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第24話

「久しぶりだなシェリア!おやおや、しばらく見ない間に随分キレイになって」

 からっとした明るい声で冗談を飛ばしながら、ジークレストがシェリアの部屋にやってきた。


 自主軟禁を始めて三週間と一日。――今日から再び自由の身だ。


 とはいえ、シェリアの胸の内は随分と複雑だった。

 たった三週間で己の罪が償えたなどとはとても思えないし、だからといって他に何かを為すことができたわけでもない。

 三週間という期間、シェリアが得たものはただひたすら「考える時間」のみであった。

 ――今までのこと、これからのこと。自分が行ってきたこと、これから行うべきこと。たくさんたくさん考えたが、軟禁されている身ではそれを誰かに伝えることも、何らかの形で行動に移すこともできない。そんなもどかしさは非常に辛いものだった。

 だからこそ、早くこの部屋を出たい――そして色々なことを成し遂げたい――そんな風に、焦がれてはいたけれど。


 実際部屋を出て、何をしてもいいのだという状況になると、途端にシェリアは不安になる。

 やはり自分は部屋でひっそりと過ごすべきなのではないか。それこそが人々に対する一番の償いであり、また自分の使命なのではないか。

 ……考え出すと、結局は出口の無い堂々巡りだ。シェリアはひとまず迷いを断ち切ることにした。


「元気だったか?」

「まあ、それなりに。ジークさんは相変わらずで全然変わってないみたいですね」

「俺だって色々あったさ。聖女サマの護衛に任命されたり、聖女サマの護衛を命じられたり、聖女サマの護衛と言い渡されたり」

 朗らかな声で嫌味を言うから嫌な男だ。

「……それはどうも、すみません」

「まあ期間限定だからいいけどな。結局、正式にはイーニアスが護衛役になるみたいだし」

 あまり良くなさそうな調子で言う。

「ネイサンの奴まで、護衛をやりたいなんて言い出さなきゃいいけどよ」

「……ジークさんは、断ればよかったのに」

「断りたくても断れねぇよ。鬼のアシュートの命令とあっちゃな。あいつは、こうと決めたら絶対にやり通す男だ。だからイーニアスの件には俺も驚いてるわけなんだが」

「イーニアスの件?」

「アシュートも、イーニアスが護衛役に就くのは反対だったんだ。力尽くの説得に行ったはずが、何がどうなったのか逆にほだされて帰ってきた。シェリア、あいつから何か聞いてる……わけないか」


 生憎と何も聞いてはいない。そもそも、ここ数日アシュートとは挨拶程度しか交わしていない。……しかしやはり、アシュートも護衛の件に関してはいい顔をしていなかったのか。なんとなく分かってはいたが、護衛の話などおくびにも出していなかっただけに少しショックだ。


「それはいいんですけど、今日はどうしてここに?」

「ん?どうしてって――シェリア、ホリジェイルの被害者ンとこに行くつもりなんだろ」

 きょとん、という表情でジークレストはシェリアを見た。

「もちろん一人で行かせるわけにはいかないってんで、臨時護衛役の私めが聖女サマをお護りするというありがた~い任務を授かった次第でございます」


 この男はサッパリした気性のようでいて、実は色々根に持つタイプであるらしい。敵に回すとやっかいな相手だな、とシェリアは密かに肩を震わせた。

 だがしかし、嫌々であろうと何であろうと、「護る」と一度口にしたなら必ず護ってくれそうな安心感もあるのは確かだ。


「別に敵地へ赴くわけじゃないのに……」

「シェリアにとっては敵地もいいとこだろうが」

「この部屋を一歩でも出れば、周りは全て、ね」

「そういうこと」

 やれやれ、本当に埒が明かない身の上だ。シェリアは小さく溜息をついたが、それで心を落ち着けたように真っ直ぐジークレストを見上げた。


「それじゃあ、着替えますんで少し待ってもらえますか?」

「はい?着替え?何でまた」

「こんなヒラヒラした服じゃ動きづらいじゃないですか」

「おいおい、何しに行くつもりだよ……どっかの誰かと違って、決闘ってワケじゃないんだろ」

 呆れ顔のジークレストを、有無を言わさず追い出して。着替えを終えたシェリアは、膝丈のワンピースにズボンという身軽な服装になった。長い髪も無造作に一つにまとめ、足元は動きやすそうなサンダルを履いている。

 ジークレストはそんなシェリアを思い切り眉をひそめて眺めていたが、特に何も言わなかった。言ったところで無駄だということを分かっていたのかもしれない。


 軟禁明けにまずすることがホリジェイル被害者の見舞いというから、自分も頑固な人間だ。シェリアは己でそれを認め、苦笑した。やる、と決めたらどうしてもやらねば気が済まない。やり遂げる前に邪魔をされたなら、意地でも完遂にしがみついて譲らないのだ。ライナスに渋い顔をされてからずっと、絶対に見舞ってやると密かに息巻いている自分がいた。


