防御特化と雲上の城3。
「ふー、サリーいないなあ……」
びちゃびちゃと音を立てて、雨が降り水で床が覆われたフロアをメイプルは行く。
いくつかの階段を下り随分下へと進んだものの、サリーがいるような痕跡はない。
進むうちにメイプルの動きも最適化されていき、今は【毒性分裂体】による毒塊発射によって進路全てを毒に沈めながらの移動を続けていた。びちゃびちゃと音を立てる。それは勿論雨による水たまりに踏み込んで水が跳ねる音だけではなく、降り注ぐ毒によるものも含まれている。
【毒竜】と違って【毒性分裂体】は一度呼び出してしまえばMPを使わずとも際限なく毒を放ち続ける。足元に水が広がっていることもあり、それに溶け込んだ劇毒はフロア全域に広がっていた。
敵の用意したフロアとの合わせ技で全域を即死効果のある毒水で浸したメイプルは、傘を差したまま雨模様のフロアをのんびり歩くだけで良かった。
生まれ落ちたモンスター全てはその瞬間から致死毒に侵され、メイプルに危害を加えるよりも先に消滅しているのだ。
「ふんふふ〜んふ〜ん……ん?」
こうして鼻歌を歌いながら雨を楽しんでいたメイプルは、また一つ下へと進む階段を発見し立ち止まる。
これ幸いとお気に入りの傘を閉じて、とんとんと階段を降りていったメイプルの前に現れたのは大きな扉だった。
「あれ……?」
何度も見てきたそれは見紛うはずもない、ボス部屋を意味する大扉。
サリーと合流するより先にボス部屋の扉を見つけてしまったメイプルは、さてどうしようと考え込む。
「ダンジョンには二人で入ったし……私一人で倒しても大丈夫だけど……んんー」
サリーがいないことで機動力や対応力は大きく落ちる。他にも高い防御力の敵が出てきた時など、一人で挑戦することの裏目は多い。
各フロアをくまなく探索するのではなく、階段を見つけた段階で一旦降りてみるを繰り返したメイプルは、どこかでサリーと会えたかもしれないのかと、振り返ってマップを確認するためパネルを呼び出した。
「あっ!」
そこで初めて気づいたのは、いつの間にかメッセージを送ることができるようになっているということだ。
解除される条件を推測したメイプルは、おそらくボス部屋到達がそれに当たるのだろうと結論づけて。何はともあれこれで連絡が取れるとサリーに現状をメッセージで伝える。
「送れた!……あ、でもサリーのデバフが残ってると返信はできない?」
サリーの状況は分からないが、メッセージが送れる状態であれば必ず返信してくるだろう。メイプルはしばらく待ってみることにして、インベントリから椅子とテーブルを取り出してスイーツでも食べて待つことにした。
「皆も座る?」
ギルドメンバー全員でくつろげるようインベントリの中にはいくつも椅子がある。メイプルはそこに【毒性分裂体】を座らせ、マットに【捕食者】を寝かせて、時間を過ごすのだった。
しばらくのんびり待っていたメイプルは、メッセージの受信音が響いたのに反応して早速それを確認する。
「やった!サリーから……ふんふん」
内容をよく読むと、サリーのいる場所は上へ向かう階段しかなかったこと。同じくボスの扉前に辿り着いたこと。そして、おそらく合流することは不可能でパーティーを二つに分断して、二体のボスをそれぞれに攻略させるダンジョンであることが書かれていた。
サリーは一人でボスを倒しに行く。同じようにメイプルも目の前の脅威を一人で打ち倒さなければならないだろう。
合流できないなら今できることはただ一つ。無事にボスを撃破して、ダンジョンの外でサリーと笑顔で再開することだ。
メイプルはサリーに必ず勝ってみせると返信し、インベントリに椅子とテーブルをしまって立ち上がった。
