42話 絶対許さん。
私が王都に住むようになってから、二年の月日が流れた。
最初こそルーティとの同居に不安があったものの、ルーティはとても良い子だったので心配は杞憂に終わった。
闘技大会の方は三年連続で優勝だ、最初に戦ったバニルミルトさんが強すぎて毎年ちょっと身構えるんだけど、そこまで強い人は現れないね。
冒険者ランクはなんと、二年でCランクまで上がりましたやったー。
バニルミルトさんが『きみはモンスター退治だけなら全く問題は無いから、その他の依頼で冒険者としての行動を学ぶべきだ』とか言い出してランクを上げるためのポイントを制限してくれたおかげです、絶対許さん。
実際の所、そのおかげでサバイバル技術とか道具の名前とか冒険者パーティの役割とかゆっくり知って行く事が出来たから良かったんだけどさ。
トラップ作成とか野営の準備の訓練にオルニカさん付けてくれたし、感謝はすれど怨みはしませんとも。
オルニカさんは思っていた通り冒険者上がりの騎士さんだった、昔はBランクのトレジャーハンターをやっていたらしい。
道理で搦め手が得意なわけだよ、ガチガチにやり合う事が多くなる闘技大会は苦手だって言ってたけれど、あの時の大会では自分よりランクの高いヴィルジリオさんや現役冒険者のクライプさんを倒しているし、普通にやれると思うんだけどな。
そうそう、冒険者と言えば、冒険者ギルドで軽食が出来るのって情報収集だのパーティ募集だの報酬の精算だの色々な用途があるからだったんだね、いざギルドで活動してみるとその恩恵がよく分かったよ。
で、その冒険者ギルドで色々話が入ってくるんだけど、クライプさんは限界を感じ始めているのか最近はあまり依頼を受けていないらしい、このまま引退する可能性が高いらしいね、ちょっと寂しい。
逆にケレスさんはめきめき実力を伸ばしていて、今やAランクに限りなく近いBランクなのだそうだ。
「姐さんに教えて貰ったんすよ、腐ってたらその分時間が勿体ねーって」
なんて快活に笑っていたけれど陰で相当努力していそうだね、パーティを組んだ事は無いけれども、昔よりだいぶ強そうに見えるし。
後、ギルド職員さんに教えてもらったけど、あの《新人》のアルスさんは闘技大会後すぐにAランクに到達し、今では《最速の男》なんて少年漫画だとたいてい人気投票上位にランクインするような二つ名で呼ばれているらしい。
私にも《実質Sランク》なんて二つ名が付きかけたけれど、「そのよびかた、やめて」と頼んでいたら一週間ほどで消滅した。
嫌過ぎて怖い声になってしまった気もするけど、私は頼んでいただけだからね。
と言うかね、当時Dランクの人に『実質Sランク』ってそのセンスはどうかと思うわけよ、今は《赤目》のトートって呼ばれているけど、私自身まだCランクだし、二つ名を付けられてもあんまり嬉しくは無いなあ、なんとなくマイナスイメージな気もするし。
と、まあ、現状はこんなものかな。
なんて考えながら冒険者ギルドに入ると、見覚えのある茶髪の女の子がテーブルの方から手を振って私を呼ぶ。
「トートちゃん、こっちこっち」
「あ、ふぇりしー」
二年前に私とお母さんの乗る馬車の護衛をしてくれた三人パーティの一人だね、ヘルべティアが『強くなる』と呟いていた通り急にランクが上がって行って、今ではAランク三人パーティで《エレスベルの三人娘》なんて呼ばれている。
私も最初に会った時は『トートさん』って呼ばれていたけれど、なんか年上みたいな呼ばれ方が嫌だったので、『ちゃん』のが良いなって言ってみたらあっさり呼び方を改めてくれた。
私はどう呼べば良いか聞いた所、レティが『私たちは呼び捨てで構わないわよ』と言ってくれたので、お言葉に甘えてそのまま呼んでいる。
レティ、フェリシー、カナの三人が座っているテーブルに着き、取り敢えず果実のジュースをオーダーしてからみんなに首を傾げながら尋ねた。
「それで、どうしたの?」
「一緒にベルガーの横穴行かない?」
「ん、ベルーガーさん?」
「ちがーう、無詠唱さんじゃなくてー」
懐かしい名前を出すとカナに首を振られ、レティが説明に入る。
「ついこの前ね、近くで新しいダンジョンが発見されたの、それを発見したのがベルガーさん、だから、ベルガーの横穴なのよ」
「なるほど」
ダンジョンか、入った事ないしちょっと興味はあるけど、私足手まといになっちゃわないかな。
「わたしでいいの?」
「うん、えっと、トートちゃんが良い、かな」
「居ると安心感がダンチなんだよねぇ」
過去にも彼女たちと一緒に何度か依頼を受けたけど、基本的に私置物なんだよなあ、本当に報酬貰っていいのか考えちゃうくらい。
あ、どうでも良い事だけど、私は他の高ランクと一緒に依頼に行くならランク制限は無視して良くて、報酬は貰えるけどランクのポイントは入らないようになっているってバニルミルトさんが教えてくれた、あくまでも王都アリエスの冒険者ギルドでの話みたいだけどね。
なんで高ランクと一緒ならランクを無視して良いのかと言うと、私の問題であるモンスター退治以外の能力を他の人が補えるからで、他の冒険者も私が付いて行く事でモンスターの脅威を減らせるから、らしい。
で、彼女たちと組む時はいつもフォーメーションを組むんだけど、レティが前衛の盾役、カナが中衛で槍を振るい、フェリシーが後衛の魔法使い、私がその更に後ろで見ているだけだ、荷物持ちとも言う。
いつも『トートちゃんが居ると安心できる』とは言うものの、彼女たちも圧倒的に強いし、危険になる状況があんまり想像できない。
三人組で動いている時なんか、私が戦っても勝てないんじゃないかなと思うくらい連携もしっかりしてるし。
「トートちゃん、正式にうちのパーティに入る気は無い?」
「う、それは……」
なんだか好かれているようで今までも何度か聞かれているけど、曖昧に答えて回答を避けている問題だ。
強さとか雰囲気とかは全く問題は無いのだけれど、彼女たち、ボディタッチが多かったり、宿屋に泊まった時なんかも私だけ別の部屋でなんでかなーと思っていると、その……。
とにかく、貞操の危機を感じるのだ。
『フェリシーはまだしも、その仲間まで魔力操作を覚えるのがやけに早いと思っていたが、なるほど』
なんてヘルベティアは感心していたけど、そうじゃなくてね?
