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大好きな婚約者、僕に君は勿体ない!◆は?寝言は寝てから仰って◆  作者: ナユタ


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*オマケ・1*子育て終了の夜に。

イザベラとダリウスの両親のお話です(*´ω`*)

三人称視点でお送りします。



 辺境領では昔から辛い冬が過ぎてグラスを“カチン”とぶつける軽快な音が春を告げる合図だった。雪で覆われた道に馬車が通れるようになれば、親しい誰かが遠方から訪ねてくる。


 そんな時に交わす酒を注いだグラスの音は、いつでもその後の会話が楽しくなるであろうことを予想させるからだ。


「いやぁ、何か悪かったな。うちの息子が途中でウジウジしてよ」


「ま、仕方がないわよ。あの子はわたしとアーノルドの子にしてはまともだし、元来末っ子って言うのはそういうもんだわ」


「はぁ……お前たちみたいな二人からどうやって、生真面目なリカルドとダリウスみたいなのが産まれたんだろうな……と、そう言えばリカルドはようやく子供が産まれたのだったか。あれも苦労人だから、喜びも一入だろうな」


「うふふ、そうねぇ。オズワルト君はあなた達にそっくりだし、もう子供も三人目がお腹にいるのでしょう? 良いわねぇ~可愛い孫が一気に増えて」


 決して広くも華美でもない応接室に、毛色の異なる貴族夫婦が二組。すでにそれなりにワインやブランデーを飲んで出来上がっているのか、四人共頬が赤く色付いている。


 一方の夫婦の奥方は切れ長の垂れた榛色の目と、煙るように美しい金髪を無造作に編み上げた迫力のある美女で、女性にしては高い身長を乗馬服に包んでいる。その凛とした空気と、女性らしい丸みのない絶壁の胸元のせいで美男にも見えた。


 その夫は分厚い胸板を持った、パッと見た感じは農夫か木こりといった体躯を大きく揺らしながら「違いないな!」と豪快に笑う。つり気味の黒い目はもう四十六歳の今でも往年の悪ガキのままだ。


 歳だけで言うならこの場の四人は全員同じ歳なのだが、落ち着きのあるなしには個人差があるのだろう。


 しかし撫でつけてもすぐにはねる癖の強い焦げ茶色の髪だけは、先だって上がった彼の末の息子に受け継がれている。


 分かりやすく言えば、この夫婦の末息子は父親譲りの髪質と母親譲りの瞳以外は全くの正反対な性格をしている――……世間で言うところの反面教師というやつだった。


 もう一方の夫婦の奥方はクリッとした丸い深い青の瞳を持ち、夜色のふんわりとした髪を緩く太い一本の三つ編みにした、女性らしい丸みと少女のような雰囲気を纏った女性だ。柔らかな微笑みは、彼女の末の愛娘が時折先の末の息子に見せるものに似ている。


 夫の方はやや神経質そうながらも、ある意味この中では一番常識人の体をしている。妻と同じ黒髪に多少白いものが混じっているものの、気心の知れた友人と飲むにもピシリとオールバックに撫でつけたところからも、彼の折り目正しい性格が見て取れた。


 切れ長の紫紺の瞳は彼の末の愛娘に似ている。というか、ほぼ顔のパーツが末の愛娘に似ているので、彼自身長女と次女のような可愛らしい妻譲りの容姿を与えてやれなかったことを長年密かに気にしていた。


 しかしそんなことはもう過去の話。今日この夜を持って、この全然毛色の違う両家の子育てはめでたく終了したのだ。


 ――というのも、この二組の夫婦はついさっき王都から戻ったお互いの息子と娘から“結婚式向こうで済ませて来ちゃった”という報告を受けたばかりなのである。


 一方のやや癖の強い夫婦が新郎側の両親、エスパーダ領主夫妻。


 夫の名をアーノルド・エスパーダ。


 妻の名をミランダ・エスパーダ。

 

