防御特化と雲上の城2。
光はすぐに収まり、メイプルは細めた目を見開き隣に声をかける。
「……!だ、大丈夫サリー!?あ、あれ?」
そこにサリーはいなかった。庇いきれなかったのかと、そう考えそうになった所で、メイプルは周りの景色が変わっていることに気づく。
「あ、転移だ!」
倒されたのではなく転移した。それもおそらく二人別々の場所に。
メイプルはサリーと連絡を取るため、メッセージを送ろうとしたものの、メッセージ機能には大きく赤いバツ印が付けられており使えない状態となっていた。
「特殊なデバフ……【断絶】?ふんふん、これのせいかあ」
これによりコミュニケーションが取れなくなっているようで、駄目元でイズから貰ったデバフ解除のポーションも使ってみたものの、やはり通常のデバフではないようで解除はできなかった。
「進むしかないよね……うん、サリーはきっと大丈夫!」
自分なんかが心配せずともサリーは上手くやってのけるだろう。メイプルはそう割り切ると自分にできることを探し始めた。
とりあえず周りにモンスターはいない。外と同じ敵なのか、防御貫通攻撃を使うのか、他にトラップはないのか。
分からないことがほとんどであるため慎重に進むメイプルは、曲がり角から顔を出した所でとあるものを見つけた。
「下かあ……」
メイプルの目の前に現れたのは下へと向かう階段。転移前に話していた上へ向かうという目標からは真逆のルートではあるが、ここを先に見ておけば城をくまなく探索することができる。
地下を全て見て回って、何もなければ上へと向かう。これならばサリーの言ったような解除必須のギミックの有無は確かめられる。
「よーし!こっち!」
地下から行けば間違いはないと、メイプルは見つけた階段を下っていく。
一つ下の階へと進むと、そこは深い霧に包まれ数歩先も見えない状態だった。ライトで前方を照らしてみても先の様子は分からない。
「進むしかないかあ……」
立ち止まっていても仕方ないと、メイプルは濃霧の中に足を踏み出した。
「そうだ!【捕食者】!【毒性分裂体】!」
メイプルは歩きながら思いついた。敵がいるかどうかすら見えないのであれば、勝手に感知してくれる味方を呼べばいい。
どろりとした毒が滲み出て、メイプルそっくりの分身となり、地面に広がった闇からは二体の化物が生み出される。
これならメイプルが敵を認識できなくとも範囲内に入った瞬間に勝手に襲いかかってくれる。
「【刀身展開】!【救済の残光】!」
曲がり角を見逃さないよう壁に手を付け、長く伸ばした刀身の先端を逆側の壁に付けて、ガリガリと擦りながら廊下を進んでいく。
【身捧ぐ慈愛】を温存する分、【救済の残光】の防御フィールドを展開し、召喚した配下を守るつもりなのだ。
そうしているうち、メイプルよりも早く配下の化物が反応して前方へ駆けていく。
「なになに?何かいる?」
メイプルがじっと目を細めて濃霧の向こうを見つめたその時、前衛となっていた化物を押しのけて目の前にまで迫った、霧に同化する白い甲冑の大男がその手に持った大きな斧を振り下ろしてきた。
「ええっ!?あっ!?うぅ……」
ガゴォンとおよそ人と金属とがぶつかったとは思えない音と共にメイプルの脳天に大斧が直撃し。
メイプルは首から上だけを残して地面にめり込んだ。
「ふぅー、こっちがサリーじゃなくてよかった……あ、でもサリーなら避けてたかなあ」
めり込んで身動きが取れない状態で、さらに繰り返し地面に埋める攻撃を受け続けて、メイプルが埋まっている時間を示すタイマーがリセットされ続けて脱出できない状態だ。
本来ならこのまま一方的な攻撃を受けて倒されるのだが、埋まりはしてもダメージは受けないメイプルはそのまま頭を叩かれながら呼んだままの化物達に指示を出す。
「【挑発】!あとはお願い!」
埋まる分には問題ないと【毒性分裂体】を呼び戻し、甲冑で守られた大きな足にぴったりとくっつかせる。
