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大好きな婚約者、僕に君は勿体ない!◆は?寝言は寝てから仰って◆  作者: ナユタ


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*幕間*小さな婚約者。*クリス*

今回は忠犬三公一の知恵者。

クリスと婚約者ちゃんの婚約者なのに恋愛未満のお話です(*´ω`*)


時系列的にはダリウスを訪ねる五、六日前のお話ですかね。



 右手に明日からの出張の準備と、左手に調査報告書を抱えたまま屋敷へと帰宅したボクは、目の前に広げられた将来有益になるであろうパワーゲームと、幼なじみの将来を左右しそうな有益ではないにしろ、捨て置けない情報操作に頭を抱えた。


「はぁ……明後日からの諸々の出張といい、ハロルドとアルバートの無茶ぶりといい、後はイザベラ嬢ですか。このところ面倒続きですね……」


 最近まともに戻ったこの国の第二王子という肩書きの馬鹿と、同じくこの国の騎士団長の一人息子という肩書きを持つ馬鹿。


 どちらか一方が見所のない、ボクと反りの合わない人間であれば良かったというのに、残念ながら両者とは幼い頃から良好な関係のままこの歳まで来てしまっていた。


「えぇと……まず、出張の件は馬車の中でも読み込む時間が取れそうですから後回しでも良い、と。問題は貴族名簿の方ですね……」


 先日アルバートから第一王子に、第一王子から陛下へと仲介してもらって預かったこの国の権力の縮図を記したそれは、一種異様なオーラを放ちながら執務机の上を占拠していた。


 そんな貴族名簿を前にすれば、流石に普段から父の政策の手伝いをしていても眩暈を感じる。持ち上げて読むことはおろか、膝の上に載せることすら出来ない厚みと重さを持った権力の縮図。


 それを今から幼なじみ二人と自分の調べた情報のみで照合していくのだと思うと、如何にパワーゲームが好きなボクでも気分が悪くなった。父に助言を乞えば手を借りることも出来るだろう。


 けれどこれは多分何かしらの判定を受けるものだと思って良い。


 今まで散々無能だとの前評判が立っているアルバートと、気に食わない人間には真っ向から喧嘩を売る狂犬のハロルドと、何よりもその二人を優先して物事を揉み消しはしても諫めなかったボクへの――最後の通告。


 これを誤れば卒業後に政治に関わる領域から弾かれてしまうに違いない。それに対してこちらが切れる好カードはイザベラ・エッフェンヒルドしかないけれど、彼女は辺境領の婚約者がいなければ使い物にならないだろう。


 そもそも自身をカードとして利用させる代わりに、彼女が持ちかけてきた条件がなかなか難しいのだから、こちらの調整も必要になってくる。


「……こういう分の悪い賭けはしない主義なんですが、仕方ありませんか。王家からの預かり物を屋敷の外に持ち出す訳にもいきませんし、何とか出立前に全て目を通しておかないと」


 下の人間から見て上の人間が苛々するのは優雅ではないし、民衆の不安を煽るだけだから、上に立つ者は常に平静であれと。


 そう幼い頃から言われて育ってはいるものの、流石にこの仕事量と重圧感で涼しい顔をしていられるほどの場数は踏んでいない。指先で貴族名簿の表紙に触れただけでも緊張で身体が震えた。


「おや、ボクも存外情けないですね……」


 手許に引き寄せてあった調査報告書を、いつの間にかグシャグシャに握り潰していた手をゆっくり開く。


 その皺を丁寧に伸ばせば、三人で施した署名が摩擦で掠れた。思わず軽く舌打ちをして口の中で悪態を吐いていると、部屋のドアをノックする音がし、外から家令がボクへの来客を告げる。


 この忙しい時にと思いつつも、最近前にも増して足繁く通って来るようになった人物に会う為に、ボクは溜息と共に席を立った。



***



 一人の時ならあまり使用しないテラスに用意されたアフタヌーンティーに、ほんの少し苦笑してしまう。ここからでも分かる焦げ臭さだと。


 心の中でここにはいないハロルドに呪いの言葉を吐きながら、来客者の姿を探して周囲をぐるりと見回していると背後から「クリス様!」と弾んだ声がかけられて、ボクは彼女の一番好む微笑みを貼り付けて振り返る。


「あぁ……そちらにいましたか、レイチェル」


 振り返った先にはボクの腰より少しだけ高い背丈の婚約者が、両手に秋バラを抱えて立っていた。


 濃い蜂蜜色の髪に深い青の瞳をした今年八歳になる小さなボクの婚約者は、レイチェル・コンラッド。コンラッド伯爵家の一人娘である彼女は十も歳上のボクを兄のように慕い、ボクも婚約者としてよりは歳の離れた妹のように思っている。


