防御特化と機会。
メイプルがミィと二人クエストをこなしている頃、サリーはクエストもそこそこにマップを隅から隅まで移動して回っていた。
「大まかな地図くらいなら用意されてるけど……やっぱり実際にこの目で見て確かめておかないと」
地図上にはどこに森があるだとか、川や湖があるだとか、隠しエリアでもない限り、一目見てわかるような地形の情報は記載されている。
ただ記載されていると言ってもそれが完璧なものでないのも事実である。川があるとされていても、それがどれだけの幅や深さなのかは分からないし、洞窟の入り口のように遠くから見て分かる地形と言えないようなものは、地図に載っていないことがほとんどだ。
さらに言えばそこに生息するモンスターなどは、出向いてみないことには詳しく知ることができない。
メイプルが出会った、こちらを凍らせてくる竜のような不意に出会うと危険なモンスターもいるのならそこは危険な場所として記録しておくべきだ。そうすることで特にイズやカナデ、マイやユイのようなHP、防御力共に低めな面々の探索時の事故を減らすことができるだろう。
「次のイベントフィールドでモンスターが出ないならそれでいいんだけど」
何度も言うが念には念を、準備不足で足元を掬われることはなくしたいというのがサリーの考えだ。なんならサリーの防御系ステータスはレベル1のプレイヤー以下と言っていいものであり、事故を減らすためのこの調査は何より自分のためでもある。
武器の形状変化により盾をも持つことができるようになった今、きっちり実力を発揮できれば捌き切れない攻撃はほぼ存在しないだろう。つまるところ、この調査は集中力が落ちてきた時のためのものなのだ。反射によって避けられないほど集中力が低下していたとしても、その攻撃を事前に知っていれば準備を早めることができ避けられるといったケースは確かに存在する。
サリーにとって戦う前の準備はとても大事なことなのだ。
そんなわけで、レベル上げやクエスト進行もそこそこに、サリーはフィールドのモンスターと地形を隅々まで見て回っていた。
「やっぱり炎と雷がベースになっている方は攻撃的なギミックが多いなぁ」
水と氷ならメイプルがされたように、凍らされて動きを止められてしまうような攻撃やトラップが想像できる。
逆に炎や雷はもっと直接的にダメージを与えてくる印象だ。
実際にサリーは地形にも明確な差を感じていた。
水と自然の国には、凍てつき【AGI】を低下させる冷気を放っている場所があるのに対し、炎と荒地の国には見るからにダメージを与えそうな溶岩が絶えず噴出している場所があった。
前者はサリーやカスミなどの強みを奪う地形であり、後者はメイプル、マイ、ユイが固定ダメージを受けて呆気なく倒れてしまう恐れがある。
どちらの地形に攻め入りたいか、どちらの地形なら有効に扱えるか、判断基準は様々だがサリーは改めて陣営決定の際の重要な点であることを認識する。
そうして調査を続けていると、同じように地形を確認しては何か記録を残しているプレイヤーを見つけた。
「一人なのは珍しいね」
「……?サリーさんですか、お疲れ様です……」
サリーに声をかけられるとヒナタは挨拶を返しつつぺこっと頭を下げる。
「そっちも地形やモンスターの調査?」
「はい。ベルベットさんはこういうことはあまりしないので……も、もちろんしなくても大丈夫なくらい強い人だからなんですけれど」
「それはそうかもね」
インチキじみたスキルを大量に持つメイプルにも負けない威力と範囲での雷撃ができ、一方でサリーにも劣らないスピードでのインファイトも可能であり、その水準の高さが理解できる。
「でも、できることはしておこうと思っています。ちょっと抜けているところもあるので……」
「付き合いは本当短いけど……それはそうかも」
普段している演技も数回ごとにボロを出すような人である。完璧に計画を立ててミスなく実行しようとする、というようなタイプではないのだろう。
「しっかり準備されると隙がなくなって困っちゃうな」
「……それはお互い様です」
【thunder storm】はメイプルの敵陣営に行くつもりだと宣言している。それぞれがどこまでどんな準備をしているかは勝敗に大きく関わってくるだろう。
「陣営決定のタイミング次第では仲間になっちゃうかもしれないけど」
「その時は……よろしくお願いします。ベルベットさんも……ちょっとテンションは下がっているかもしれませんけど、スキルの威力に変わりはないので」
「テンションは下がるんだ……」
「はい……」
その日の気分でパフォーマンスが変わるタイプだろうというのはサリーが感じていたことではあった。ヒナタの歯切れの悪い返事からも、スキルの関係しない細かい体捌きなどの精度が落ちることは問題になっているのだろう。
「ノリにノッてる状態では当たりたくないな」
「そうですか」
サリーにとってヒナタとベルベットはギルドメンバーと共闘したとしても相性の良くない相手だ。ベストコンディションだとしても、避けられないほどの範囲攻撃を得意とする二人を相手取ることは難しいだろう。ダンジョンのボスなどよりもよっぽど対処必須のスキルが多くなっているのだからそれも当然である。
「こっちも準備はしてるけどね。って言ってもそっちも私達のスキルについては調べられるだけ調べてあるんでしょ」
「……あれだけ派手に暴れていますから、その分くらいは……はい」
イベントの度に戦場の中心で滅茶苦茶しているメイプルなどは、イベントハイライトの映像も残っていたりする。今九層に来ているプレイヤーで、メイプルが急に巨大な化物になったり兵器を展開したりすることを知らない者はもはやいないだろう。
「流石に有名人は大変だね」
前回の対人戦では、まだ注目が集まりきっていない所を上手く利用して勝ち切った側面がある。ただ、今回はそうはいかない。注目され対策されている中で買っていく必要がある。
「メイプルさんと比べるとサリーさんはあまりスキルの情報はないです……」
「それはよかった。上手くやれてるってことだし」
元々サリーはその回避能力で本来不可能と言えるようなラインまで対処してしまうため、スキル依存度が低いこともあり、スキルがほとんど情報として上がってこないのだ。
「まあお互い悔いのないようにやれることやっておこうよ」
「悔いのないように……ですか」
何か思うところがあるようなヒナタに対し、そのためにこんなに細かいところまで調べて回っているのだろうとサリーは不思議そうにする。
「…………」
ヒナタは意を決したように一つ頷くと、サリーの隣に来るとサリーに耳打ちをする。その内容に、サリーは一瞬目を見開き、その後真剣な目でヒナタの顔を見た。
「……意外。大人しそうだけど結構強かっていうか……ベルベットから聞いた?」
「えっと、少しだけですが」
「テンション下がるんじゃなかったっけ?」
「それでも、勝ちに近づくことにはなると思います。調子を取り戻させるのは何度もやってきてますし……ギルドとして勝つのも【thunder storm】の皆さんへの恩返しですから」
「なるほどね」
「考えてみてくれればと思ってます……全部が全部悪い話というわけでもないはずです」
「…………」
「では、もし何かあればメッセージでも送ってもらえれば大丈夫です。私でも、ベルベットさんでも……」
ヒナタはそれだけ言うとぺこっと頭を下げてその場を去っていく。残されたサリーはというとしばらくその場に立ち尽くしていた。
「こっち側につかないか……ね」
現状サリーにそのつもりはない。それでもそうはしないと言い切ることができなかったのは、どこかで揺れている部分があるからなのかもしれなかった。本格的な対人戦は第四回イベント以降一度も来ていなかったのだ。
もう一度、それははたして来るのだろうか。それもあと半年程度の期間のうちにだ。
「……」
答えは今のサリーには出せないものだった。




