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快楽の国の女王  作者: 唐澤和希/鳥好きのピスタチオ


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王都にたどりつく

「お帰り、エレナ」

「はい、ただいま戻りましたイレーネ様」

 そう言って、王子ご一行やルダスの幹部が集まる部屋で恭しくエレナが膝をついて頭を下げた。


 エレナには、これから向かう城内の状況について調べてもらってきたところである。


「城の様子はどうだった?」

「はい、城内はものものしい雰囲気でした。兄王子の派閥である家の騎士とケイマール家の騎士が牽制しあっているようです。あと、その、ユーリアス殿下の周りの警備もすごくて、流石にあの中での暗殺は難しいかと」

「あ、うん。いいのよ、暗殺のことは考えなくて、ありがとう」

 エレナは優秀な密偵ではあるけれど、隙があれば暗殺しようとするところが玉に瑕だ。


「それで、ダニエルの家族のことはわかった?」

「はい、奥様と娘様はご存命です。屋敷の最上階に軟禁されてます」


「本当ですか……!?」

 エレナのその報告を受けて、近くにいたダニエルがそう言った。

 ダニエルは、これまで大人しくスパイとして私達の言うことを聞いてはいたけれど、やっぱり家族のことは心配だったんだろう。


「はい、この目で見てまいりましたので間違いありません」

「エレナ、本当にご苦労様。貴方は夜の仕事をやりたいといっているのに、こういう仕事もお願いしてしまって申し訳ないわ」

 私がねぎらいの言葉を述べると、さっとエレナは顔を赤くする。


「い、いいんです! 私はお役に立てるのならなんでもします! 私が夜の仕事をしたいのは、ただ、私が女王様と一緒に、いたいだけといいますか……」

「ありがとう。エレナ。貴方にはいつも助けてもらってるわ」

 そう言われてエレナは嬉しそうな顔をしてくれた。

 なんだか、この健気な少女に申し訳ないことをしてる気がしてくる。

 いやだって、本人のやりたい仕事とは別のこと頼んでるし……。


 その後改めてエレナの仕事ぶりに労いの言葉をかけると、その場を去ってもらった。これからは、幹部と王子ご一行だけでこれからの動きを決める。

 