 何故こんなに歳の離れた婚約者かと言えば、純粋に彼女の家が持っている肥沃な土地と貿易に有利な行路が欲しかった父が取り付けただけで、そこにボクの意志の介入は全くない。


 お陰で端から見ればとんでもない幼女趣味に取られかねない、ボクにとっては大変不名誉な事態を引き起こしている。


 正直ここ最近になるまで意志の疎通すら難しい歳の子供だったので、ボクを訪ねてきても大抵居留守を使うか、訪ねて来そうな頃を読んで留守にしていたくらいに苦手だった。


 そんな時は大抵屋敷を訪ねて来ていたハロルドに押し付けて逃げていたので、実質本当にここ最近で距離が近くなった感じだろうか?


 特にハロルドが余計な入れ知恵をしてからは、三日と置かずに訪ねて来るようになったので、こちらもそうそう屋敷を離れている暇がなくなってきた為に、こうして良く捕まるようになってしまった。


「あ、あのお仕事中だとお伺いしてましたのに、もうよろしいのですか?」


「えぇ、丁度キリの良いところだったので。それとも……来るのが早すぎましたかレディ?」


 頬を上気させて駆け寄ってきたレイチェルの腕から、彼女が抱えていた秋バラの中でも小振りな物を摘まみ上げて蜂蜜色の髪に挿してやる。すると彼女は深い青の目を零れんばかりに見開いて顔を真っ赤に染めた。


「おやおや……折角真紅のバラを挿したのに、そこまで顔を赤らめられては目立ちませんよ? レイチェル」


 クッと喉から漏れた笑いにレイチェルは涙目になりながらも「クリス様のせいですぅ!」と言い返してくる姿を見て、ほんの少しだけ張り詰めていた気持ちが緩む。


 ――これは思ったよりも良い気分転換になるかもしれない。


 そんな汚い打算を自分の婚約者が考えていることなど知りもせずに、レイチェルは嬉しそうに髪に挿されたバラを弄っている。


 少しの間その初々しい反応を見つめていると、一瞬ふわりと風に靡いた彼女の髪から、先日の誕生祝いに贈った香水が香った。


「ふふふ、この香水は八歳の誕生祝いには少々大人過ぎましたかね?」


 健康的でまだ汚れを知らない子供相手ならば、淑女の好むムスク系ではなく、もっと爽やかな柑橘系のものを贈れば良かったかと思ってそう訊ねると、レイチェルはムッとしたように顔を上げてボクを睨んだ。


「そ、そんなことはありません! ハロルド様がこの間クリス様は“背の高い色気のある女が好きだぞ。あいつが手を出してる女は大体そうだ”って教えて下さったので、わたくしも頑張って、この香りが似合うそんな女性になってみせます!」


 まだあどけない顔立ちのレイチェルが突然大声でそんな宣言をしたことで、周囲に控えていたメイド達の表情が一気に引きつった。特にコンラッド家から連れて来られたメイド達は、ボクに対して含む物があるのか絶対零度の視線を投げかけてくる忠義者ばかりだ。


 ……取り敢えず次にハロルドにあったら、少し話し合わなければならないことがありそうだな……。


 思わぬ攻撃に引きつりそうになる微笑みを何とか整え、バラを抱えたままボクを見上げる小さな婚約者の手からお茶会に飾るつもりであろう秋バラの花束を抜き取って、近くに控えていた当家のメイドに花瓶に生けるように伝えて手渡す。


「成程、確かにこの手の話題には女性の視点が必要ですね。これはボクとしたことが手抜かりでした。よろしければご教授して頂けますか? マイ・レディ?」


 そう言ってまだ肩を怒らせているレイチェルに手を差し伸べ、ボクの後ろに用意されたアフタヌーンティー席に視線をやると「む、うぅ……すぐに機嫌を直すほど子供ではありませんからね?」と言いながらも、満更でもなさそうにボクの手を握ってくれる。


 普段触れるご婦人の手よりだいぶ小さな婚約者の手に、何故か自然と口許が綻んだ。そのボクの反応に気付いたのか、レイチェルが「い、今どなたかと比べられました!?」と泣きそうな表情になる。


 小さくともちゃんと女性なのだなと妙な感心をしつつ、半ば本心を込めてボクは口を開いた。


「いいえ――マイ・レディ。貴女がその香水が似合うような女性に成長するのが楽しみだ、と。そう思っただけですよ」


 その言葉を聞いたレイチェルが再び秋バラ色に頬を染め上げるのを見つめながら、キノコの傘のようになったシュークリームの皮に、挟まれることのなかったカスタードクリームを塗り付けて食べるティータイムは、ボクに少しの余裕をくれた。


 

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