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73話 タティクカ。

 結局レティたちと別れてから一週間私はギルドに行く事もなく、当たり前のように暇を持て余しながらだらだらと過ごしていた。

 以前から暇つぶしとして我が家に置いてあったタティクカとか呼ばれているチェスみたいな遊びも、リッカちゃんとルーティの二人が冒険者ギルドに行くようになってからちょこちょこ遊んでいたものだから今ではかなり慣れたものだ。まあ、ヘルベティアが意味分からないくらい強すぎて私がちゃんと戦えるようになっているのかは分からないんだけどね。


『妾の先見は生きてゆく上で必要であったからな、自分で言うのもなんだが達人の域などとうに超えておる。遊びとはいえ対応できぬのは当然じゃな』


 とか、私が勝てなくて「ぐぬぬ」ってなってる時に苦笑いしながら教えてくれた。ハンデを十分につけた上で完敗しているのだから、ヘルベティアは凄いなあと思うだけで私からは何も言えない。


 さて、それはいいとして。


 今日はリッカちゃんもルーティも日が沈む前には家に帰って来て、ルーティの部屋で武器の手入れをしている。

 リッカちゃんが来てから、部屋が二個しかない所為で二人には窮屈な思いをさせちゃってる気もするし、早く冒険に行きたいものだね。


 私は別にしばらく冒険者ギルドに向かうような用事はないし、道具の手入れなんかもする予定はないから、寝る場所なんてリビングで十分だと思っていたし、最初は私の部屋を使ってもいいよと提案したんだけど、なんだか少し悩んだ風なリッカちゃんに「トートちゃんの部屋……ちょっと、理性が保てるか分からないから遠慮しておくよ」なんて断られてしまった。保って、その理性大事だから。


 それと二人は思ったより相性が良かったみたいで、会った当初こそギクシャクしていたけれど、すぐに打ち解けてそこそこ仲のいい友達のような雰囲気を醸し出している。

 考えてもみれば、ルーティは孤児院や騎士団を経て色んな人と話す機会が多かったと思うから、見知らぬ人だろうときちんと相手を気遣った会話ができるだろうし、リッカちゃんは元々他人に反発したりわざわざ場を荒らしたりするような子じゃない。

 つまりこうなることは必然だったと言うべきか。問題は、両方が私に恋愛感情を抱いているっぽいってところだけど。


 好意を抱かれるのは嬉しいのだけれど、それが恋愛感情とまでなると少し戸惑ってしまうところがある。だいたい、私のどこにそんな魅力があると言うのだろう、前世に一度たりとも存在し得なかったモテ期のしわ寄せだろうか、ああ、私もただの友達でありたい。

 なんて思ってしまう私に対して、私は『そんな気持ちではとてもじゃないけど恋心を受け止めて返すのは失礼』なんて考えちゃうわけであって。

 重く受け止めすぎなんだろうというのは私も心の隅で思っているのだけれど、こればかりは性格の問題であって『ならいいか!』なんて軽々しく投げ捨てることができない。もしそんなことができるならここまで悩みに悩んでいないだろう。


 もしその悩ませている対象が人間ではなくて、明日行く場所とか買うかどうか悩んでいる限定品とかであれば、『適当でいいや!』になるんだろうけど、私は本当に人間関係に対して弱いなあ、なんて自己嫌悪に陥る。




 そんな心境の私はさておき、やがて道具の手入れが終わった二人がリビングにやってきて、私はそのタイミングに合わせて作っておいた料理をテーブルに出す。料理が出し終わった頃に、椅子に座ったリッカちゃんは嬉しそうに私に向かって口を開いた。


「もうそろそろランクポイントも溜まるし、Cランクになれると思うよ」

 

「けっこう、はやいね」


 私の時は二年かかったのに、なんて。


 三人分の料理を並べてから私も席に着いて「いただきます」と挨拶をすると、二人も後に続いて「いただきます」と手を合わせた。こうやって食事の前に手を合わせるのはこの辺りの風習ではないのだけれど、どうにも落ち着かないので私はついやってしまう。

