58話 ジャイアント。
いや来ちゃったじゃなくて。
『やはり死んだか』
リッカちゃんを見るなり、ヘルべティアがそんな事を言い出す。
やはりって何、え、って言うか目の色のせいか雰囲気違うけどリッカちゃんだよね?
「トートちゃん、長い間離れてやっと気付いたの、やっぱり好き、大好きだよ!」
こっちはこっちで突然の告白、やっぱりって何、昔から恋情を抱かれてたの私、全然気付いてなかったんだけどごめん!
「グ……グオオオァァァ!」
あっちでは吹き飛ばされたジャイアントが起き上がって、怒りを表現するかのように両腕を上げて叫んでいる。
ツッコミが追いつかない、私がもう二人欲しい。
そもそもリッカちゃん、あのジャイアント凄い勢いで殴り飛ばしてたけどなんであんなに力があるの、おかしくない?
「りっかちゃん、あんなに、ちから、あったの?」
尋ねると、リッカちゃんはとても嬉しそうに指を組んで私の声を聞いている、もう一言一句聞き逃さないと言った感じだ。
嬉しいのは良いんだけど、そうじゃなくて、私はなんであんなに力があるのか聞きたいんだけど、と思ったら大きなリュックサックを置いてからちゃんと答えてくれた。
「うん、あのね、キスされた日から凄い力になっちゃって……」
あれ、ちょっと待ってなんでその事実を知ってるの。
ぼん、と顔が爆発する、ヘルべティアと私だけが知る事実だと思ってたんだけど、リッカちゃんも起きてたの、あの時気付いてなかったの私だけだったんだね、もう何も信じられない。
「あの日はまだ自分の気持ちに気付いてなかったけど、思ったの、私はトートちゃんが好きだったんだって」
さらに畳み掛けてくるリッカちゃん、間違いなく私の顔は真っ赤だし、もう顔を隠して小さくなりたい。もうやめて、私のHPはゼロよ。
『その辺にしておけ、やつが来るぞ』
はあ、とため息を吐きつつ、視線でジャイアントを示すヘルべティア。
示された先では、叫び終えたジャイアントが私たちを視界に収めて走り出そうと前傾姿勢になった所だった。
「あいつ、よくも、トートちゃんに手を出したな!」
「わっ」
それに対して、突然リッカちゃんも強く拳を握って走り出し、一瞬何が起きたのか理解が遅れた私は、慌ててリッカちゃんを追うように走る。
リッカちゃんは戦い慣れていないようで、あまりに直線的に進みすぎて、ジャイアントの手を大きく薙ぎ払う攻撃を避けきれずに横に吹き飛ばされ、痛々しい勢いで地面に何度も転がった。
「だ、だいじょうぶ?」
「ごめん、大丈夫!」
すぐに飛び起きた所を見ると、大きなダメージは受けていないようだね、良かった。でもあの調子じゃいつ危険なダメージを受けるか分からないし、私のサポートに徹してくれた方が良さそうかな。
ジャイアントは弾き飛ばしたリッカちゃんには目もくれず、私の方に走り寄る。最初現れた時に何か命令を受けていたのだろうか、この状況においては好都合だね。
「グオオ!」
上から叩き潰すようなパンチを避け、私はリッカちゃんに叫ぶ。
「わたしの、さぽーと、おねがい!」
「うん、分かった!」
再びそのまま突撃してしまいそうだったリッカちゃんは私の声を聞いて急ブレーキして、さっきより速度を緩めてジャイアントの近くに寄る。
グーで殴ってくる時は、回避できなくても殴ったり蹴ったりして返せるから掴もうとしてくるよりは楽なんだけど、基本的に素早いし攻撃範囲広いしで、かなり攻撃を避けにくい。
リッカちゃんもそんな戦いを見て、どうにもサポートのタイミングが掴めていないみたいだ、戦闘経験少なそうだし、もしかするとこれが初めての戦いだろうか。
「わたしに、しゅうちゅうしているとき、ねらえば、へいき」
「う、うん、やってみる」
両拳で左右から挟み込もうとする攻撃をジャンプで避けると、即座に手を開いてはたき落とされそうになる。
「わっ、やば!」
「やあっ!」
