209.拠点とは?
「いや、複数に分割が良いなら複数でも一向に構わぬのだ。ただ、場所の希望を教えて欲しいのだよ。それがないと調整も出来ぬからな」
「なるほど。考える時間を頂けますか?」
主たる拠点をオラクルの村として、各地に貰った土地を村サイズで整備すればそれなりの拠点になる。
それがどこであれ、作るのはそれほど難しくはない。
問題は何を目的とするのか、となるわけだがさすがに即答は出来ない。
「半月くらいでも良いだろうか?」
「十分だと思います」
「かなり広くなる筈なので、どう分けるのかも希望があれば伝えて欲しいのだが」
「……サンテールの街とオラクルの村と妖精の村を足したくらいでしたよね?」
ルシウスの質問に、そう確認するレン。だがルシウスは首を横に振った。
「いや、サンテールの街からオラクルの村、妖精の村を含む一帯相当だと言った筈だが?」
「……でしたね……確かに一帯って言ってましたね……聞き間違いじゃなかったんですね。それってオラクルの村換算で幾つくらいなんでしょう?」
「思いきり少なく見積もっても……50程度は入るだろうな。その倍でも問題はないぞ?」
その数を聞き、レンは顔を顰めた。
「個人で管理出来る数じゃないですね」
オラクルの村換算で50箇所の土地。
数字が近い所で、例えば日本の各都道府県に別荘を一軒ずつ――レンの場合は村レベルだが――持つとした場合、滅多にそこに行けないのなら、営繕を行なう管理者も必要になる。
日本のような交通網がなく、街道に魔物が棲息するこの国において、ひとりの管理者が管理出来るのは一カ所だけである。
また、そうした管理者がいても電話もメールもないのだから、小まめな連絡は不可能に近い。
商会の商隊を伝令に使っても、情報のやり取りは年に数回。
レンなら転移の巻物で移動できるが、補充が難しい転移の巻物をそのような目的に使うのは、レンとしては避けたいところだった。
「なに、一カ所を大きくすれば数は減らせるだろ? それに代官を置けば問題はない」
「将来……700年くらいしたら、人口は今より何十倍にもなっていると思いますから、土地は大切にした方が良いですよ?」
ルシウスは冗談だと思って笑ったが、レンは真面目な顔で冗談じゃないです、と答える。
「英雄の世界でも、飢えや病気、戦いで死ぬ子供が減った後に人口が一気に増えました。俺の住んでいたあたりだと4倍程度かな?」
捕食者のいない環境のネズミであっても、餌がなくなれば増え続けることはできない。
それ以上増えれば、共食いを始めたり飢えて死ぬ。
ごく当たり前の自然の摂理だ。
人間の場合、生産可能な食料の上限が人口の上限を決める。
別に米だけを食べていたわけではないし、時代によっても推移するが、江戸時代の石高は2000万弱~3000万石強とされており、1石が成人1名が1年に食べる分量とされていた。
そして江戸時代の日本の人口は3000万人強だった。
ところが明治になり、新しい農法と農薬、肥料が使われるようになり、その上限が大きく上昇した。
また、麻疹、天然痘、おたふく風邪、それどころかただの風邪ですら、それまでは幼子の命を奪っていたが、公衆衛生水準の向上やワクチンによって、死ぬ子供が減った。
食べ物があり、子供の死因が減れば、昔なら死ぬはずだった子供は大人になり、当時の普通の生き方をすれば親になるのだ。
親の人数が増えれば、次世代では子供の数も増えるため、その次の世代の大人が多くなる。
この循環で日本の人口は江戸末期から昭和後期の間に一気に3~4倍に増加し、1億を超えた。
錬金術中級が増えれば、各種ポーション(肥料含む)の提供が広まり、似た状況になりかねない。
その説明を聞き、ルシウスは大雑把な計算を行ない、青ざめた。
「これは不味いな」
「義兄殿は今の話で理解出来たと?」
「うむ……まあヒトと獣では異なるし、実際には数字通りになるものでもないが、話を単純にしよう」
ルシウスは、柵の中にひとつがいのネズミがいるとして説明を始めた。
「その番のネズミは1世代に4匹の子――雄雌は常に同数になるとする――を産んでから死ぬが、産まれた子は子の内に半数が病で死ぬとする。この状況なら何世代経っても全体の数は変化しない」
「2匹が4匹を産み、半分が死ぬ……残りは2匹だから、親の数と同じだな」