見た目が可愛らしくとも、その中身は劇毒の塊だ。それもメイプルが使う場合は文字通り死に至る毒に強化されている。
抱きつくように密着されてしばらく、高く保たれていたHPは一瞬にして全損する。
【蠱毒の呪法】による即死。メイプルと同じ防御力を持つ排除困難な生きた毒に張り付かれ、その身に回った呪いが大男を殺したのだ。
「……いつ抜けられるんだろう?」
元凶となった敵は倒したものの、メイプルは畑の野菜かの如く地面に植わったままである。
「毎回こんなふうになってたら大変だし、進み方を考えないと」
幸い攻撃は効かないため、追加が来ても問題はない。メイプルは元に戻るまでの間、スキルを使い過ぎない適切な対処方法をのんびり考えるのだった。
一方その頃、同じく分断されたサリーはというと、素早く周囲の状況を確認し上階へと向かっていた。
メイプルとは違いサリーは転移した先のフロアをまずくまなく探索した。いくつかの通路は隔壁らしき破壊不能の白い壁で塞がれており、先に進める道が上階へ繋がる階段しかないことは確認済みだ。
「メイプルは……うん。心配しても仕方ないし、むしろ私が負けないようにしないと」
全プレイヤーの中で比較しても、メイプルの単騎性能はずば抜けている。多彩な攻撃と鉄壁の防御。客観的に見て、心配する必要などないと言えるプレイヤーに成長した。
ずっと隣で見てきたメイプルならきっとこの困難を乗り越えるだろう。だからこそ、自分がしくじるわけにはいかない。
「敵がそんなに強くないのはありがたいけど」
サリーが曲がり角からほんの少し顔を出して曲がった先の通路をチラッと確認する。
そこには遠目にも分かる迎撃用の砲が台の上に三つ、バリケードを置いて守りを固めつつ、メイプルも見たような大斧を持った甲冑を纏う大男二体が大砲までの道を遮っている。
二人の侵入に応じて守りを固めているのは間違いないが、これくらいなら問題はないと、サリーは躊躇なく曲がり角を飛び出した。
「【水竜】!」
ここ最近で身につけた使い勝手のいいロングレンジの水魔法。
指向性を持った水塊は手前の大男を抜けて的確に奥の砲手へと襲いかかる。
そうして奥からの砲撃を妨害すると、豪快に振るわれた大斧をするりと回避し足元に滑り込む。
「朧【火童子】!【水纏】【ダブルスラッシュ】!」
武器に追撃効果を付与して隙の少ない連撃で短い時間で大きなダメージを叩き込む。
「やあっ!」
飛行機械による自由な空中機動で、敵の放つ攻撃を躱し続け、砲手からの砲弾も完璧に捌ききって大男二体を素早く処理すると、勢いのままに砲手に突撃する。
「【鉄砲水】!」
噴き出した水で再度敵の体勢を崩し作った隙を活かして接近すると、素早い連撃で距離を詰められなす術のない砲手達を一瞬で葬り去った。
「ふぅ……火力は足りてるな」
苦もなく五体のモンスターを倒しきり、サリーはそのまま奥へと歩みを進める。
メイプルと合流できるかは分からないが、できなくとも戦っていけそうなモンスターが相手であるのは幸いだった。
「五層エリアは範囲攻撃も多かったし……そういうのがないといいけど」
大雨や雷による範囲攻撃はサリーのスタイルと相性が悪い。それでもここまで倒されずに戦ってきたのも事実。やってやれないことはない。
「フロアが区切られてるのは気になる……ただ歩き回っていても合流はできないか……?」
負け筋を考えながらサリーは出会うモンスターを斬り捨てる。
初めて見た敵はその動きを確認し、手の内を完璧にインプットする。
もしサリーに当てられる可能性があるとするなら、それは未知のモンスターの渾身の初撃ただそれだけだ。
しかし、それすらも【神隠し】【空蝉】の確実な防御に阻まれる。
「ボスの単機撃破も考えないと」
光となって消えゆくモンスターを尻目に、サリーはメイプルとはまた違った方法でダメージを受けることなく攻略を進めるのだった。