 かつて社交界で“辺境領の農民貴族”と称された田舎貴族だ。ちなみに当然現在も進行形である。


 そしてもう一方のある意味癖の強い夫婦は新婦側の両親、エッフェンヒルド領主夫妻。


 夫の名をルアーノ・エッフェンヒルド。


 妻の名をハンナ・エッフェンヒルド。


 こちらはかつて社交界で“辺境領のお買い得貴族”と称された、美形であるが故に小馬鹿にされるという稀有な田舎貴族だ。ちなみに未だに両者共に愛人にならないかといった誘いの手紙が届くことがある。


「あー、オズワルトの婿入り先はそれなりの商家だからな。子供作るのもこっちほど気を張らなくても良いんだろうさ。まぁ、だが何にしてもめでたい! うちの末っ子とそっちの末っ子のお陰で農業被害も一段落したし……後は俺とリカルドで今年の小麦の売値を商人共と交渉するだけだ」


「そうね、その時はわたしも付き合うわアーノルド。あぁ、だけどごめんね、ハンナにルアーノ。こっちに寄越せるような小麦の余裕、ここの領地にもなかったでしょうに。でもお陰で助かったわ。また何かでお礼するから何でも言いなさいよ?」


「あらぁミランダったら、良いのよ良いのよ。うちにダリウス君がお婿さんに来てくれるだけで充分よぉ。ねぇルアーノ? うちは女の子ばっかりだったから、貴男も末の子だけでも手許にいてくれた方が嬉しいものね?」


「んん……余計なことは言わなくて良いハンナ」


 末の愛娘と同じくふにゃりと笑う妻に、夫であるルアーノはわざとらしい咳払いと共にそう答えた。すると一斉にその場の……彼の妻を含めた三人の生暖かい視線が一気に集まる。


「く……売れ残っていたのがお前たちのところの次男だったら、絶対にあの子を嫁になどやらなかったところだぞ……」


 こうして集まると昔から他の三人に良いように遊ばれるルアーノは、そんな友人夫婦にそっくりなオズワルトに対して苦手意識があるのか、大人気のないことを言って隣の妻に頬を捻られた。


「うふふふ。折角最後の“子育て”が終わったんだから、どうせなら親らしく二人の小さい頃でも思い出しましょう。ねぇ?」


 そう言いつつも、実はこの顔ぶれの中で一番の酒豪であるハンナは、空になったワイングラスに縁一杯まで赤ワインを注ぐと一息に飲み干した。


 すでに一人でワインを三本空けたとは思えない勢いでグラスを空にしたハンナに倣うように、彼女の夫を含めた三人も空いたグラスにワインを注いでそれをあおる。それを横目に別に用意されたゴブレットでブランデーをあおるハンナ。


 傍目からはただの飲み会以外の何物でもないのだが、当人達はそれぞれ至って普通に親としての感慨に浸っているのだ。


 ――――そう、例えば、


「……あんなに婚約者探しを嫌がっていたイザベラが、初めて自分から婚約したいと言い出した日からもう十年も経つのか」


 ポツリとルアーノが漏らした言葉で四人の時間は遡る。



***



「ねぇお父様、お母様。今日の子は私を嫌がっているようにお見えになったかしら?」


 馬車の中で幼い愛娘が顔を伏せたままそう口を開いた時、ルアーノとハンナは一瞬だけ互いに目配せをしあった。今まで何度となく繰り返してきたお見合いの中で、ついぞ聞いたことのなかった言葉だ。


 それだけに二人は簡単に勿論だ、などと口にしなかった。


「――イザベラはあの子が気に入ったのかな?」


 ルアーノが愛娘の伏せた顔を覗くと、顔だけなら童話のお姫様のような可愛らしい顔をしているが――実のところ相当に険の強い物言いをするイザベラは、彼女にしては珍しくコクンと小さく頷いた。


「あらあら、それじゃあ可愛い我が家のお姫様。あの子のどこが気に入ったのかしら? お母様に教えてくれる?」

 