全体の数は一時的に増えるが、結果的には最初の数字に戻るのなら、確かに全体の数は変化しないと言えるのか、とラウロは頷く。
「その病でネズミが死ななくなったとすればどうなる?」
「最初の2匹が4匹を産み、全部生き残るなら、4匹になるな」
「すると、次はその4匹。番2つがそれぞれ4匹の子を産む」
「2つの番がそれぞれ4匹産むなら、子は合計8匹で全部生き残る?……確かに倍になるな」
「そうやって世代ごとに、生き残る数が増えていくと、最初の2匹から数えて6世代後には100を超え、9世代では1000を超える」
いわゆるねずみ算であるが、ルシウスほど数字が得意ではないラウロは、そんなに増えるのかと驚く。
そして、その条件なら確かにそうなりますね。と頷くレンに、間違いないのかと尋ねる。
「最初が2匹で世代ごとに2倍になるのなら、最初の2を2倍して更に2倍、また2倍とするんです」
計算式にするなら
「最初の数」×「何倍に増えるか」の「世代数」乗
となる。
「だが分らんな。人口が増えるのは良いことではないのか?」
「人口が減りすぎた現状を考えればそう考えるのは正しい。だが何事にも限度があるということだな」
ルシウスがそう答え、レンが補足をする。
「さっきのネズミで例えると、餌は毎日100匹分を用意できるとして、今100匹のネズミがいます。次世代の数は200ですから、次世代の半数が飢え死にます。仮にこれがヒトの世界で起こったら大事件ですよね?」
「……なるほど。倍になるとすれば、そうなるのか……だがヒトはそこまで愚かではあるまい?」
「ですが、どうやって人口を抑制するんですか?」
そう聞かれ、言葉に詰まったラウロは別の対策を思いつく。
「……そうだ。抑制せずとも畑を増やして食料を増やせば良かろう……ああ、だから土地を大切にしろと言ったのか」
「そうですけど、土地にも限りがあります。いつかはこれ以上食料を増産できない、という時が来ます」
「……増産がダメなら……飢えて死ぬのを見るか、減らすしかないか……地獄だな」
減らすとは、分かりやすく言えば殺すことである。
他に住む場所があるなら、そこに移住させる方法もある。
「そこまで予想しているのなら、レン殿には何か策はないのかね?」
ルシウスが尋ねると、ラウロがそうだ、レン殿ならば、と期待に満ちた目をレンに向ける。
「効果があるかどうか分りませんけど」
英雄の世界では、高性能の避妊具がその対策のひとつとなった。とレンは答えた。
人口が増えるのが問題なら、増えないようにすれば良い。
という考えである。
「ただ、これにも問題がありますよ?」
「どのようなものかね?」
「子供があまり死なない世界では、沢山の子を成す必要はありません。だから避妊具によって子を減らせたとします。子供が少ないとその子を大事にします。ひと家族に子は2,3人。ほとんど予備がいませんので、死んだり大怪我をしたら大変です。そうなると子は労働力ではなく宝になります」
「親に取って子が宝なのは当然の話じゃないか?」
「現在の平民は子供を労働力と見做してますし、貴族もそう考えてますよね」
その辺りは個人によって異なる部分だが、貴族にしても、子供は跡継ぎであり外交の道具と考える者もいる。
「子供が宝になれば、親は稼ぎの大半を子供のために使うように変化します。これもまあ悪い事じゃないですが、これが問題の原因になるのです」
「どうなるのかね?」
「子を育てるのには大金をかけるのが常識になり、それが出来ない者が子を持つことを社会が許さなくなります。もちろん、今現在のような育て方なら問題ありませんが、平民が自身の子に、貴族の子弟並の教育を与えるようになることで、この流れは加速します」
それを聞き、ルシウスはなるほど、と頷いた。
「今でも裕福な平民が子に家庭教師を付けるという話は聞く。多くがそれを行い、それが当たり前になってしまえば、出来ない者はつまはじきか」
「そんな感じですね。そして、そうなると、人口全体に対する老人の割合が増えます。体が動かなくなってきた老人は金を稼げませんので、国の税金も減ります」
レンの言葉にラウロが疑問を口にする。
「減った分と増える分が釣り合うなら、そこまで極端な事にはならんだろ?」
「減らす前提が、人口が増えすぎた、なら、増える方は控えめになりますし、育てる人数が少ない方が、親の負担も減りますので」
