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快楽の国の女王  作者: 唐澤和希/鳥好きのピスタチオ


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王子は目の当たりにする

 その日のクリスは誰が話しかけても返事がないほど心ここに在らずな様子だったけれど、突然私が泊まる部屋に訪ねて来た。

「外に出て、トゥエールを見たい。一緒に来てくれないか」

 と言ってクリスは散歩に誘ってくれた。


 別に予定もないし、彼があまりにも真剣な顔だから、クリスに付き合って一緒に外に出る事になった。


 クリスは無言で町を歩く。行きたい場所があるのか、重い足取りの割には迷う事なく進んでいく。ちなみに二人っきりと見せかけって後ろにはちゃんと護衛がいる。流石に、王子と私二人だけでフラフラはできない。

 そして、トゥーエルの町の中心地から外れ少しばかりの坂を登り、とある丘にたどり着いた。


 トゥエールが一望できるなかなかの絶景スポットだ。

 時間的には、もう日が沈む頃合い。

 閑散としたトゥーエルの町にオレンジの西日がさしていて、綺麗ではあるけれど人の少ないこの町の様子が物悲しい気持ちにさせた。


「兄上は十五歳になって初めて領地を持った時、俺をこの場所に連れて行ってくれたんだ」

 クリスがそう言って喋り始めた。

 私が無言で隣に立つ。


「初めて納める領地なんだと言われて、俺はこんな立派な町を任された兄上が誇らしかった」

 そう言って、遠い目ををして懐かしそうに微笑むクリスだったけれど、表情を歪めた。

「王位継承権を放棄すれば、兄上ならわかってくれると思った。血を分けた兄弟だ。小さい頃は、一緒に遊んでくれたこともある……」

 そう嘆くクリスは両手で顔を覆って、顔を伏せる。泣いているのかもしれないと思った。

 私は彼の背中にそっと手を添える。

 何を言うべきか分からない。

 そう言う時は、何も言わない方がいい。


「おそらく兄上は俺が王位継承権を放棄しても安心しない。俺をどうにかして殺そうとするだろう。内戦を回避する為には、俺が大人しく死ぬしか方法がない」

 泣いているのかと思っていたクリスから意外にも冷静な声が響いた。

「貴方は、内戦を止める為に命を差し出すつもり?」

 私がそう尋ねると、彼は顔を覆っていた手を離し、その両手を深刻そうに見つめた。


「戦はたくさんのものを無残にも奪う。多くのものを失い、得るものはない。実際、戦が始まってもいないのにこんな有様だ。最初から俺が死ねばよかったんだ。そうすればよかった。そうすれば、兄上はこんなことしなかった。トゥエールの人々が悲しむこともなかった」

 見事な献身だ。

 でも、私はそれが王族として正しい姿勢には見えなかった。

 少なくとも私には。


「それはきれいごとだわ。貴方はこのトゥエールの町が見えないの?」

「見ているさ! 見ているからこそ、俺は……!」

「いいえ、見えてない。貴方一人の命で全てが丸く収まるなんていう夢物語に捕らわれて、現実から目を逸らしてる。この町は、戦争のせいで荒れたのではないでしょう? 戦はまだ起こってない」


「それは……」

 そう言ってクリスは改めてトゥエールの町を見下ろした。

 かつて宿場町として栄えたトゥエールの惨状は、きっとクリスには衝撃なことだろう。


「これは戦争が起こした悲劇じゃない。愚かな権力者が、愚かなことをしたから起こった悲劇よ」

「じゃあ、俺はどうすればいいんだ! 兄上は俺が諫めても話を聞いてくれる人じゃないんだ!」

 苦悩するように眉根を寄せて吠えつくように叫ぶクリスをみて、手を差し伸べたくなった。

 ほっとけばいいのに。彼は目が離せない。


 思わず伸びそうになった手を抑えて、少しだけ冷静になって考える。

 ここで彼に協力することはルダスにとって利があるだろうか。

 

 このままユーリアスが次の国王になったら国が荒れる。そしたらこの国で商売ができなくなるかもしれない。ルダスの収入が減るかもしれない。


 彼の手助けをしたほうがいい理由が頭の中を駆け巡る。

 でもそれは、私が彼をただ助けたくて、その理由を必死に積み上げているだけ。

 この国が荒れたとしても、ルダス一座はもともとあらゆる国を渡り歩く旅の一座。

 荒れたのなら、離れてしまえばいいだけの話だ。


 そうわかってはいるのに、やっぱり彼の力になってあげたくて……。


 そういえば、ローベルトも言ってたわね。

 磨けば光るものを見つけたら磨かずにはいられない変わり者の研磨師か。

 私って、自分が思っているよりもお節介なのかも。


 私は、苦悩で歪むクリスの顔にそっと手を添える。驚いたように目を見開いたクリスをそのまま優しく誘導して、顔を私に向かせた。


「王として相応しい能力があっても、その志が王たるものでなければ王なり得ない。志が王であっても、能力がなければ国民にとって災厄と同じ。能と志二つ揃って王足り得る。私は、貴方にはその二つを持っていて、さらに磨くことができると思うわ」


「俺は……」

 戸惑うように揺れる彼の瞳をしっかりととらえた。


「貴方はきっと、良い王になる。この快楽の国ルダスの女王が保証する」

 私がそう言うと、彼は少しだけ目を潤ませてそっと顔を逸らした。

 そして再びトゥエールの町を見下ろす。


「……少しここで一人にしてくれるか? しばらく一人で考えたい」

 そう言って遠くをみるクリスの顔は最初にあった時と比べて随分大人っぽくなった。

 いや、大人にならざるを得なかったのだろう。

 まだ彼は十五歳だ。

 体は大きいけれど、成人の儀も済んでいない。


 私は軽く頷くと、黙ってその場を後にすることにした。




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