第4章 逆恨み
本人には全く自覚がなかったが、ルートンはこんな風に仕事のできる男だった。
そのため、王城内には彼を引き抜きたいと思う職場がたくさんあった。
しかもそれ以外にも、彼に救われたことのある地方の役所や商会や、病院関係者なども狙っていた。
様々な困難に陥った者達が最後に救いを求めて訪れる場所、それは教会ではなく王立図書館だというのが、近頃王都では定説になりつつあった。
なぜなら、そんな困窮者に対して図書館司書であるルートンは、その悩みに対する打開策を見つけ出せる、そんな書物を提示してくれるからだ。
図書館はお悩み相談所ではない。それ故に余計なことは一切言わず、だだそれだけ。
しかし、彼の教えてくれた本によって、一筋の希望、可能性を見つけることができたという人が多いのだ。
つまり、彼を狙っている者達のその多くは悪人ではない。しかし、様々な手を使って彼と接触しようとする輩が後を絶たなかった。
それは正直ルートンにとっては迷惑以外の何物でもなかった。彼にとって今の仕事は天職であり、図書館にいることが何よりも幸せだったからだ。
そんな彼の気持ちを知っているからこそ、親兄弟だけでなく、勤務先の上司達も馬車に乗れ、護衛を付けろと言っていたのだ。
ルートンは決して軟弱でも虚弱でもない。
しかしストレスにはかなり弱かった。
彼のあまり好みではない、ふわふわなお菓子に似たメンタルの持ち主だった。
本人はこの事にも気付いていなかったのだが、余計なプレッシャーを与えられると、彼は体調不良になり、突出して優秀な頭も働かなくなる。
周りの者達はそれを危惧していたのだ。
そのために親兄弟や職場の人間達は、できうる限り彼に余計な心配や不安を与えないように、普段から心掛け、気を付けていたのだ。
そのおかげというか、そのせいで、ルートン本人は自分の価値や危険性について、これまで全く頓着してこなかったのだ。
ところがだ。
長兄のランドルは、先日裁判所に勤める友人に呼び出されて、思わぬ忠告を受けたのだ。
「君の弟、もしかしたら逆恨みで狙われるかもしれないから気を付けろよ」
と。
そう。コスナータ男爵家とオルドス子爵家の婚約破棄騒動の件だ。
ルートンが男爵家の令嬢の証人になったことで、子爵家の有責で婚約解消になり、慰謝料を支払うことになったのだ。
「そもそもオルドス子爵家の令息の方が一方的に婚約破棄したんだろう?
弟が証人になったからって、それが何の問題だったんだ? 本人は婚約を解消を望んでいたのだろう?
有責になって慰謝料を払う羽目になったことに腹をた立てているのか? ケチくさい奴らだな」
「いや、どうも婚約解消を望んでいたのは本人だけで、両親の方は彼女を手放したくなかったらしい。
かなり優秀なご令嬢みたいだからな」
「そう言ったって、衆人環視の中で宣言したというのだから無理だろう」
「いや、そのパーティーというのが、オルドス子爵家の親類らしくて、招待客に嘘の証言を頼んだみたいなんだ。
実際に、婚約破棄騒動なんてなかったと、裁判所で証言した奴がいたしな。
ただし、男爵側の証人がガルバン伯爵家の人間だと分かった途端に、証言を撤回していなくなったのだが。
怖いもんね、ランドル君は」
「コスナータ男爵令嬢は我が家のことを知っていて、ルートンに証人を依頼したのかな?
もしそうだとしたら、頭がいいだけじゃなくて強かだね。
貴族の妻には最適だ」
「何呑気なことを。その彼女のせいで、君の大切な弟君は、その馬鹿な子爵令息の恨みを買ったかもしれないんだぞ」
「でも信じられないよな。あのルートン=ガルバンを敵に回すような真似をするなんてさ」
「全くだよ。よっぽど世間知らずなんだろう。さもなくば低レベルの人間としか付き合っていない無知な家なんだろうね。
だからって、無視するわけにはいかないだろ?」
「当然さ。実際に弟に指一本でも触れたら、そんな家潰してやるが、まだ何もしていない段階じゃこっちからは手は出せない。
防御一方になるのは腹立たしいが、仕方ないな」
それにしても、とランドル=ガルバンはこう思った。
(ルートンを心配してくれたのはありがたいが、業務上知り得た情報を漏らすのはまずいんじゃないのか。
いくら私達兄弟に恩義を感じているとしても)
そこでランドンは一応友人に
「こんなこと漏らして大丈夫なのかい?」
こう訊ねてみた。すると、彼は平然と大丈夫だと言った。
「問題ないさ。そもそも
『ルートン君が、某伯爵家のパーティーで起こった婚約破棄事件の証人になった』
という情報を入手した、俺の上司のそのまた上司の命令だから。兄貴に注意勧告してやれって」
(指示じゃなくて命令?
え〜。その人物に心当たりがあり過ぎなのだが、どうして某伯爵家のパーティーのことまで知っているんだろうか。
まさか弟を見張っているのだろうか? 怖過ぎる。
しかし影が付いてくれているのなら、我が家は護衛を付けなくてもいいのかな?)
などという、せこい考えが一瞬だけ頭をよぎったランドルだった。