腕でガードしようと体勢を変えて攻撃を待つが、ジャイアントが手を振り上げようとした瞬間にリッカちゃんの飛び蹴りが背中に炸裂した。
「ありがと!」
ジャイアントは飛び蹴りで大きく仰け反ったが、私が着地した時には既に態勢を立て直して、リッカちゃんの方に視線を向けて拳に力を込めている。
基本的に私を狙うみたいだけど、近くに居て攻撃してくる相手は当然放置しないよね。
リッカちゃんを攻撃するために動き出して回避が不可能になる瞬間、私は力を込めている側の腕、右肩を狙って飛び、かかと落としを決めた。
ばきん、と嫌な音がして、ジャイアントの腕が垂れると同時に、私は蹴りの反動でくるくる回転しながら元の位置に戻る。
「流石だねトートちゃん」
「ん、まかせて」
ふふん、と胸を張るも、ジャイアントはやけに冷静な動きで左手で右腕を掴んで力を入れ、再び骨の動く音が鳴り響いたかと思ったら、右腕を大きく回して健在をアピールしていた。
「うへぇ」
ほぼノーダメージかあ。あれで片腕使えなくなれば、かなり楽になると思ったんだけどな。
『分かっているとは思うが、アンデッドは頭を潰さないとかなりしぶといぞ』
「う、うん、でも……」
あれ、狙うの辛いよなあ、と思う。高さ的には私三人分ぐらいありそうだ。
かかと落としで全然ダメージ出てなかったし、登って全力でパンチしないとダメそう、どうしたものかな。
リッカちゃんの蹴りも、さっきの感じだと私より威力はなさそうだし、決定打にはなり得ないか。
一応こっちは二人いるからかなり有利だし、地道に削っていくしかなさそうだね。
腕を直した時は知能があるように見えたけど、ほとんど本能でやっていたようで、よだれを垂らしながら今度は攻撃をした私を睨んでいる。
「グアア!」
私がジャイアントの拳を避けると、後ろからリッカちゃんが蹴り、またリッカちゃんにターゲットが移る。
リッカちゃんは多分攻撃を避けるの難しいだろうし、できれば攻撃前に潰してあげないとちょっと怖い。
と、その時ぴこーんと私の頭の上に電球が跳ねる。
「りっかちゃん、わたしがこうげきしたら、すぐにひざねらって」
「うん、分かった」
直後ジャイアントの足に殴りかかり、攻撃に気付いて私の方を向きつつ避けたジャイアントの膝の裏をリッカちゃんの拳が捉え、即座に私は拳を構えて飛ぶ。
やっぱり人間と同じような構造だったのか、カクンと膝が大きく曲がって体勢を崩したジャイアントの体の上を駆け抜けて、全力で頭を打ち抜いた。
眉間を貫いた拳を引き抜くとジャイアントはそのまま倒れ、動かなくなる。
「これで、いいのかな」
『うむ、ゾンビやリビングデッドは脳が大きく損傷すれば動く事はなくなる。つまり、お前も頭は気をつけるのだぞ?』
「ん、きをつける」
「トートちゃん、終わったの?」
おそるおそる近付いてきたリッカちゃんが、倒れたジャイアントを見て聞いてきた。頷いてその場を離れ、リッカちゃんがリュックを置いた地点まで戻る。
「それより、りっかちゃん、なんで、め、あかいの」
首を傾げると、リッカちゃんも首を傾げる。
「分かんない」
「ええ……そっか」
『お前のキスは、本来妾の能力だったのだ。自分の力を分け与えて眷属とするもの、だな』
「あれ、トートちゃん、トートちゃんの声が聞こえるんだけど……」
「それは、わたしじゃなくて、べてぃー、って、きこえるの?」
「ベティー?」
「うん、えっと、ながくなるから、いどうしながらにしよ」
とは言っても、馬車もイードリさんも居なくなっちゃったし、道も覚えてないし、どうしよう。
『もしかすると、ジャイアントを運んできたのはマリウスではないか?』
「あ! たしかに、じゃあ、おうと、まずい?」
『かもしれぬ、急いで戻った方が良さそうだな』
「王都? マリウス? 走るの?」
「うん、はしろう」
壊された馬車を見ながらリッカちゃんがリュックを背負った、ヘルべティアがつい今言った『眷属』とかも聞きたいし、戻る道で聞くのが一番だね。