「お、おい。あの女、何者なんだよ」

 とクリスのちょっと怯えるような声が聞こえた。顔が青い。


「あの子は、元サンジャオ国の忍なのよ」

「え、あの謎の諜報暗殺組織の!?」

 エレナの家はもともとサンジャオ三国のジョウジャオ国の暗殺や諜報を生業とする一族だった。父親の躾に耐え兼ねて逃げ出してきたところを私が拾ったのだ。


「だから、貴方が最初にエレナの肩を抱いた時、ひやっとしたわ。咄嗟にエレナが反応して貴方を殺してしまうんじゃないかって」

 私がそう言うとクリス殿下は目を丸くした。


「え? そっちの心配!?」

「あの時ローベルトが間に入って止めてくれなかったら、やられてたわよ」

「え、俺、あの時、殺されるところだったのか……?」

 兄王子の意図しないところで、クリス殿下の暗殺が成功していたところである。


 まあ、念のために表の仕事をしてる時の彼女には刃物を持たせないようにはしてるけど。まあ凶器になるものなんていくらでも転がってるものね

 あの時エレナは、食事の席に置いてあったフォークを拾い上げていた。ローベルトが止めなかったらマジでやばかった。


「まあ、そんな話は置いておいて、明日の段取りについてきめていくわよ」

「そ、そうだな。よし、話し合おう」

 クリス坊やが応じると、明日の作戦について改めて話し合うことになった。

 明日はとうとう城に到着する。最初の試練だ。



 王都に入ったら一番の大通りを宣伝も兼ねて華やかに芸を見せながら進む。

 スパイのダニエルを抱き込み、虚実混ぜた嘘情報を向こうには流している。

 そのためルダス一座にクリスが紛れていることは、ユーリアスには知られてない。

 しかもエレナにダニエルの家族が生きていることが確認できたので、彼らはダニエルが裏切ったことをまだ知らないということだ。


 行きますかと、王都の門をくぐる。


 門番には、簡単な荷物検査や本人確認はあったがあくまで簡単なもの。

 二重構造になっている馬車の床下に隠れているクリス達には気付かれずにそのまま通してくれた。


 もともと私たちが、成人の儀の余興を行うことは知れ渡っている。

 私たちが通るということを聞きつけた王都の人たちが、門の前で待ち構えていた。

 大通り沿いにもたくさんの人だかり。

 すだれの中で、こっそりと外の様子を見ていた私は、思わず微笑む。


 王都の大通りを華やかにすることも、余興の一つ。観客の数は十分だ。

 快楽の国ルダスの華やかなパレードを始めなくては。


 みんなの準備が整ったのを見計らって出発の合図を鳴らす。

 華やかな色の馬車を取り囲むのは踊り子達。

 妖精のような軽やかなステップで馬車の周りを舞う。

 そしてその舞を華やかにする音楽。


 そして舞はしないが、馬車の窓から顔を出して、キレイどころが艶やかに手を振る。


 私は先頭の一番豪奢な馬車中で。ゆったりと大きな長椅子に座っていた。

 外から「あそこがルダスの女王がいる馬車か?」「女座長は大層な美女らしいぞ」「一目みたいなぁ」などと言った声が聞こえてくる。


 『快楽の国ルダスの女王』というのは、この一座のブランドのようなもの。

 ルダスの一座を率いる座長は、恐れ多くも自らを女王と名乗るが、その美しさで誰もが認めてしまう。そういう話が庶民の間には広まっている。


 母出奔後、私は意図的にそういう風にこの一座をブランディングしてきたけれど、きちんと結果がでてるらしい。


 しかし、残念だけどここで、私の顔は出さない。

 そう簡単には顔をみせないよ。

 だからこそありがたがるというものである。


 色鮮やかな紙吹雪を舞わせ、布をたなびかせて舞を踊り、音楽を奏で通りを歩く。

 人々の歓声もまるで一つの音楽かのようにこのパレードに加わる。

 華やかに大通りを通ると、城の前にきらびやかな鎧を纏う騎士の一団が待ち構えていた。


 紋章を見るとユーリアス派閥ときいているカルバネア伯爵家の家紋だったので、一瞬クリスをかくまっていることがばれたのかと緊張したが、私たち近づくとさっと動いて道を開けてくれた。

 どうやら出迎えにきてくれただけらしい。

 騎士がさっと開いた道の先に、以前見た覚えがある顔があった。


 クリスと同じ赤い髪を後ろに束ね、いやらしい目で舞い踊る踊り子達をちらりとみるのは、ユーリアス殿下だ。

 彼が代表で挨拶に来てくれたらしい。

 彼の相手をするのなら私しかいない。

 私は頭にベールを被り、顔をみられないようにするとローベルトの手を借りて優雅に見えるように馬車を降りた。

 私が馬車を降りて騎士達が作った道を歩いてユーリアスの近くにゆくと、右手の甲を差し出した。

 ユーリアス殿下はニヤリと笑ってから私の手をとり唇を落とす。今日はきちんと手洗いをしよう。


「ユーリアス殿下自ら出迎えに来てくださるなんて、光栄ですわ」

 ユーリアスから自分の手を引き抜くとそう言って微笑んで見せた。


「貴方のためなら、地獄の底だとしても迎えに参りますよ」

「ふふ、お上手ですわね。高名な詩人のようよ」

「貴方の前ではどんな男も詩人になってしまうでしょう」

 という貴族社会ではよくある甘ったるい挨拶をしつつ、ユーリアスにエスコートされながら城の中へと進む。

 ルダスのメンバーでついて来ているのは護衛の二人だけ。

 他は馬車を預けたり荷下ろしの準備にかかってくれた。


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