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元ブラックギルドリーダーのその後③ ~とある国の研究施設にて~


「よし、休憩を取っていいぜ」


 とある国のダンジョン研究所。パンパンと手を鳴らしながらファルアズムが寄ってきた。

 重く疲れた息を吐き、リードがその場に腰を下ろした。


「流石元Sランク冒険者。腕っぷしだけは強いねえ」

「……」


 労うような声色でファルアズムが肩を叩いてくるが、暗に力しか取り柄の無い馬鹿だと言われている。

 無意識か故意かは判断しかねるが、心の底で見下しているのには違いない。

 遠目からリードを見る視線は、死刑囚を見るときのものと一緒だ。


「おかげさまで逃げ出す死刑囚もいない。管理の手間が省けて助かるよ。僕もダンジョンを攻略できるようになった分、秘宝の回収効率も段違いだ」


 ある程度死刑囚を食わせてダンジョンを育てると、ファルアズムは、国に仕えている役職持ち達を引きつれて、育てたダンジョンの攻略に挑む。

 そして養殖したダンジョンの生態を調べ、最奥部の秘宝を手に入れて帰ってくる。一部のダンジョンはあえてダンジョンブレイクを起こさせて、散らばった種子を【ダンジョンシード】に閉じ込めて、研究所に持って帰って、再びダンジョンを養殖する。


 この方法で死刑囚えさが無くならない限りは、無限に秘宝を生産できる。時々流れてくる会話を聞く限りだと、他国から金で死刑囚を買ってくることもあるらしい。

 大量に死刑囚をダンジョンに投入したときには、数日徹夜でダンジョンの見張りをすることもあった。

 休憩が出るということは、今はストックが少ないのだろう。


 リードが何も言わずに俯いていると、ファルアズムの金水晶の冒険者証が輝いた。


「……はあ?! もう入り口にいる?!」


 一瞬、金水晶から何者かの声が漏れてきた。あの金水晶は念話石か。

 何者かは分からないが、「……毎度毎度、アポなしで来やがって」と苛立ちながらも迎えに行く様子から、どうやら立場は上の者らしい。


 自分には関係がないだろうと、リードは回復に努めるが、SSランク冒険者のファルアズムより上の立場の者とくれば、その正体は連盟の党首であることは、その時考えつかなかった。

 自分を罪人にした張本人の来訪を目前に、リードはゲートの前で座り尽くした。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「よおダンジョン研究者。研究は捗っているかい?」


 いつものニタニタとした表情とは異なり、冷酷な笑みを浮かべたスケイルが研究施設にずかずかと入ってきた。

 その少し後を、ナスタが付いて歩く。


「……いつも言っていますが、来るならちゃんと連絡してください。こっちだって迎える準備というものがあるんですから」

「いらんよ君の接待なんか。それよりも不都合なことを隠される方が面倒だ」


 愛想のいい笑みを浮かべながらファルアズムが愚痴を言うが、スケイルはそれを冷たくあしらった。

 

「厄介なことに、君の【カモフラージュ】の魔法は、僕の探知眼ですら回避するからね。だからこそわざわざ成果をこの目で確かめに来てやってるんだ。愚痴を言う暇があるなら、感謝ぐらいしたまえよ」

「ご足労いただきありがとうございます」


 皮肉を皮肉で返しながら、ファルアズムは研究所の応接室へと案内した。

 応接室へと続く道の途中で、研究所の施設をスケイルたちが見回っているときに、休憩を取っているリードとなんとなしに目が合った。


「……」


 スケイルはリードと一瞬だけ目が合った後、興味がなさそうな顔でファルアズムの後を着いていく。

 その時は何も思わなかったリードだったが、


「……っ?!」


 その後に続くナスタの姿を見て、見る見るうちに表情を青ざめさせた。


「【理の操者】……?!」


 世界で5人しかいない(リードはアインスがSSランクに昇格したことを知らない)SS冒険者。自分が連盟に指名手配されている以上、ナスタはリードにとっては見つかってはならない存在だ。


 幸いにも、ナスタとは目が合うことはなかったのだが——


「あの男……何者だ……?!」


 そのSSランク冒険者を後に控えさせ、同じくSSランク冒険者であるファルアズムに道を案内させる謎の男。その存在が脳から離れなくなる。

 

 そういえば、Sランク冒険者に昇格したときに、他言無用で党首に仕える人材を募集する文書が個人宛てに届いたか。


 人に仕える気質でもなく、加え自分のギルドを運営するために、すぐさま文書を破いて捨てたのだったが——


 まさか、あの男がそうなのか。


 そうなるとさっき目が合ったのはまずい。


 まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずい。


 連盟の冒険者を殺し、あまつさえダンジョンブレイクを起こし、多くの地域に多大な損害をもたらしたリードは犯罪者。

 連盟から犯罪者が出た場合、基本的にはその地域の政府と連盟が協議し、その者の罪状を決める。

 確定はしていないが、無期懲役は確実で最悪死刑。


「落ち着け……そもそもあの男が党首でない可能性だってあるんだ……!」


 自分に言い聞かせるように呟いてから、リードは謎の男が通った後を、こっそりとつけ始めたのだった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 リードは研究室のドアにそっと耳を当て、中の会話に聞き耳を立てた。