「……ん? ああ、なるほど、そういうことか……それで、その解決策はどのようになるのかね?」
その言葉に、レンは苦笑いを浮かべて
「英雄の世界でも解決策は見付かっていません」
と答える。
「それほど困難な問題なのかね?」
「子供が滅多に死なない世界の親からすれば、子供は1人でも十分なんですよ」
日本では子供が親の面倒を見るのが時代遅れの考え方になり、老人は年金だけでは生きていけず、自己責任で貯えるようにと言われる。
そうすると、なくても問題のない、大きな支出が削られる。
多くの家庭では、それが2人目の子育てとなる。
自分が末代とならないようにするには子供が1人いれば良い。
二人目を作るお金があれば、1人目の子供の世話にならずに済むように、老後のために貯える。
個人の将来に対する不安がある以上、こうした考え方も、決して間違いとは言い切れない。
その説明を聞いたルシウスは、難しい表情で腕組みをして溜息をついた。
「つまり、平民が未来に不安を感じて蓄えを始めるから子供が増えないという理屈かね?」
「前提として子育てにたくさんのお金と時間が必要になるからというのもありますが、不安があるからという部分はその通りです」
「……不安の解消というのは難しいですな」
ラウロが呟くと、ルシウスは頷いた。
「理詰めでこうした方が良いと言っても、不安とは実感がないと解消されないもの。一度でも不安を抱かれるとよほどのことがなければ安心はすまい」
「……まあ、そういう事があるので土地については少なめに……そうだ、俺が好き勝手言ったから、面積は小さくするとかどうです?」
「ん? どういう意味かね?」
「例えば王都のすぐそばの土地を要求したとか、聖域のすぐそばの土地を要求したとか……要は、稀少な地域の土地を求めたって感じで」
未開拓の土地であっても、地域によって将来性は全く異なる。
実際、木しか生えていない森の奥と、街道沿いの土地であれば、特段の理由がない限りは街道沿いの土地に価値を見出す。
「ああ、そういう意味でなら、オラクルの村の周辺の土地は注目を集めているが、レン殿が再開発をした土地と認識されているから、実のところ、あまり意味はないのだよ」
「……なるほど……ん? でも、実際に俺が権利を持ってるわけじゃないですよね?」
「まあ、書類上の権利について言えばそうなる……だがそれは褒賞としてはどうなのだ?」
ルシウスのその問いかけにレンは、それなら問題はないと笑った。
「明文化されていないなら、十分な褒賞になります……あ、でもサンテール家にも確認が必要ですね」
「そちらは問題はないが、広めにしても褒賞としては少々不足するな」
「詳細は周囲に確認した上でとなりますけど、オラクルの村周辺――範囲はコンラードさんに相談した上で決めますが――それと海岸線に近いどこかに村二つ分の土地をお願いすることになる予定としておきます」
「ああ、報告のあった貝の取れるあたりかね?」
レンは首を横に振った。
「俺があの辺にいると騒ぎになりそうなので。単に魚介類や海砂なんかを確保するためです」
「それなら、ターラントにも支店を作ったと聞いたが?」
「それは商会のものです。俺の拠点ってわけじゃないですから」
「……ところでレン殿が作る拠点はどのような物になるのかね?」
レンは少し考えてから
「砦かな?」
と答えるのだった。
読んで頂きありがとうございます。
また、誤字報告ありがとうございます。とても助かっています。
感想、評価などもモチベーションに直結しております。引き続き応援頂けますと幸いです。
江戸時代の上流階級では、鉛毒(主におしろい。母や乳母のみならず、着飾らせるように子供にもおしろいを付けたとか)も子供の死因の可能性があるとされています。
日本て有名なねずみ算は塵劫記(算術署)に記されたもので、ネズミの夫婦が毎月12匹の子を産み続ける(親世代も死なない)みたいなもので、12月には270億を超えます。
最初は2匹で、以降7倍なので、2×7×7×7×7×7×7×7・・・のようになります。
なお、この世界では七歳熱の特効薬と、労働人口に数えられない子供でも使える安価なポーションの普及により、昭和初期くらいまで乳幼児の致死率は低下する見込みです。
あ、ワクチンの副反応は二日後に出て、頭痛と発熱でした。
あと、関係あるか分りませんが肩というか、首の凝り。。。