 こうして長い回廊を歩いていると、自分の決意とは裏腹に随分と気が落ちてくる。

 ライナスが被害者たちとの面会を良く思わない事情も、痛いほど解っているのだ。自分の考えは正しいと思うからこそ今こうして冷たい廊下を歩いているが、そもそも「自分の考えは正しい」という考えが正しいのかは、正直言って分からない。

 いつか「あの時の自分は間違っていた」と思う時が来るのかもしれない。だがそれも、今の自分には逆立ちしても見えてはこない答えである。今はただ、今の自分が信じる道を歩むしかない。


 すれ違う使用人たちの会釈が、いつにも増してぎこちない。

 長らく姿を見せなかった聖女が「復活」したとあって、皆心持ち緊張しているのだろう。

 シェリアにとっても、そういう皆の態度を目の当たりにするのは三週間振りだ。これまで築いてきた免疫力がすっかり衰え、沈んでいた気が更に滅入った。しかし悪いのは周りではない。


「被害者たちに会ったら、何て言うつもりだ?」

 しばらく押し黙って半歩後ろを歩いていたジークレストが出し抜けに質問してきた。

「……そうですね、何て言いましょうか」

 呆けたようなシェリアの答え。しかし実際、彼らに投げかける言葉を具体的には考えていなかった。

 百万回謝ってもとても足りない。何十時間言い訳を述べても何にもならない。彼らにとって、シェリアの言葉など何ももたらさぬ無用の長物であるに違いないのだ。

「何も言わない方がいいのかもしれません」

「じゃ、何しに行くんだよ」

「何かをしに行く、っていうわけではないんです。ただ、皆のところに行きたいだけ。今日も、明日も、明後日も。その次も、その次も。ずーっと」

「は?」

「行って、そこで何かできることが見つかれば、それをします。部屋の掃除をするとか、ベッドのシーツを替えるとか」

「待て待て。オイ、待ってくれ」

「許されるとは思っていません。一生許しを得ることのできない贖いをするつもりです」

「ま……毎日?」

「はい」

「あのさ、分かってんの?シェリアが毎日通うってことは、俺も毎日通わなきゃならないってことだぞ」

「よろしくお願いします」

 シェリアは慇懃に頭を下げた。

「おいおいおいーっ。マジで冗談じゃない。俺を何だと思ってるわけ? その辺のヒマ人?」

「そんな風には思ってません」

「だったら、ちょっとは俺のことも憂慮してくんない? 過労死しちゃったら可哀相だろ、俺」

「そういうことは考えません。私、ワガママ聖女ですから」

「こういう時に開き直るなって!」

「ライナスには、私からもジークさんを巻き込まないよう頑張って説得してみますから。説得が成功するまではお願いします」

「うえ~、マジかよ……」

 げっそり、という言葉がこの上なくしっくりくる表情のジークレスト。

 彼には申し訳ないと思いつつも、譲るつもりは毛頭無かった。ただその言葉通り、なるべく早く彼がこの役目を降りられるよう取り計らうつもりだ。

 シェリアは無力だが、対ライナスに関しては粘ることでどうにか道が開ける。どういうわけか、ライナスはシェリアスティーナに対して随分と甘いのだ。


 長い廊下を抜けると、今度は左右に立派な柱が立ち並ぶ回廊に出た。

 周りは簡素な中庭のようで、控えめに木や花が風に揺れている。真っ直ぐに続く回廊の向こうには、背の高い白塗りの壁。頑丈そうな扉はきっちりと閉じられており、その向こうにはどのような空間が広がっているのか想像もつかなかった。


 ジークレストが扉をゆっくりと開く。ふわり、と洗い立てのシーツの匂いがシェリアの鼻をくすぐった。


 ――とても広く、開放感あふれる清潔な部屋だ。

 部屋の両壁にいくつもある大きな窓からはそよ風が吹き込んでゆらゆらとカーテンを揺らしている。その裾揺れの音しか聞こえないくらいに、部屋は静かだ。上を見上げれば、丸く縁取られた大きな天窓から燦々と太陽の光が注がれていて、シェリアは見惚れるように目を細めた。


「ここだよ」

 ジークレストがそっと囁く。がさつそうな彼にしてはとても繊細な囁き声だった。広い間隔で備えられているベッドに人が眠っているからだ。彼らこそがホリジェイルの被害者たちに他ならなかった。

「うん……、皆、眠っているみたいだね」

 シェリアも小声で呟いた。

 しかし。

 その瞬間、部屋の空気が一変した。「ザアッ」と実際に音がしたかのように、本当に、あまりにはっきりと。穏やかで平和そのものだったこの部屋が、一瞬にして戦慄に包まれたのである。