さすがは魔王さま、目の付け所が違いますね、と言う事があったのだ。
いつも通り私が答えあぐねていると、レティは小さくため息をついて、「まあ、仕方ないわね」と呟いた。
一応私は『一人が気楽で一番良い』ってみんなに言ってるし、きっと彼女たちもそれを考慮して私を無理に誘わないのだと思う。
なんだかんだ言っても、避けたくなるような人たちじゃ無いんだよね、一緒に居ると楽しいし、友達としてなら普通に付き合える感じだから、今の関係が一番助かるよ。
「それで、ダンジョンはどうする?」
「あ、だんじょん、いくよ、よろしく」
「よかった。えっと、じゃあ、あとで一緒に道具買いに行こ、トートちゃんダンジョン初めてなんだよね、必要な道具教えるよ」
「ん、ありがと」
それじゃあやってきた果実のジュースをちびちび飲みながら質問かな、せっかく頼んだのに飲まないで行くのは勿体ないし、まだ皆も飲み物とか食べ物とか少し残ってるみたいだしね。
なにより、私はダンジョンがどんな所なのかよく分かってないし。
「だんじょんについて、いろいろきいてもいい?」
「もちろん良いわよ、私たちも詳しいわけじゃないけどね」
「そもそも、だんじょんってなに? このちかくでも、いままで、みつからないものなの?」
まずは情報を擦り合わせておかないとね、私の知るダンジョンと、彼女たちの言うダンジョンが致命的に違う事もあり得るわけだし。
「えっと、ダンジョンって突然現れる事があるんだ、それこそ五分前に何もなかった場所でも、ぽこっと」
「え、どうなってるの」
「魔力の影響とは言われてるけど、私たちはそこまで深く考えないしね、分からないわ」
「知らなくても――」
『魔力が一部の場所に変に溜まると異界との扉が開くと言われておる、それがダンジョンだな』
ヘルべティアがカナの声に合わせて解説を挟んでくる、ちょっとカナの言葉を聞き逃したけど大した事じゃなかったね。
「まちとか、だいじょうぶなの?」
「北のほうに巨大なダンジョンのある街もあるらしいわね、でも街全体がダンジョン化した、なんて話は聞いた事ないわよ」
「そんな事があったら――」
『一応事例はある、トエントスの迷宮と呼ばれておるダンジョンじゃな、鉱山都市トエントスが山ごと一夜にして消滅しおった。残ったのは地平に巨大な門が一つだけ、くぐった先には広大なダンジョンが存在しておるそうじゃ』
なんか凄い大事な話を聞いたけど、そこじゃなくて。
再びカナの声がヘルべティアに被せられて聞き逃してしまう、んもう、ヘルべティアはカナ嫌いなの?
「ちょっとべてぃー……」
こっそり小声でヘルべティアを呼んで、静かにしてと言った風に人差し指を唇に当てて「あとでね」と声を出すと、彼女は腰に手を当てて口をへの字にしながらも姿を消した。
話に参加したい気持ちは分からなくもないし私も助かるけど、私以外の人はヘルべティアの声が聞こえないからね、声が被っちゃうと困るのよ、ごめん。
「えっと、トートちゃん?」
「な、なんでもない、あはは……」
きっと奇行に見えたそれを笑顔でごまかして、ちょっと残っていた果実のジュースを飲み干す、私が飲み終わったのを確認すると、レティが立ち上がってみんなを見回して言った。
「よし、じゃあ後は移動しながらにしましょう、あまり時間を無駄にするとお宝取られちゃうわよ」
私含め三人が答えて立ち上がる、まず向かう先は道具屋さんかな? どんな道具もばっちこいだね、今の私には道具袋がある、無敵だ。




