75 末路あるいは結末、そして番を溺愛する婚約者
不承不承トスカーナ王国へやってきたアカシア国王だったが、到着早々見せつけられた国力の差に度肝を抜かれていた。
豊富な種類と山盛りに積まれた市場の品々、平民が暮らす街にまで普及されている上下水道、そして辺境の地から王都まで綺麗に整備されている街道等、チラリと馬車から覗いただけであるのに枚挙すればキリがないほどだ。
文化と芸術の国と称される自分達の国の方が優れていると勝手に思い込んでいた国王は、トスカーナ王国の豊かな経済状況と生活水準の高さに圧倒され、贅を尽くした華やかで豪華な結婚式に舌を巻く。
トスカーナが大国とは知っていたが、それは軍事面だけであって、ケモノが裸足で闊歩するような野蛮な国だと思っていた。
そんな思い込みもあって、リーンハルトから番の話が出た時にアリアナを差し出すのを拒んだのだ。
アリアナではなくキャロラインを婚約者にしたことに悔いはないが、これほどの大国の王太子妃となったのならば、地味王女でも少し位認めてやってもいい。
そう思って、初めてまともにキャロラインの顔を見た国王は、腰を抜かすほどに驚愕した。
髪や瞳の色こそ地味であるが、化粧をし着飾ったキャロラインの顔立ちは若い頃の自分や王妃にそっくりだったのだ。
結婚式の間もリーンハルトに溺愛され、幸せそうに微笑むキャロラインへ、周囲の招待客からも称賛と羨望の声が漏れ、国王は我が目を疑う。
そこにはアカシア王宮でいつもひっそりと影のように佇んでいた地味な娘の姿はなく、凛々しい獣人王太子の隣に立っても遜色がないばかりか、ひときわ際立っている美しい王女がいた。
キャロラインの美しさを漸く認識した国王は、家族がいなくなり王宮で孤独になってしまったこともあり、式の後に何とか娘と接触を図ろうと画策する。
だが、今まで散々蔑ろにしてきたくせにキャロラインが美しいと知って、手の平返しをした国王をリーンハルトが許すはずもなく、完全にシャットアウトされた。
キャロラインもまさか父王が心変わりをしているなどと考えておらず、また仮に優しくされたとしても、既にすっかり家族への期待を諦めてしまっていたため、自ら交流しようという気はさらさらない。
加えてギース達家臣も、キャロラインが自国でどんな仕打ちを受けてきたのか薄々勘づいていたため、国王がどれだけ懇願しても、あるいはさりげなく、あるいは意図的に悉く阻止してきて、すごすごと帰国するはめになったのだった。
その後、過去の王太子たちの功績が全てキャロラインの手腕であったことを、王宮内を調査していた王太子から聞かされた国王は更に衝撃を受ける。
キャロラインの美しさと聡明さに気づいたアカシア国王は、娘に会いたいと頻繁にトスカーナ王国へ連絡をするようになったが、今更彼女の価値に気づいても遅いのだと全てリーンハルトによって棄却され、キャロラインの手元へ届くことはなかった。
アカシア王国の王太子も、恥知らずにも虐げていた娘へ手紙を送り続ける国王を徹底的に無視するようになり、重臣達にも見放されていった。
執務以外で会話をする相手がいなくなった国王は、周囲からの圧力もあり早々に王位を譲った後は、無用な種を撒かないように監視され孤独に過ごす。
自慢の美貌も陰りを見せて、すっかり落ち込んだ国王の元へ、若返りの雫なる怪しげな商品が持ち込まれ、それを口にした彼が、若返り過ぎて産まれたての赤子のように髪が薄くなり、顔が赤くしわくちゃになってしまうのは、この後すぐのことである。
自分の娘を地味だと蔑み、愛を与えず虐げていた男は、唯一の拠り所であった己の美貌を失うと、後悔の念に苛まれながら一人寂しく失意のうちに、この世を去ったのだった。
監視されていた元国王の所へ誰が若返りの雫を持ち込んだのかは不明だが、ある商人がトスカーナ王国を訪れた後にアカシア王国へ行ったことが出入国の記録に残っている。
各国を巡るその商人が実はトスカーナ王家に仕える影と呼ばれる人々で、キャロラインの双子の姉王女が嫁いだ国へ、それとなく鷺の情報を流したり、最果ての鉱山で娼婦の斡旋をしたり、見目麗しい人族を好む竜人と懇意にしていたり、アカシア王国の修道院へ赴いたりしていたことを、キャロラインは知らない。
ましてやリーンハルトと婚約を結ぶ前まで、キャロラインのことを文字通り陰から護衛していたことなど、知る由もなかった。
「一応キャロの家族なので、直接手は下しませんでしたよ?」
そう言って薄く笑った主にギースは背筋が冷たくなったが、ペタンッと灰色の尻尾を下げると遠くを見つめて「ソウデスネ」と答えたのだった。
産まれたてでも髪フサフサな子はいますけどね…汗