 ぎしぎし、といくつかのベッドが鈍く軋んだ。


 ――怯えている。突如姿を現した、聖女シェリアスティーナに。


 声だけで自分と分かるのだ。そしてこんなに、怯えている。シェリアは愕然としてその場に立ち尽くした。


 すぐに奥から人が出てくる。医療室の雰囲気がおかしくなったことに気がついたのだろう。優しそうな中年の女性だ。シェリア達に気がつくと、小さな瞳を精一杯見開いて「まあ、まあ」と甲高い声を上げた。


「まさか本当に――おいでになるなんて」

「あ、あの……」

 一応顔を見せるという話は通してあったらしい。しかし具体的には何も聞かされていなかったようだ。女性は驚きと、かすかな困惑の色を浮かべシェリアとジークレストに近づいてきた。

「申し訳ございません、何のお出迎えもしないで」

「いいえ、こっちこそ突然お邪魔しちゃって……驚かせてしまいましたよね、ごめんなさい」

 慌ててシェリアが頭を下げると、女性はますます驚いた表情をしてシェリアを見つめた。

「……それに、私が来たせいで皆さんもびっくりしているみたい」

「ああ、えぇと、そうですわね。聖女様のように高貴な方がいらっしゃるとは夢にも思っていなかったんでしょう」

 そういう理由ではないことは、シェリアもジークレストも、口にした女性自身も勿論よく分かっている。シェリアは特に何も答えず、少し笑みを浮かべてみせた。


 ベッドの中の人々は息を潜めてこっそりと三人の様子をうかがっている。皆、掛け布団を頭まで被っているのでその表情は分からない。しかし痛々しいほどの緊張感は相変わらず張りつめたままだった。シェリアもつられて怯みそうになるが、そんな自分を叱咤して、一歩前に進み出る。

 びくり。

 その足音にすら、彼らは怯え身体を強張らせた。――自分の存在は、彼らにとってはあまりに強烈な毒なのだ――。


「あの、皆さん。――今回は、本当にごめんなさい。謝っても仕方がないことは分かっています。でも――本当に、ごめんなさい」

 それでも負けじと、シェリアは勢いよく頭を下げた。彼らにとっては、何の有難みもない謝罪。しかしシェリアが一番最初にすべきことといえば、どれだけ無意味であっても、やはり謝罪を置いて他にないのだ。


 長い間そうして下げていた頭をやっと上げると、ベッドの中の怪我人たちは変わらず凍りついたように固まっていた。分かっている。ごめんなさいと言ったところで、「気にしないで」と微笑んでもらうわけには到底いかないのだ。シェリアはそう自分に言い聞かせて、女性のほうを振り返った。


「えっと――あの」

 戸惑ったように口をつぐむ。

「ああ、失礼いたしました、私はミズレーと申します」

「ミズレーさん。お願いがあるんです。私に皆さんのお世話を手伝わせてもらえませんか?」

「――ええ?」

 心底驚いたというように、ミズレーは高い声を上げた。

「床吹きとか、汚れ物の洗濯とか、出来ることは何でもやります。――儀式に出なくちゃいけないから、ずっとというわけにはいかないんですけど」

 突然何を言い出すのか。ミズレーの顔にははっきりとそう書いてある。ジークレストはやれやれと呆れた表情で天を仰ぐばかりだ。

「ゆ……床拭きだなんて。そのようなこと、していただくわけには参りません」

「あまりお役には立てないかもしれませんけど。でも、何かしたいんです」

 ミズレーは困りきった様子でジークレストに視線を送った。どうしましょう、と暗に助けを求めている。

「気の済むようにさせてやりゃいいんじゃないの」

 ジークレストはジークレストで、ミズレーには信じられないような投げやりっぷりだ。


「――あ!」

 戸惑うミズレーを余所に、シェリアは部屋の奥を覗き込んで声を上げた。

「もしかして、ちょうど洗濯に行くところだったんですか?それなら私にやらせてください」

 大きな洗濯籠に、大量の白いシーツが入れられているのを目ざとくも発見したのだ。ミズレーが何とも言葉を返せずにいると、シェリアはさっさとその籠を抱え上げてしまった。

「う……、い、意外に重たいんですね。すみません、洗濯場ってどこですか?」

「ちょっ、ちょっとちょっと、ダメですよ。聖女様がそんなことをなさっちゃあ」

「あ、裏庭に水場があるんですね。あそこ借ります」


 シェリアは故意にミズレーの言葉を遮って、ずんずんと裏口へと向かっていった。

 残されたミズレーは、あまりに予想外の展開についていけない。ジークレストは、ぽん、と彼女の肩を軽く叩いて、放っておけと呟いた。

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