 昔はお父さんとお母さんも首を傾げていたけど、食べ始める合図になるのがちょうど良かったのか真似をし始めたし、ルーティも一緒に住むうちにやるようになったし、リッカちゃんも前に倣えで一緒にいただきますをするようになった。


「そういえば、ちょっと有名になりかけているようでありますが、少し時間を置くなどしておいた方が良いのでありましょうか」


 自分の前の器に盛られたサラダを一口食べてから、ルーティが私に尋ねる。


 「んー」と唸りつつ、ほとんど無意識で口元に人差し指を当てて私は考える。

確かバニルミルトさんと以前話していた時、なるべく早く旅に出た方が良いよねって話にはなってたと思う。あの目の色を変える魔道具も負担が大きいみたいだし。


「だいじょうぶ、まち、でるし。きにしないで」


 冒険者ギルドの繋がりは強いみたいだし、街を出たところで有名になっちゃったらあんまり意味はないかもしれないけれど、二人に負担がかかるよりマシだし気にしないことにしよう。


「なるほど、でしたらまた明日からもどんどん依頼をこなして来るであります」


「うん、きをつけてね」


「早くトートちゃんと一緒に冒険に出られるように頑張るよ」


「うん、あ、そうだ」


 リッカちゃんを見て思い出した、いや、思い出した訳ではないのだけれど、冒険に出るとなればその前に行く場所があるって話をしていなかった。


「らんくあがったら、まず、ふるーかむら、いくからね」


「えっ!?」


「トート殿の生まれ故郷でありましたね、やはり家族に挨拶でありますか?」


 村の名前を出すと途端に狼狽するリッカちゃんを見て、やっぱり本当に家出同然で出て来たのかと内心苦笑する。一度話は聞いていたけれど、あの時は忙しかったからあんまりきちんと確認を取れなかったし、行くと言って正解だったようだ。まあ、どちらにしても、私もお母さんとお父さんにしばらく旅して来るって伝えておきたいしね。


「そだね。しばらく、もどらないだろうし」


「私はほら、もう言ってきたから良いよね?」


「だめ、かえるよ」


「うわーん」


「自分はもう各所に挨拶は済んでいるでありますので、自分のことは考えないで大丈夫であります」


「ん、おっけー」


 私も、出るタイミングで一言バニルミルトさんとかアンセルさんには伝えないといけないね。生活費とか色々な方面でお金を出してもらってたし、ありがとうって一言伝えておきたい。


 一度戻るのがよほど嫌なのか下唇を突き出したまま器用にご飯を食べるリッカちゃんを見て、ちょっと微笑ましい気持ちになる。

 バルバラさんはおおらかな人だし、きちんと説明をすればリッカちゃんも家出みたいな方法じゃなくて、しっかり納得させて旅に出ることができると思うんだけどね。


「ちゃんと『トートちゃんに会いに行ってくる』って言ったのに……」


 どうにも食い下がるリッカちゃんに一抹の不安を覚えつつ、私も頬をぽりぽり掻いてなだめるように言った。


「はなれると、またあつまるの、たいへんだし。わたしも、おやと、あいたいから、ね」


「むー……はぁーい」


 私が言ったからしぶしぶ、といった感じだけれど、リッカちゃんは納得したような返事をしてくれた。まあリッカちゃんの事だから本当にしっかりバルバラさんに説明して来ているのかもしれないけれど、それならそれで良いし。


 両親の方だと、アンデッドの軍勢に王都が襲われた後でも手紙一枚来なかったし、便りがないならと私も手紙を送ることはなかった。あの村のことだからおそらく王都に襲撃があった事すら知らないくらい何も問題は起きていないのだろう。もうほんと、未開の地だし。


「てがみくらい、おくっておくべき、だったかな……」


 小さく口の中で言葉を漏らす。とはいえ、無駄に心配をかけさせるよりは直接会って話したかったし、手紙は送らないでよかったかなと思わなくもない。

まあ、近いうちに帰れるしね。

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