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第8章 彼女の事情

 

「それで、いつから君はカオルン=フジワーナ君の正体に気付いたんだい?」

 

 王立図書館に併設されているカフェで幼なじみがルートンにこう訊ねた。

 

「婚約破棄騒動の証人になった礼として、僕の激レア好みの菓子と、滅多に手に入らない東方の国の旅行ガイドが届いた時ですかね。

 家族以外で僕の好みを知っている人物となると、数が限られているでしょ。

 アイラ=コスナータ男爵令嬢は黒髪に美しい青いラピスラズリ色(瑠璃色)の瞳をしていたんですよ。


 本好き仲間のうち、ラピスラズリ色(瑠璃色)の瞳を持っているのはカオルンだけでしょ。

 普段色付き眼鏡をかけていたから、気付かない人の方が多かったと思うけれどね。

 そもそも青いラピスラズリ色(瑠璃色)の瞳って、この国ではあまり多くないし。

 まあその時は、髪色が違っていたのでまだ半信半疑でしたが。ただの偶然かなって。

 

 でも()が借りていた本が東方の国で古くから伝わる護身術に関する本だったので、ピンときました。

 僕にも勧めてきましたしね。

 貸し出し記録を調べたら、日付がアイラ=コスナータ男爵令嬢の婚約解消が成立した少し後だったのですよ。

 

 元婚約者は随分と馬鹿そうな男だったでしょ? いえ、本当に馬鹿でしたが。

 婚約破棄宣言した後、親からしかられてよりを戻そうとしてくるかもしれない。さもなくば恨んで復讐しようとするかもしれないと、彼女は不安になったのではないかと推測したのです。

 そしてそれが自分だけではなく、僕にも火の粉が降りかかるのではないかと彼女は気付いたのだと思いました。

 だから、自分自身だけではなく僕の身の安全を図るために、まず自分で試そうと護身術を学んだのだろうと。そして結果が出たからこそあの護身術の本を僕に勧めたのではないか、とね」

 

「そのとおりです」


 そう答えたのは、いつものカオルン=フジワーナという名の少年の格好をした、アイラ=コスナータ男爵令嬢だった。

 

「そして決定的だったのが、養護施設の庭園で見た彼女の膝カックンでしたね。あれ、その護身術の本に載っていましたから。

 君の手柄を取るつもりはなかったんだ。しかし、君はそれを知られたくはないのだなと察したので、あえて貴女の名前は出さなかった」

 

「配慮して頂いてありがとうございました。助かりました」

 

 アイラ=コスナータ男爵令嬢が頭を下げた。

 

「そもそもさ。なぜ男装なんかしていたんだい?」

 

「わが家も一応貴族なので家庭教師はいたのですが、私が知りたいことは何一つ教えてもらえなかったのです。

 そこで図書館へ行って勉強したいと言ったら、女が学問なんてしたら頭でっかちになるからと、両親が許してくれなかったのです。

 馬車も使わせないとも言われました。

 こっそりと徒歩で行こうとも思ったのですが、まだ十歳の子供でしたし、さすがに侍女や護衛無しでは不安になりました。

 それで男装することにしたのです。しかも平民の」

 

「よく家族にばれなかったな。

 君さ、結構長い時間僕らと図書館で過ごしていたよね。ランチもしていたし」

 

「うちは商会を営んでいるので、両親はとても忙しくて、ほとんど家にはいなかったのです。

 兄と弟のことは、その……買収して黙らせていました」

 

「「買収?」」

 

 ルートンと幼なじみの男は驚きの声を上げた。彼女を真面目を絵に描いたような子だと思っていたからだ。

 もちろん、近頃は、少々破天荒なところがあることには気付いていたのだが。

 

「兄と弟は学園に通っています。将来商会の仕事をする上で人脈作りが必要だからです。

 しかし、彼らは社交的ですが元々勉強があまり好きではないのです。

 ですから勉強のわからないところを教えてあげると提案したのです。ついでに試験対策もって。

 ただ黙っているだけで勉強を教えてもらえるのだから、すごくお得でしょうと。

 お得という言葉に弱い商売人の子である彼らはすぐに了承してくれました。

 ただし、本人のためにはならないので、宿題だけは断わっていましたが」

 

 そういうことかと、二人は少しホッとした。

 

「しかし、使用人達を誤魔化すのは難しかったのではないのか?」

 

「いいえ。

 労働環境の改善に取り組んだり、悩み事の相談に乗ったりしていたので、使用人達とは良好な関係なのです。

 それ以前からみんなの力になれるのは、全て本のおかげなのよって言っていたのです。

 ですから図書館へ行きたいと話したらみんな喜んで協力してくれました」

 

「相談事って例の水害対策のことかな?」

 

 ルートンの質問にアイラは首を横に振った。

 使用人達の相談事には家にあった本や、近くの本屋に売っていた書籍で用が済んだのだそうだ。

 彼女がルートンと初めて会った日に探していたのは、元婚約者の領地の復興のためだったという。

 

「ああ。あの水害は酷かったらしいな。

 しかし思いの外復興が早かったと聞いていたが、それって君の尽力のおかげだったんだな。

 その恩を忘れて浮気した挙句に人前で婚約破棄宣言なんて、クズだな。

 しかもその後すぐに撤回しようと偽証人を立てようとしたなんて、親子揃ってどうしようもないな。

 それに頭が悪すぎるだろう。ガルバン伯爵家に楯突くなんて。信じられない」

 

 幼なじみがそう言うと、アイラはまた申し訳なさそうにこう言った。

 

「ガルバン卿を利用することになってしまい、本当に申し訳ありません。

 婚約破棄宣言された時、私、これは絶好のチャンスだと思ったのです。オルターに利用されるだけ利用されて、もう限界で婚約解消したかったのです。

 でも、あちらの方が爵位は上だし、うちとも取引きがあったので、両親は強く出られなくて。

 だからあちらから言い出してくれたこの機会を絶対に逃したくないと思ったのです。

 でも、オルターはともかく、オルドス子爵夫妻は私の利用価値に気付いていたので、解消は望まないと思いました。

 ですから、彼が婚約破棄を宣言したと証言してくれる人がどうしても欲しかったのです」



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