30話 私はトート
突然泣き出してしまったリッカちゃんをなだめてから、私はリッカちゃんの家を出た。
私のせいじゃないって言ってくれたけど、私が冒険者になりたいって言った直後に泣き出しちゃったからきっと私のせいだし、ちょっと申し訳ない気持ちだ。
でも、参った、この手の話題はまだ早かったか。
友達が引っ越したりして居なくなっちゃって、凄く寂しくなるってのは私にもよく分かるだけに何も言えない。
『傷心か、妾にはよく分からん感覚じゃ』
「そっか」
『ところで、時間はあるか? そろそろ話をせぬか』
「ん、わかった」
まだまだ日が暮れるまで時間はあるし、いい加減ドッペルゲンガーが何者なのか知りたいので、私は頷いて村から少しだけ離れた誰にも見られないような岩場の辺りにまで移動した。
「ここらで、いいかな」
『うむ、そもそも妾はどこでも気にせんがな』
「こころよめるなら、わたしもきにしなかった」
『ふふ、面白い事を言うのう、それだとお前のプライベートは完全に無くなるぞ?』
「……いまのなしで」
ドッペルゲンガー、なんて危険な存在なんだ。
私がこっそり怯えていると、ドッペルゲンガーはドレスワンピースの裾を軽く持ち上げて、お嬢様のような礼をした。
『さて、まずは挨拶といこう、妾は第十二代魔王、ヘルべティア・エルドニス・ルイングラッハじゃ』
「まおう!?」
『うむ、気軽にヘルべティア様と呼ぶが良い』
若干乱暴に髪をかきあげる仕草をしてから、腕組みをするヘルベティア。
ぐぬぬ、見た目は瞳が金色なのを除けば完全に私なのに、随分かっこよく見える。
『で、お前は誰だ』
「とーと」
『違う、今の名ではない、分かっておろう?』
「……しらない」
私は誰か、そんな簡単な質問、当然覚えているけれど、あまり考えたくない。
私は転生した、ならば前の世界の私はどうなったと思う? その瞬間の記憶は無いけれど、今の体は昔の私とは違いすぎる、あの世界に戻れる可能性は、きっとゼロだ。
それなら初めから無かった事にした方が気が楽だし、私は知らない、それでいい。
『知らんわけがあるか、どんな陣か分からぬが妾の転生を邪魔して精神の檻に閉じ込めおって、名を名乗れ!』
「まって、どういうこと」
『む、お前の力によるものではないのか?』
「たぶん、ちがう、おしえて」
『ふむ』
ヘルべティアは腕を組んだ状態から片手だけ上げて頬を指先でなぞると、再び口を開いた。
『まず、妾が組んだ転生条件は三つ、一つ目は、生まれてから一年は絶対に安全な場所である事、二つ目は、人族もしくは魔族として生まれる事、三つ目は、生きている魂を追い出さない事、つまり本来は魂の入っていない赤子に宿るはずだった』
一つ、二つと指を立てながらヘルべティアは説明する。
一つ目と二つ目は納得、この村は目立つような場所ではないし安全だよね、けど三つ目待って、私生きてるんだけど。
「どういうこと、わたし、いきてるよ」
『そもそも、そこがおかしい、魔力を見ても確かにお前は生きているし、きちんと成長もしておる。だが、その血のように紅い瞳は紛れもなく不死者のもの、なぜかお前は死んだまま転生しておる』
「え、わたし、しんでる?」
『どちらかと言えば、《生きているが死んでいる》じゃな、もし本当にアンデッドならば成長する事などあり得ぬし、まともな魂が入っているなど考えられぬ。恐らくお前も普通の人間よりは頑丈であろうが、過度なダメージを受ければ魂が抜け落ちて死ぬであろう、気をつけよ』
「う、うん、えっと、じゃあ、どういうこと?」
『うむ……可能性としては、本来死んでいたはずの赤子にお前が転生し、死んだまま故 妾はその魂を認識する事ができず、同じ赤子に転生してしまったと考えるのが妥当じゃな』
「ありえるの?」
『あり得ぬ、そもそも転生先が被るなどまず無い、だが今こうしてあり得ておる。それに、お主の魔力の流れは特異じゃな、妾がチャンネルを合わせて姿を現わすまでに十年かかったのも頷ける話じゃ』
ふむ、要するに、なんでか知らんけど私が転生した事によってヘルべティアと同じ体に魂が入ってしまった上、私が身体を乗っ取ったからヘルベティアは私の精神の中に閉じ込められたって認識で良いのかな。
でも魔力がどうこう言ってるけど、私魔法使えないんだけど、覚えれば使えるようになるのだろうか。