「よーし、やるぞー!」
一つ気合を入れて、メイプルはボス部屋に続く大扉を開け中へと入る。
中は薄暗く奥まで見通せないが、広い空間であることは間違いない。静寂が支配する部屋の中を一歩前へ歩み出すと、ギィと音を立てて背後の扉が閉まる。
それを合図に、ピシャンと雷鳴が響き両側の壁際を雷が駆け巡り、それが明かりとなって部屋の奥が見えるようになった。
奥にある玉座に座っていたのは、彫刻かと思うほどの純白の体を持ち、王冠を乗せ立派な髭を蓄えた王らしき存在だった。
座っていてもなおメイプルの数倍はある体躯は、距離があるにも関わらず存在感を放っている。
間違いなくあれがボスだ。メイプルがそう理解して武器を構えると、ボスは閉じていた目を開ける。
その目に宿る赤い光は純白の体によく映え、一層禍々しいものに見えた。
「……侵入者を、排除せよ!」
低く響く声。それに合わせてボスの手前の床が柔らかな雲に変質し、そこから道中でも見た甲冑の大男が這い出るように姿を現す。
「……!」
戦いの気配。空気が張り詰める感覚。
そんな中でメイプルはしっかりと持っている武器に注目していた。
大斧だけでなく剣や槍を持った大男が混じっている。メイプルにとって全ての戦闘はダメージを受ける攻撃か、それ以外かを認識して対処することで構成されている。
ダメージを受ける攻撃を防ぐ。誰でも行う基礎的なやり取りではあるが、メイプルの高い防御力はそれをより簡単に単純に変えてしまう。
サリーを待つ間、メイプルは何もただくつろいで待っていたわけではない。
どういった敵が現れ、それに対してどう返すか。何パターンものカウンターアクションを考えるのにあの待機時間はちょうどよかったのだ。
「【再誕の闇】!」
白に対する黒。迫り来る純白の兵を前にメイプルの足元からは泥のように黒い闇が拡散する。その背に四枚の白い羽を伸ばしながら、メイプルは【古代ノ海】によって生んだ魚、【捕食者】、【毒性分裂体】をすべて化物に産み直す。
「こっちこっち!」
メイプルは生まれ落ちた異形達のうち一部を呼び寄せると、自身を包み込むように絡み合わせて異形達でできた球体の中に閉じこもった。
ギチギチと嫌な音を立てて絡み合う異形達は中にいる主への攻撃を物理的に阻害する。
【身捧ぐ慈愛】による庇護を受けずとも、レアスキル由来故の高い性能と【救済の残光】による回復とダメージカットが、ボスの呼び出した兵に負けない力で前線を押し上げる。
「【鼓舞】!頑張れー!」
化物の中で守護天使が声援を送る。兵士を薙ぎ倒して、ボスに喰らい付いて、純白の部屋を黒が埋めていく。
メイプルは異形の塊の中で戦況を眺めつつ、前線に送り込みボスまで辿り着いた異形達のHPが、ボスの攻撃で削れながらもボスといいダメージトレードを繰り返しているのを確かに確認した。
「もうちょっと……皆前進!」
絡み合って球体になった異形から足が伸びてガサガサと体を揺らしながらボスに向かって前進する。
射程内かつ、適度なHP量。ボスが行動パターンを変化させ、落雷が異形を焦がし、最前線で戦っていたものから順に倒れ始めたその瞬間。最後方でメイプルを包んでいた異形の蕾は花開いた。
「【攻撃開始】!」
一直線にボスの元まで。爆炎の尾を引いて、城壁を飛び越えた時と同じ出力で今度はボスに突撃する。もう何度も繰り返してきた自爆飛行は飛行機械よりも綺麗で淀みない飛翔だった。
「【大地の揺籠】!」
降り注ぐ雷の中、メイプルは玉座の目の前の地面に着弾しそのまま地面に吸い込まれた。
それは防御不可能、阻害不可能なバーストダメージを叩き込む下準備。
砲台も、砲弾も自分自身だ。
「どーだっ!」