 母親であるハンナの問にイザベラは顔を上げたが、何故か僅かに心配そうな表情だ。ルアーノが安心させようと言葉をかけようとすると、隣に座るハンナがソッとその膝を叩いた。


「イザベラはどうしてあの子が欲しいのかしら。お母様がお父様を欲しいと思った時の気持ちに似ているのかしらねぇ? それともあの子だったら貴女のことを怒らないから、それであの子が良いの?」


 妻の口から出た意地の悪い質問にルアーノは気を揉みつつも、ここは幼くとも女同士の方が良いだろうと口を噤んだ。


 実際それは正解だったようで、幼いけれど聡明な愛娘は母親の言いたいことの意味をきちんと理解していた。


「……あの子のことを知りたいと思ったのですわ。今まで何度もお父様達が私の婚約者を探そうとして下さったけれど、こんな気持ちは初めてですの」


 ほんのりと頬を染める愛娘は確かに二人の目から見ても、生まれてから今までに見せてくれたどんな表情とも違う。敢えて評するならば……。


「あらら、イザベラも初恋をするようなお年頃になったのねぇ。素敵よわたし達のお姫様。それだったらお父様と出逢った時のお母様と同じだから、この縁談に何の問題もないわ。そうよねルアーノ?」


 愛しい妻と娘からそう言われては、夫であり父親であるルアーノは頷く他ない。例えそれが数日前まで『このままどこにも嫁ぎ先がないのであれば、お父様とお母様とお姉様達だけを大切にすれば良いのですものね?』と歳にそぐわない微笑を浮かべていた愛娘の言葉であっても。


 子供が全て娘である以上他の家に嫁ぐか、婿入りさせるしかない。であれば、娘の一番大切な男性の地位を他の男に譲るのもやむなし! である。


「――勿論だともハンナ。イザベラも本当にこの縁談を進めて良いんだね? 相手はお父様とお母様の友人の子だ。今までのように途中でナシにするのは出来ない。それでも、あの子が良いんだな?」


 ルアーノが優しく諭すと、イザベラは強い視線を返して頷いた。


 そんな視線にルアーノは思わず「出逢った時のお母様にそっくりだ」と呟き、そう評されたハンナは隣で甘く微笑んだ。



◆◆◆



 ――さて、馬車の中でエッフェンヒルド領主夫妻と、娘のイザベラがそんな会話を繰り広げていたちょうどその頃――。


「父上、今日来たあの子……イザベラは、どうして僕なんかと縁談を? あれだけキレイな子だったら、もっと良い条件のお話があったと思うんだけど」


 自信のなさと物分かりの良さに定評のある末の息子を見つめて、アーノルドは盛大に溜息を吐いた。するとその榛色の瞳がジッとアーノルドを見つめ返してくる。

 

「お前はどうしてそんなに自信がないんだろうなー……。リカルドの教育が良くなかったのか?」


 ここにいない長男を餌に挑発すれば、即座に「違うよ。何でそうなるの」とムッとした表情になる。大きすぎる眼鏡の向こうから、らしくもなく睨んでくる榛色の瞳にアーノルドは苦笑した。


 人の為になら腹を立てられる癖に、自分の為となるとからきし駄目なこの末の息子には、アーノルド自身気の強い娘を妻に付けてやりたいところだ。それも出来るなら愛情の深い娘で、息子の為に怒ってくれるような優しい心の持ち主が。


 だから親友夫妻から今回の見合い話が出たときは、妻のミランダと一緒になって『後で止めたはナシだぞ?』と、半ば脅し文句のような言葉を使ってしまったほどだ。


「お前はあの子が相手で良かったのか? 第一あの子はもうお前の婚約者だろうダリウス。親そっちのけで婚約の約束をしてたじゃないか?」


 父親から向けられた意地の悪い笑みに、ダリウスはほんの少し頷いた。


「本当にあの子で良いのか? 嫌ならまだ子供のしでかしたことだから取り消せるぞ?」


 とは言ってみたものの――――勿論こんなのはただの鎌かけでしかない。自分の息子であれば、ここで引き下がる訳がないと踏んでいるからだ。


 欲しいと思うものはあまり多くないけれど、欲しいとなれば意地でも手に入れたくなる。それがエスパーダ家の血だと言っても良い。


「僕は……あの子が良い。イザベラが僕で良いと言ってくれるなら、だけど」


 若干情けなくはあったものの、大凡予想通りの答えが返って来たことにアーノルドは満足して息子を抱き上げる。通常、貴族の男性は例え我が子であっても子供を抱き上げることはしない。


