟くように言うと、顔を上げてユーリアスを見た。


「わかった。クリスが戻らない場合は、そなたの王位指名式に変更しよう」

 王がそういうと、ユーリアスがそれはもう嬉しそうな顔をして返事を返す。


 これで、成人の儀のギリギリまでクリスを隠しておける。

 膝をつき、顔を伏せながらうまくことが運んだことにホッと安心した。


「陛下、実はこちらのルダスの座長は私の友人の子なの。少し話がしたいから私室に連れていってもいいかしら?」

 ベリアンテ王妃が可愛らしく言うと、陛下は頷いた。

 そして、私はそわそわしたベリアンテ王妃の元へと護衛の二人とともにお邪魔することになったのだった。



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