「目新しい成果が上がってないね」


 中ではスケイルが、提出された資料や研究で手に入れた秘宝を確認しながら、小さく息を吐いた。


「ええ。幻覚魔法で死者の意識をコントロールして、ダンジョンの思考や生成される秘宝を傾向づけるのは限界があるかと」

「まあ、データが増えた分には進捗か。これで死者の思考とダンジョンの成長が相関関係にあることが、より確かになったわけだ」

「幻覚魔法で操れるのは、表層の意識だけです」


 渋い顔で資料を眺めるスケイルに、ファルアズムが言葉を添える。


「今まで餌にした死刑囚は、自分の悦楽や私腹を肥やす為だけに、殺人や犯罪に手を染めるような利己的な人間しかいませんでした。別な成果を上げるためには、ダンジョンに食わせる人間を、もっと別な思考の人間にする必要があるかと」

「……了解だ。ご苦労だったな」


 眺めていた資料をガサツに机に放ると、スケイルは服を正しながら、席を立ちあがる。


「ダンジョンの研究はここが限界だな。来月にでも研究を打ち切り、君も冒険者業に戻るといい」

「……今、なんと?」


 突然の宣告に、ファルアズムが怪訝な表情でスケイルに聞き直す。


「もうダンジョンの研究をするなって言ったんだ。成果物を連盟に納めて、直ちに連盟に戻ってこい」

「何故です?! まだダンジョンの全てを解明したわけじゃない‼ 手法を変えれば、まだ見ぬ成果を上げることだって——」

「おい。発言には気をつけろ」


 一方的な宣告に怒り狂うファルアズムを、スケイルが冷たい声で刺した。

 普段のへらへらとした憎まれ面など面影も残っていない、只々威圧的なオーラを放ち、ファルアズムを無言で睨むスケイルに、ファルアズムは熱を収め、「すいません」と頭を下げる。


「……熱くなりすぎました。党首様に対し失礼な物言いを」

「言葉遣いじゃなくて、発言の内容に気をつけろって言ったんだよ」


 怒りの熱を収めたファルアズムに対し、スケイルの圧は増すばかりだ。


()()()()()()()って言ったな、お前。……新しい成果を上げるために、何を画策していた?」

「…………」


 スケイルの質問に、ファルアズムは余所行きの表情を引っ込め、スケイルに劣らない冷酷な表情で対峙する。


「……言葉のあやですよ。ダンジョンの研究を愛する私としては、余りに一方的な宣告に勢いが余ってしまっただけです」

「そうか。……ナスタ」

「はい」


 スケイルの呼びかけに、ナスタが大量の資料をマジックバックから取り出した。

 枚数にして凡そ500。机を揺らす質量の紙束を前に、ファルアズムが「これは?」と眉をしかめる。


「ここ最近、この国で戸籍を持たない者や、他国から流れてきた難民たちの消失が相次いでいる。凡そ100名ほどか。巧みに情報を操作して隠しているつもりだろうが……僕の目は誤魔化せない」


 スケイルが探知眼を発動させ、金色の輝きでファルアズムに睨みを利かせる。


「連盟には関係ないことでは?」

「そうだな。お前さえ関わっていなければ」

「……おっしゃる意味が分かりませんね」


 嘲笑をしながら、ファルアズムが首を振る。

 覚えがないというよりは、どこか開き直ったような態度にも捉えられる振る舞いに、「これは僕の持論——即ち連盟の方針だが」とスケイルも声を低くし続ける。


「僕は他所の政治に口出しをするつもりはない。死刑囚の扱いはその国の政治が決めることだ。実験動物(モルモット)にしようがぞんざいに扱おうが、僕の知ったこっちゃあない。……だが、何の罪もない人間を、そう扱うのなら話は変わる」


 スケイルが押さえていた殺気が、一気に膨れ上がり、空気を瞬く間に支配した。

 急激に重くなった空気に、ファルアズムだけでなく、スケイル側についているナスタでさえ、一瞬息を詰まらせた。


「この世界を管理する者として、人に仇をなす存在を許しはしない。そんな害獣は人であろうが、国であろうが——僕が責任もって晒し首にし、人の尊厳を守るための、秩序の肥やしにしてやるよ」


 喉元を鎌でなぞるような視線に、ファルアズムは負けじと目を細くして、殺意を顕わに様子を伺ってくるスケイルに向かい直る。

「もう一度聞く」とスケイルが前置きをして続けた。


「この件に関して、本当にお前とこの国は関りがないんだな?」


 これが最後の質問だ。

 言外に意味を含めた、重みのある問いに、ファルアズムは暫くの沈黙の後、「はい」と小さく答えた。


「疑わしいうちは罰しないが、この国の所業が明らかになるのは時間の問題だ。直ちに手を切って連盟に戻れ」

「畏まりました」

「それともう二つ」


 一つじゃなくて二つかよ。

 不快感をあらわにしたファルアズムに、スケイルが指で指しながら告げる。


「僕の探知眼()から逃れられないことは、忘れるな」

「……もう一つは?」

「ドアの外にいる害獣は……いつ殺すんだい?」


 そう言われて、ファルアズムは表情を硬め、ドアの方をばっと見る。

 

「出て来いよ犯罪者。まさかこのままのうのうと長生きできるなんて思ってはないだろうな?」




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