 だからいつまで経っても“辺境領の農民貴族”などと呼ばれるのだが……当の本人達は全く気にしていなかった。


 愛すべき家族と、領民達。エスパーダ家の人間にとって、それさえ護れればいつでも割と気分は上々なのだ。


「そりゃ、あれだな。良いと言ってもらえるように頑張るんだ。お前なら出来る」


 豪快にそう笑って、自身と同じクルクルと癖の強い髪質を持った末息子の頭を乱暴に掻き回す。ぐしゃぐしゃと頭を撫でられるダリウスは、眼鏡を取り落とさないように慌てて眼鏡の柄を押さえた。


 そこに「厨房から良い匂いがするわ」と言って焼き菓子をねだりに行ったミランダが、自ら家族分のティーセットを載せたワゴンを押して現れる。


「あら、良いわねダリウス。そうされてるのは久し振りに見たわ。あの子のことで男同士の相談事か~?」


 そう言いつつワゴンを停めたミランダは、ダリウスごと夫のアーノルドを抱きしめた。挟まれた格好になったダリウスが「もう、苦しいよ」とわざと眉間に皺を寄せて抗議の声を上げていると、廊下をバタバタと騒がしく走る足音が聞こえてくる。


「……オズワルトの奴は相変わらず食い意地がはってるな」


「良いわよ、どうせ呼びに行こうと思っていたんだもの。向こうから来る方が楽じゃない。ねぇダリウス?」


 美青年のような風貌の母親に微笑みかけられて、嬉しそうに頷く息子の頭をもう一度クシャリと撫でてやっていると、廊下の方からリカルドの諫める声が響く。


 例え辺境領の農民貴族と言われようが、アーノルドとミランダにとって、ここは紛れもなく王都の王城に匹敵する家族の城だ。



***



 ――――かれこれ“思い出話”という名の酒盛りが始まってから、すでに四時間が経っていた。


 その間にガラスで出来たちょっと上等なワインボトルの物はすっかり飲みきってしまい、代わりに領内で作られている自家製ワインの入っていた素焼きのボトルが無造作に床に転がされている。


 ……これでは領主の館というよりは収穫祭後の領内の酒場のようだ。


 素焼きのボトルにワイングラスでは分が悪いからと、ゴブレットに持ち替えたものだからより一層それっぽい。


「いい加減に孫の命名権は諦めて潰れろルアーノ。もうフラフラだろうが」


「それはこちらの台詞だアーノルド。呂律が回っていないぞ」


 端から見ればどっちもどっちの酔っ払いを横目に、ミランダとハンナは飲み物をすでにお酒から紅茶にかえて、優雅に焼き菓子とドライフルーツを口にする。


「ほら、頑張ってアーノルド。この前リカルドの子供の名付けは、サフィエラのご両親に譲ってしまったんだから」


「そうよルアーノ。そんなに意地にならなくても、負けたらイザベラにもう一人産んでって頼めば良いじゃない?」


 両者の愛妻から飛んだ言葉に、もう限界を迎えつつある夫達は「おし、任せろ!」「そんなことが頼める訳がないだろう!」と答え、お互いにゴブレットを手に取ろうとして――……ほぼ同時に力尽きた。


 それを見届けたミランダとハンナは、仲良く酔いつぶれて眠る夫達を眺めて小さく微笑みあうと、今度こそようやく静かに互いの子供の幼い頃の思い出話に花を咲かせるのだ。



この後はお兄ちゃん視点のオマケ→イザベラとダリウス後日談です♪

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