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快楽の国の女王  作者: 唐澤和希/鳥好きのピスタチオ


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12/28

トゥエールの町

 王子とともに王城へ向かう旅は続く。

 ダニエルの諜報活動は向こう側にはばれていないようで、順調だ。

 ただ、ダニエルは、鳥を使って一方的に王都に情報を流しているだけ。

 ダニエルから向こう陣営の状況を得られることはないので、二重スパイとはいってもほとんどこちらの利益はないのだけどね。


 ただ、嘘情報で向こうを躍らせることはできる。

 ダニエルはまだ、王子たちがルダス一座を合流していることは報告しないでもらった。その方が今後やりやすい。

 

そうして、兄王子勢力を警戒して大きな町には入らず開拓の済んでいない場所で野営をして過ごしていると、とうとう王都にほど近いエレンディアス領のトゥーエル町についた。


 この町を越えればもう王都。もう少しで目的地である城にたどり着く。


「ここから先は、町や村が隣り合ってます。野営できるような場所はありません。夜は宿をとって進みましょう」

 ローベルトの言葉に私は頷いた。

 というのも、ルダスの一座は30人あまりの大所帯だ。

 一つの小さな村レベルの規模がある。

 全員分の宿を探すのは骨が折れるが、野営を張れる場所がなければそうするしかない。

 以前、ここをを通ったことがあるがそれなりの宿がいくつかあった。場所を分ければ大丈夫。

 そう踏んでいたのだけど……。


「町の様子が随分変わったわね」

 小さい声でそういうと、隣で馬に乗っているローベルトが首を縦に降る。


 トゥーエルの町は王都にも近いということで、大きく栄えた町だったはず。そして今私たちが渡っている道はこの町一番の大通り。前来た時は、大通りの軒を連ねる店の人たちの活気のある声であふれていた。

 今でも多少はそう言った声も聞こえるのだが……。


「どうか、お恵みを……」

「足を悪くして働けないのです……」

 物乞いの声が聞こえてくる。

 こんな声、以前はなかった。


 ここは、王都に行く為には必ず通る大通り。良く整備もされていたし、この町では最も栄えているはずの場所で、警備なども配置された要所。


 すくなくとも、前来た時には、物乞いの姿はをこんなに目にすることはなかった。

 そして営業している宿の数も、かなり少ない。


 しかもこの通り沿いにある以前使ったことがある宿が、店を閉めていた。この立地の宿が潰れた……?

