211.どこかでまた
『かつてこの世界には英雄達がいた。
魔王と戦い、世界に平和をもたらした彼らは、日本という世界から来たのだと伝えられている。
それを伝えたのは、英雄が消えた後、危険な世界を回って様々な伝承を集めたライカ・ラピス。
その父の名はレン・オラクル――かつての英雄達のひとりであり、世界を救ったエルフ。そして最後の英雄である。
かつて魔王と恐れられたリュンヌ様は、英雄達の働きによって神の座に戻り、結界杭を失いかけていた人類にレンを遣わした。
レンは結界杭を修復する術や、失われていた多くの職業の恩恵を得る方法を人々に伝えた。
レンの最大の功績が何であるのか、については議論の分かれる所だが
『七歳熱の特効薬の流通』
『妖精の発見・救出』
『英雄の時代のレシピの再発見』
『失われていた中級以上の職業習得方法』
『方程式や法則の研究・発表の仕組みの構築』
『効率的な黒蝶対策の試案提示』
『ライフジャケット、パラシュート、気球の発明』
『魔石の安定供給手段の確立』
などが言の葉に上ることが多い。
また、平和になった最近では
『猫や犬の普及』
という者も少なくない。
しかし、彼の最大の功績は
『神々との交信手段の開発』
とする向きも多い。
これにより、世界の有り様は大きく変化したのだ。
リュンヌ様は、彼に自由に生きろと言い、レンはその言葉に従った。その結果が今である。
レンは別に人類を救ったわけではない。人類も救ったのだ。
世界が滅びに向いかける中、レンは人類を含む世界を救ったのだ。
当時の神託を知る者の中にはそのように言う者もいる。
だが、それは、レンの希望で少なくともレンが生きている間は公開されることはない。
公式の記録にも残されない。
だからここに、千年の時を経たときに開封されるアイテムボックスを用意し、レンのなした事を、あくまで個人的に記録するものとする。
神々がこれを認めない場合、時の流れの中でこの記録は抹消されるだろう。
これを読む者がいるのなら、それは、この記録を後世に残すことを神々が認めた物と私は考える。』
「何書いてるんだ?」
学園の図書室で、真剣な顔で綺麗な紙に文章を綴るクロエを見付けたレンはそう声を掛けた。
すると、クロエは
「内緒」
と両手で紙を隠す。
「俺の名前が書いてあったような気がするけど?」
「……旅の記録とか色々?」
「ま、いっか。それより、サンテールの街に慰問が来てるって。こっちに来るのは3日後だってさ」
それを聞いたクロエは目を輝かせる。
慰問と言えばクロエが大好きな犬や猫のアレである。
その上今回は、待っている相手がいた。
「仔猫は?」
「ああ、今回の便で来る予定だ」
「おおっ! 迎えに行く!」
そう言って筆記用具を雑にポーチにしまい込んで、走り出そうとするクロエの首根っこを捕まえたレンは、
「いくら神託の巫女じゃなくなったからって、護衛は必要だよ」
と諫める。
レンが理論をまとめ、クロエとマリーが開発を推進した神託装置は、結果として神託の巫女の価値を大きく変化させた。
ソレイルに見たことを伝達する巫女の代表という立場に落ち着いたクロエは、前よりも更に自由になり、神託の巫女という呼び名ではなくなっていた。
加えて
「こら、お姉様の首根っこを掴むとは何事ですか!」
マリーも自由になった。
神とクロエを中継するため、生涯聖域から出る事が適わない筈だった彼女の運命は、クロエの運命の変化と共に大きく変化したのだ。
「今でもお姉様はソレイル様にもっとも近い人間ですのよ? 不敬ですわ!」
「いや、でもひとりでサンテールの街に行こうとしてたけど、止めなくても良かったのか?」
「止めなければなりませんけれど、その方法がまずいと言っているのですわ!」
マリーに近付いたクロエはレンに向って唸り声を上げるマリーを抱きしめ、その背中をポンポンと軽く叩く。
「レンに悪気はない。それに、レンは自由に生きて良いという神託はまだ有効。マリーなら分かる筈」
「……そ、それなら仕方ありませんわね。ところでお姉様はなぜサンテールの街に?」
「慰問が来ている。あと仔猫も」
「そ、それはまさか、神殿で飼う予定の?」
頷くクロエに、マリーは目を見開き、ワナワナと震え、レンを指差す。
「レン様は! そーゆーことなら早く教えなさいな! ほら、サンテールの街に向いますから用意をなさい!」
使徒ということで、レン様と呼ばれてはいるが、どうにもマリーのレンへの態度は雑である。
だが、マリーはそういうもの、と思っているレンは嫌な顔もせずに笑う。
「あー、はいはい……護衛集めて馬車を出すから、学園の門のところで待ってな」
◆◇◆◇◆
幾年かが過ぎ、エルフ以外は代替わりがあり、世界は論理的な思考、科学的な物の見方を手に入れた。
その変化はレンが思っていたよりも遙かに早かった。
世界の多くを占めるヒトがそうなれば、世界は変化に向う。
どんなことでも『よく見て、よく考える』こと。
大抵の事には因果がある事を知り、後は『視点を変えて「なぜそうなのか」と3回問いかける』ことを学べば、それは科学的な物の見方となる。
もちろん、基礎知識がなければ正答を導くことはできないが、それでも観察し、考察し、推察する習慣が身に付けば、いずれは正答に辿り着ける可能性はある。
子供の頃からそのような考え方に触れていれば、世代交代2回ほどで、かなりの部分が変化するものなのだ。
レンの想像よりも、文明発展の速度が速かったのにはもうひとつ理由がある。
それは魔法の存在だ。
加熱したり冷却したり、分離したり化合したり抽出したりといったことは、魔法の得意分野である。