「まりょくって、わたし、まりょくもってるの?」
『お前は転生したのに、そんな基本的な事を知らんのか? いや、まさか前の名を知らんと言ったが、本当に覚えていないのか?』
「う、うん、その、なにもしらない」
『……ふむ、なるほど確かに、言葉を知らなかったのも文字が読めぬのもその弊害か?』
ちょっと嘘混じってるけど、本当にこの世界の事は全然知らないよ、多分前世の事教えてもヘルべティアは分からないだろうし、私も言う気はないからその辺りは突っ込まないでね。
『そもそも魔力とは、生き物ならば例外なく全てが持っておるものじゃ。流れ方や持つ力の大きさは人によって変わるがな』
「じゃあ、わたしもまほう、つかえるの?」
『いや、お前の場合は……魔力の流れが独特すぎる、無理じゃ』
「どくとく?」
『うむ、本来魔力は外と内、両方に流れるようになっておるのだが、お前の場合は全て内へと流れておる、つまり、魔法を作り出せぬのじゃ、こんなの初めて見たぞ』
「えっと、よくわかんない」
『そうじゃな……魔力というのは、外に流れ魔法を作り出す力を持つものと、内に流れ身体能力を強化するものの二種類存在し、両方が半々くらいの割合で流れておる』
言いながら、ヘルべティアは空中に光で図のような人の絵を描く、これも魔力か何か使っているのだろうか、意外にも絵はずいぶん可愛い。
『外に流れる魔力は、そのまま魔法を使うために必要となる魔力じゃ、魔法を発動すると、その魔力は体外へ放出され、自然の魔力を吸収してまた体内で魔力を作り出す』
ふむ、いわゆるMP とかみたいなものなのかな。
『逆に、内に流れる魔力は自身の能力を強化するために利用する、この魔力は放出される事はなく、自身から出て行くことも無いため、自分の体がその魔力を作り出す事はほぼ無い』
「なるほど、わたしがつよいのは、うちのまりょくのおかげ?」
『じゃな、お前の場合、この内の魔力が全体を占めておる、外に流れる魔力はゼロじゃ』
「じゃあ、まほう、つかうのむり?」
『うむ、魔力の流れを操作できれば不可能ではないが、お前の魔力は操作できるようなものではない。複雑怪奇、この一言に尽きる』
うーん、それってもしかして私が魔法とは無縁の世界で暮らしていたから、とかそう言ったの関係あるのかな。
でもそうなると、今度はこの人間離れした力を持つほどの魔力なんて私が持ってるのおかしくないかなって話で。
「わたしのまりょくたかいの、べてぃーのおかげ?」
『ベティーとはなんだベティーとは』
「へるべてぃあ、よびづらいし」
『はぁ、まあよい。可能性は高いな、髪の色など基本的にはお前の特徴が発露しているようだが、魔力は妾のものに近い、お前と妾が同じ体に転生したのじゃ、当然といえば当然かもしれん』
「でもわたし、まりょくみえないよ」
『うむ、妾の力を完全には引き継いでおらんようじゃな。まあ、そもそも魔力を見える人間など少ない、妾が先ほど伝えた《内の魔力》も知らずに使っている者の方が圧倒的に多い、あまり気にするようなものではないぞ』
「そっかあ」
魔法使いたかったなーとため息をつきながらうなだれると、ヘルべティアもため息をついた。
『あのなあ、嘆きたいのは妾じゃぞ、せっかく転生したのに別の人物に体を奪われ、十年もよく分からん魔力を解析してやっと姿を現してみれば、何も覚えてない小娘が相手じゃ。主導権を奪おうにも、魔力が複雑すぎてどうアプローチしてみてもお手上げ、いい加減にせいとしか言えぬ』
「なんか、ごめん」
『まあ、案ずるな。主導権が奪えぬという事は、お前の力が強いのだと言えよう。妾は傍観者として今まで通り楽しむだけじゃ』
「それはそれで、いやなんだけど」
『欲張りな奴じゃなー! 観念せよ、妾を排除する事はできぬし、妾も自分の力で抜け出る事は叶わん!』
「わわっ、そっか、しかたないなら、しかたないね」
ヘルべティアはぷんすか怒った後、何か思い出したように口元を押さえて呟いた。
小さい声だったけど、私の中にいる精神体だからなのかハッキリと聞こえてくる。
『いやしかし、あやつならもしかすると……』
心当たりがあるのだろうか、と話し出すのを待っていたけど、ヘルべティアはそれ以上声を出す事はなく、少しもすると目を瞑って首を振った。




