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77話 この辺りで遊んではいない。

 リッカちゃんの部屋を覗き込むと、そこには鬼気迫る表情で本をめくるリッカちゃんが居た。机の上に何冊も積み上げた本と手に持っている本を交互に開いては夢中で文字を追っている。


「えと、りっかちゃん?」


 私にあまり見せたことのない表情で本を眺めるリッカちゃんに声をかけるのが躊躇われて、思わず声が小さくなる。


「す、凄まじい勢いでありますな。あのスピードでリッカ殿は内容を把握できているのでありましょうか」


「りっかちゃんだし、たぶん、よゆう」


 ほおーと二人で見ていると、背後からバルバラさんの声がかかった。


「珍しいね、トートが来たらあの子はいつもすぐに本を閉じるのに」


「そうなの?」


 背後を見上げて尋ねるとバルバラさんは頷く。リッカちゃんは完全に自分の世界に入り込んでいるようで、私たちが今部屋の入り口で会話していることも気づいていないようだ。


「でも、ああなるとリッカは反応しないよ。トートが来ても治らないんじゃ、アレが終わるまで待つしかないね」


「ふわー、凄い集中力でありますな」


「……ふむ」


 わずかに首を傾げつつ顎に拳を当てながら、ヘルベティアがゆっくりとリッカちゃんの背後にまで歩み寄る。その場でしばらくリッカちゃんと一緒に文字を追うと、行きと同じようなポーズでゆっくり戻ってきた。


「錬金学関係だとは思うのだが分からんな、あとでリッカに直接尋ねるしかなさそうだ」


「わからなかったの?」


「流石に妾もあのスピードで本は読めん。要点だけ抜き出せば理解できるかと思ったのだが、三冊も四冊も移動されるともはや覚えてはおれん」


「まあ、そだよね……」


「どうする? ここで見ててもつまんないだろ、茶でも出そうか、それとも、一度帰るかい?」


 私たちがぼーっとリッカちゃんを眺めていると思ったのか、バルバラさんが尋ねてきた。

 私としてはお茶をもらってまったり待ってても良いんだけど、なんだかリッカちゃんの集中の仕方から考えるとどれだけ時間がかかるか分からない。


「んー、いちどかえる」


「じゃあリッカが落ち着いたら、トートが来たって伝えときゃ良いかい?」


「うん、いえでまってる」


 そう言うと、バルバラさんは大きく頷いてから再びリッカちゃんをちらりと見て私の方に視線を戻した。


「まあ、それが無難かね。リッカにはトートの家に居るって伝えておけば良いんだね」


「ん、おねがい」


 ルーティもお願いするのでありますと頭を下げると、バルバラさんに手を振って家を出て行く。


 あぜ道をしばらく歩いていると、ふとルーティが立ち止まって口を開いた。


「トート殿はこの辺りで遊んでいたのでありますか?」


 視線の先には畑や倉庫などが存在している。私はその視線を追い、首を振った。


「あまり」


 そう言われると思っていなかったのか、ルーティは意外そうな表情を見せた。


「ほら、りっかちゃんが、からだ、よわかったから」


 大抵家の中でお話ししていたなあと記憶を辿っていると、お人形遊びをしたこともあったな、なんて思い出が蘇ってくる。まあ、あの時はまだ私は言葉を覚えていなくてリスニングだけなんとかなる程度だったから、とてもじゃないけどお人形遊びとは言い難いものではあったけど。


 ルーティはそれを聞くと、思い出したように手のひらを拳でポンと叩いた。


「そう言えばそうでありましたね。自分はその頃のリッカ殿を知らないので、全然想像できなかったであります」


「ん、そだね」


 私も昔のリッカちゃんを知らなければそうなるだろうなと頷く、ジャイアントアンデッドと戦ってた時に現れたリッカちゃんは一瞬別人かと思ったほどだし。


「では、あんまり遊んでいなかったのでありますか?」


「や、えっとね……」


 首をかしげるルーティに、リッカちゃんが辛そうな日は家でお話(私の勉強だけど)をしていた事や、元気だったら近くの雑木林まで山菜やら薬草やらを取りに行った話をしつつ帰り道を進んでいると、家が見えてきた。


「つづきは、うちでね」


「ええ、しかし、やはりリッカ殿とは長い付き合いなのでありますね」


「うん、はじめての、ともだち」


 次の友達はルーティだけどね、なんて言葉には出さずに思っていると、「少し、ずるいでありますね」と、ぼそりと極々小さな声で呟いたのが聞こえてしまう。


 なんか、ルーティは嫉妬とは無縁だと勝手に思い込んでいたからそんなことを呟いた彼女には驚いたけれど、あの声のボリュームは私には聞かせたくなかったのだろう、私は出来るだけ平静を保って聞かなかったことにした。