素材に関する知識が不足していても、様々な実験の面倒な部分を簡略化できるのだから、そういう面では地球よりも遙かに恵まれているのだ。
レンの成した成果の大半は、レンの希望で神殿と王家の成果と発表されている。
その一番の理由は、レンがのんびりと暮すことを望んだからだが、神殿も王家もレンとの関係を維持するため、ごく一部にのみその成果が個人のものであったことを伝えている。
レンが学園から手を引き、海辺に貰った土地で隠遁生活を始めるのと前後し、ライカとレイラもレンに付き従って移住した。
レンは沢山の犬と猫を飼い、エルフの寿命からすれば一瞬で死んでしまう彼らの中からたまに産まれる、例えばアストラそっくりの仔犬を見て、当時を懐かしむような生活を続ける。
時折、昔なじみやその知合いがやってくる程度だが、その都度、世界が大きく変化していることを知らされる。
最近では素材研究によって高性能化が成し遂げられた新型の反射界――内部の人間が脅威であると感じるものを反射する結界を生み出す魔道具――が世界を変えつつある。
危険を危険と認識する必要があるため見張りは必須となるが、魔物に襲われても安全な馬車が作られたり、更には、それを用いたヘリウム式の気球や飛行船なども開発された。
安全に空を往けるとあれば、街道沿い以外にも移動ができる。
結果、滅びたと思われていた集落が再発見されたりもしている。
そうやって、世界はレンの予想以上の速度で変化していく。
◆◇◆◇◆
そして、ある日。
久し振りに神託装置ではなく夢の中でディオに再会して神託を得たレンは、王立オラクル職業育成学園の研究室に足を運んだ。
「へぇ……」
それを見たレンは、楽しげな笑みを浮かべた。
それは、レンが日本で見慣れていたサーバー用のラックのようなものだった。
片開きのラックの扉を開くと、そこには無数の配線とスイッチ、ダイヤル、たくさんの小さなライト。
それに、神託装置で使用されているタイプライターのようなキーボードと小さな印字装置があった。
「俺が生きてる内にここまで来るとは思ってなかったなぁ」
真空管の代わりに魔道具を使ったコンピュータである。
地球式に言えば、第1世代コンピュータとなる。
地球でこれらが登場したのは、レンの記憶では第2次世界大戦の頃だった。
元々この世界の魔道具の中にはオン、オフ等を判定するためのパーツはあった。
それを用いてレンが作った神託装置の入出力機構。このコンピュータは、その進化型のようなものである。
ただし、神託装置と異なり、条件などを入力するのは神ではなく人間であり、得られるものは神託ではなく数値となる。
プログラムは魔法陣という形で与えることになる。
地球の第1世代はプログラムを配線とスイッチで実現していたため、ある意味、それよりも進んだ技術とも言える。
また、その機構上、廃熱は少ないし、その気になれば魔道具はオン、オフ以外の値も返すことができるので、進歩の方向を間違えなければ、或いは地球のコンピュータ以上のものが登場するかもしれない。
(コンピュータがあって、小型化と汎用化が進めば、いつかはゲーム機なんかも作られるようになるんだろうな)
そして、超伝導神経接続型のVR機器が作られるようになれば、いつかはこの世界の中に、『碧の迷宮』のような別の仮想現実空間が作られるかもしれない。
この世界の成り立ちを知るレンは、そこに不思議な面白さを感じた。
だから、そういう物の可能性についてを、研究員に伝える。
「それは面白そうですね。しかし、人間の脳はそこまで単純なものなのでしょうか?」
「人種による違いもあるだろうし、同じ人種でも個性もあるだろうね。だから初期起動時に脳のマップを作ってやるみたいな作りにする必要があるかな。個体差を調べて記憶して、という部分を考えると今の性能では全然足りないけど」
そのためには最低でも家庭用超伝導量子干渉計が必要になるし、得た情報を分析する処理能力と膨大なデータを一時保存する広大な一時記憶領域なども必要になる。
全然足りていないというのは単純な事実だ。
「難しそうですね」
という研究員にレンはその通りだと答えた。
「実際難しいよ。でも、今あるものを発展研究していけば、いつか……200年くらいで実現できるかもしれないね」
レンの返事を聞き、研究員は苦笑いを浮かべる。
「娯楽のために200年とは、さすがにエルフは気が長いですね」
「ああ……ああ、たしかにそうだね」
レンは、自分の時間感覚が完全にエルフのそれに変化したことを知り、楽しげに笑う。
そして、ひとつ、地球の常識を付け加える。
「だが、こうした技術開発で大事なのはまず楽しめる事だ。それがあれば市場は広がる……ヒト種なら、エロスに訴えかけると広がりやすいけど、例えばエルフ相手なら知的遊戯の類いがよいだろうね」
黄昏商会の会頭が言うなら、そうなのかも知れませんね、と研究員はレンの言葉をメモに残す。
(こうして世界は繋がっていくのか……繋がり、巡り、いつかはどこかでまた会えるのだろうか?)
わかたれて久しい大勢に思いを馳せながら、レンは首から下げたペンダントを撫でるのだった。
これにて完結でございます。
読んで頂きありがとうございました。
ここまで書く事ができたのも皆様のおかげです。
沢山の感想、ありがとうございました。
それらを元に道筋が変化したり、説明が増えたりしたこともございます。
また、誤字報告ありがとうございました。とても助かりましたし、何よりも見て頂けているのだという励みになりました。
あ、ラストでレンが撫でたペンダントについての質問は受け付けません。
※作中で渡されたものとは限りません。
そこは読んでくださった皆さんが決めてくださればと思います。