メイプルが地面から飛び出すと同時。凄まじい量のエフェクトが視界を埋め尽くす。【滅殺領域】【滲み出る混沌】【毒竜】【機械神】【古代兵器】。【水底への誘い】で【悪食】をも叩き込んだメイプルは、ボスが怯んだその瞬間最後の一撃とばかりにその胸のスパーク爆ぜるコアを露出させる。
「【ブレイク・コア】!」
攻撃動作は取れなくなるが、メイプルは既に一方的にバーストダメージを叩き込んだ後だ。範囲内にボスをしっかりと捉えて発生した視界全てを覆う爆炎は、雷の光のみが照らしていた部屋の中に人工の太陽を生み出した。
轟音。それが収まったのち王の目に揺れていた赤い輝きは消えており、玉座にもたれて穏やかな目でメイプルを見下ろしていた。
「我が内に巣食う悪き力を払ってくれたようだな……礼を言う」
その言葉にメイプルは目論見通り素早く戦闘を終わらせることができたのだと、ほっと一安心して背筋をピンと伸ばした。
「あ!いえいえ!大丈夫……ですか?」
「無理を言うようだが、同じように我が妃を、救ってほしい……」
息を整えながらそう言う王に、メイプルはサリーが戦っているだろうもう一つのボスの正体を察した。
「分かりました!」
「頼んだぞ……」
そう言うと王は体を休めるように目を閉じる。それと同時にメイプルの目の前にゆっくりと黒い塊が落ちてきてその場に止まった。
メイプルが手を伸ばすとそれはアイテムとして手に収まる。『魔王の魔力の欠片』と名付けられ、二つで『魔王の魔力』となると説明書きがなされたアイテム。
メイプルが今回目的としていたアイテムで間違いなかった。
「もう一つはサリーの方だから……あ、魔法陣も出てる!」
帰還用の魔法陣も出現し、これに乗って帰れとそう言われているようなものだ。ここは素直に用意されたものを使うことにして、メイプルが魔法陣に飛び乗ると、分断された時と同じ視界を覆う輝きに包まれて転移が始まった。
眩しい光に目を閉じていたメイプルはやがてぱっと目を開ける。するとそこは二人が分断された通路だった。正面には城内に入るための入り口が見えており、ダンジョンをクリアして帰り道が提示されているということなのだろう。
「ふー、サリーを待たないと……」
「ふふ、誰を待つって?」
「え?ええっ!?」
「お疲れ様メイプル。その様子だと無事に勝ったみたいだね」
隣から聞こえてきた聞き覚えのある声。メイプルがそちらに顔を向けるとひらひらと手を振るサリーの姿があった。
「すごーい!流石サリー!私もかなり上手くいって早く終わったと思ったんだけどなあ……」
メイプルは持てるスキルを全て使って超短期決戦を仕掛けたと言える。サリーの技術と火力は知っているが、想像以上にクリアが早かったため驚いた様子で目を丸くする。
「運が良かっただけ。防御を固めてくる相手だったけど、その分好きにできたし」
「うわー、そっちだったら危なかったかも」
防御を固めてくるより効きもしない攻撃を激しく繰り出すタイプの方がメイプルにとって御し易い。
「ね、メイプルもクリアしたなら持ってるでしょ?」
「うんっ!欠片だよね……えーっと、はいっ!」
メイプルがインベントリから取り出した『魔王の魔力の欠片』とサリーが手に持っていた『魔王の魔力の欠片』は近付けると互いに引かれ合って、手から離れて宙に浮かび一つになった。
「やった!『魔王の魔力Ⅳ』!」
「よしっ、これで長かった雲の迷宮もクリアだね」
「次はー、あ……」
「うん……残念ながら六層エリア……」
「ま、任せてよ!ちゃんとクリアするから!」
「うん……」
次は死霊蠢く六層エリア。その性質上二人にとって幸先のいいスタートとはいかないが、ともあれ五層エリアを完全攻略した事実を喜びながら王城を後にする二人なのだった。