 リッカちゃんがやってきたのは次の日のお昼過ぎで、私は心の底から待っていなくて良かったと、一度帰る選択をした昨日の自分の賛辞を送った。


「ごめんねトートちゃん! ルーティも、その、つい、夢中になっちゃって……」


 もにょもにょ。だんだんと小さい声になってゆくリッカちゃん。


 夢中になって反応がなくなっちゃった事に関して私は気にしてないんだけど、どうにも私が来たのに反応できなかった自分が許せないのか、もにょもにょと言い訳を並べている。

でも、もし旅先でこうなっちゃうと困ることもありそうだし、反省しているのならばその方が良いかなと勝手に納得する。

 私も集中すると周りが見えなくなるタイプだけど、ほら、最近はヘルベティアに言われて注意するようにしているし、きっと大丈夫……だと思う。


「もう、こんなことは無いようにするから」


「ん、わかった」


「自分は気にしないでありますが」


 パンっ、と両手を合わせて謝るリッカちゃんに頷いて、私は許すポーズをとった。ルーティと同じく私も気にしてはいないんだけど、今後困る可能性があるから気にしないでとは言いづらいからね。


「えっと、それでね……」


 謝った手前続けて言いにくいことなのか、リッカちゃんは目線を下にやり、指をくるくる回しながらどう切り出そうか悩んでいる。


「ん、なにか、みつけた?」


 助け舟を出してあげると、リッカちゃんは「えっと」と一呼吸置いてから私に尋ねた。


「あの王都の時のように、トートちゃんと魔王様が分離できたら嬉しい?」


「もちろん」


 私は大きく頷いて肯定する、そもそも偶然が重なって一つの体に二人の魂が入ってしまったのだ。この状態だとプライバシーなどあってないようなものだし、分かれられるものなら当然分かれたいと思う。


「妾もそうじゃな、今の状態では自らの意思で動くことはおろかまともに会話すらできん」


 ヘルベティアもため息混じりに同意する。正直なところ、状況を考えると分離して体が手に入るのなら私よりヘルベティアの方が圧倒的に嬉しいだろう。


「しかしリッカよ、あてはあるのか? なにやら調べ物をしていたようだが、そう簡単に解決できるようなものでもあるまい」


「ええ魔王様、ですが、可能性はあります。そのためには父に会いに、旅の目的地をカストーレアに決めたいのです」


 リッカちゃんがヘルベティアの声のする方を向いて話すと、ヘルベティアは「ふむ」と短く発して顎に手を置くといつもの考える姿勢を取った。


 カストーレア、聞いたことないからこの辺りの町の名前じゃないね、目的地にしたいって言うけど、コスタラータさんからベルングラストに向かうと良いとも聞いている。

当然、個人的にはコスタラータさんよりパーティメンバーであるリッカちゃんの方を取りたいんだけど。


「べてぃー、べるんぐらすと、どうする?」


 ヘルベティアを見ると、彼女はふっと息を吐き出すように笑って言った。


「気にするでない、元々旅の目的地がなければ行ってみてはどうか、というレベルの話であるからな。確かに妾もタルトのやつとは会いたいが、奴の性格からして突然遠くに行くような奴でもない、もし行くのであれば落ち着いてからでも十分に間に合うじゃろ」


 タルトって初めて聞いたけど誰って思ったけど、話の流れ的にきっと剣の王のことだよね。


「じゃあ、かすとーれあ、いく?」


「うむ、構わぬ。が、カストーレアか、リッカよ、お前の父は随分遠くにいたのだな」


 ヘルベティアの言葉にリッカちゃんが「ええ」と頷く、この世界で遠くって言ったら馬車で一週間とかその程度じゃないよね、カストーレアってそんな遠いんだ。


「そんなとおいの?」


「うむ、妾の記憶が確かならば、隣国フラゼナスの領地じゃな」


「ですね。トートちゃん、ルーティ、いいかな?」


 なんとリッカちゃんのお父さんが居たのは隣国だったのね、なんでそんな遠くに居るのか気にはなるけど、その辺りは何かしら理由があるんだろうし、きっと首を突っ込むようなものではないんだろうね。


「うん、いいよ」


「自分は冒険ならばどこでも良いのであります!」


 もちろん私はカストーレアへの旅を了承する、ヘルベティアが自分の体を持てれば私も嬉しいし、何か方法があるのであれば全面的に協力するつもりだ。

 ルーティはずっとアリエスに居たから他の景色を見られることが嬉しいんだろうね、とても嬉しそうな笑顔で頷いている。


 とりあえずルートの確認とかしたいからもうちょっとこの村でゆっくりするとして、それが終わったらカストーレアへ向かって出発しよう。

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