 この大きな変化に戸惑いつつも、どうにか全員分泊まれそうな宿を見つけたのだけど……。


「高い……」

 その料金を聞いて思わず唸った。

 前来た時の相場と比べて約5倍ほどの料金……。

 しかし店の女将さん曰く、これでもこの町では良心的なお値段らしい。


 念のため他のものに調べさせて見たけれど、女将さんのおっしゃる通りだったし、なにより他に泊まれそうな宿がないのだ。

 ここで手を打つしかない。

 色々気になることはあるけれど、まずは一息つこうと食事を取ることにした。

 この宿は一階が食堂のようになっている。

 宿泊客は私たちしかいないので貸切状態だ。

 これまたどこの高級料理なんだろうっていう値段の料理を注文する。


「あり得ない。このパスタが、3000バート……」

 私と同じテーブルについたクリスがそう呟いた。


 そのつぶやきが意外に感じて、変装のために頭にストールを巻いて顔を隠しているクリスを見た。


「あら、王子様なのに、物の相場をご存知なの?」

「なんだよ、その意外そうな顔。物の相場ぐらいはわかる。この町にも、以前行ったこともある。……兄上が連れて来てくれたんだ。初めて兄上に与えられた領地だったから」

 そう言ってクリスは、何かを思い出したのか遠い目をした。

 この国の王子は、15歳の成人の儀をすませると、領地を与えられる。

 この町はクリスの兄、ユーリアスが成人の儀の後に貰い受けた領地。つまり、ここはユーリアスの直轄地だ。

 難しい顔をするクリスを見て、彼のとなりにいたアレクシスが瞳を陰らせた。


「前からあまり良い評判を聞いてはいませんでしたが、ユーリアス殿下の統治には不安がありますね」

 まあ、アレクシスが言うことも尤もだ。この有様を見る限り、あまり良い統治をしてるとは言えそうにない。


「少し、町の人の話をきいてみたいわね……」

 私はそう言って、私の側に控えていたローベルトを見る。

 彼は心得たとばかりに頷くと、食事を運び終わって暇そうにいている女将に声をかけに言った。

 一言二言話して、チップのやり取りの後、女将がこちらのテーブルについてくれた。


「それで、色々聞きたいことがあるって?」

 女将は疲れた顔でそう言った。こちらの女将さんは愛想がないと言うか、あまり元気がない。

 最初は突然大量に宿泊客が来て忙しいからかと思ったが、そう言う感じでもなさそうだ。

 おそらく今のこのトゥエールの町の状況に関係があるのだろう。


「ええ、半年ほど前にも来たことがあったのだけど、随分雰囲気が変わったから、何かあったのかって気になってね」

「まあね。何かあったからこうなったのは確かさ。簡単に言うと税率が上がった。尋常じゃないぐらいね」

「どのくらいなんだ?」

 視線を落として嘆くように女将に、クリスが尋ねる。

「三ヶ月前から、トゥエールの税率が7割に上がったんだよ」

「は? 7割? そんなわけないだろ!? 普通は、高くても4割いかないぐらいだ! 7割なんて……! では稼いだもののほとんどが手元に残らないってことか?そんなの、そんなことをしたら暮らしていけるわけがない!」

 クリスから、唸るような言葉が漏れるが、女将は疲れた顔で頷き肯定した。


「もともとこの町の税率は高いほうでね、三年前にユーリアス殿下の直轄地となってからは、4割。それでも宿場町として活気のある町だったから、どうにか暮らしていけけど、流石に7割は無理ってもんさ」

 そう言って女将はうなだれたまま首を横に降る。


 流石に税率が7割は聞いたことがないわね。

 三ヶ月前からとなると、ちょうどクリスが毒殺されかけた時かしら。


「動けるもの、貯蓄があるものは、全て他の領地へ移ったよ。私も逃げた方がいいとは思うけどね、この宿は旦那の形見だ。離れられない」

 女将はそう言うと、諦めのため息を吐き出す。

 なるほど、動けるものは全て移動したからこの町はこんなに閑散としてしまったのか。

 その後も今の生活状況などを女将から聞いたがなかなかに辛いものだった。

 最後に女将は、

「かつてはスプリーン王都の花通りと言われたトゥエールの町も、もう終わりだよ」

 と言ってテーブルを離れていった。


 女将が話している間、最初こそ話しかけていたりしていたクリスは、途中から顔色をなくして呆然とした様子で黙って座っていた。


 女将がいなくなったあと、重くなった雰囲気で、まずアレクシスが口を開いた。


「軍事費のためでしょう。ユーリアス殿下は、クリス殿下との内戦に備えて軍を整えているという噂を聞いたことがあります」

 そうでしょうね。税率を上げた時期的にも、ユーリアス殿下が弟との決裂を意識し始めた頃に合う。


 それにしても税率7割は随分と思い切ったわね。そこまでするとは。

 ユーリアス殿下って人がどうしても王になりたいという気持ちは伝わってきた。

 でも、玉座というものに固執するがために、王がなんの為にいるのかを忘れている。

 目先の勝利に囚われて先のことを全く考えてない。王位を継いでも彼の治世は荒れるだろう。


「兄上は戦で俺に勝つ為に、トゥーエルの町を潰そうとしているのか……!?」

 先ほどまでだまってうなだれたクリスが、顔を両手で覆い、怒りを押し殺したような声で嘆きの言葉を吐いた。

 あまりの嘆きに、この場にいるものの誰もが彼に声をかけられないでいた。

 私はちらりと視線をアレクシスに移す。彼はクリスの嘆きに同情してる風を装ってるけれど……。

 どこか満足そうに見えた。

 トゥーエルの町を通る方が良いと提案したのは、アレクシスだ。

 彼の計画通りの流れになっている気がした。

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