吸血鬼たちの襲撃
幼少の頃から、姉と弟は常に一緒にいる事が多かった。同じ父と違う母を持つ姉弟は、父と同じくキメラという新しい種族として生まれ、厳しい訓練を受けながら一緒に育ってきたのである。
射撃訓練では互いにアドバイスを出し合い、ランニングや辛い模擬戦では励まし合いながら成長してきた2人の絆は、普通の姉弟の絆よりも遥かに強靭で硬いのだ。
だから、片割れと別合同をする羽目になった直後から、ラウラはずっと不安を感じ続けていた。今まで隣を歩いていた最愛の弟は、今頃はナタリアと共に落とし穴の底から脱出を図っている。あの落とし穴の底に別の通路があったのは僥倖だが、最愛の弟と再会できるのはいつになるのだろうか。
(タクヤ………)
隣に弟がいないだけだというのに、不安になる。
今すぐに自分もあの穴に飛び込み、落ちてしまった弟と再会したい。でも、そうすればカノンとステラを置き去りにすることになるし、タクヤにも迷惑をかけてしまうかもしれない。タクヤは防御力に優れるオスのキメラだが、ラウラは外殻による防御を苦手とするメスのキメラなのだ。タクヤでもダメージを折ってしまうほどの深さの穴に落下すれば、彼のようにエリクサーを飲んで回復できる程度のダメージで済む保証はない。
だから、カノンとステラと3人で進むしかない。そうしなければ、タクヤと再会は出来ないのだから。
キャリコM950の木製グリップを握りしめながら、ラウラは通路の奥を見据えた。このまま進んで天秤のヒントを得たら、タクヤと連絡を取って合流を図るべきだろう。それか、彼らが来るまで最深部で待機するべきだろうか。
それは彼と連絡を取って確認すればいい。
「それにしても、あのようなトラップがあるなんて………」
「もしここがフランケンシュタインの実験場だったのなら、トラップはまだ生きている筈です。ラウラ、注意を」
「りょ、了解」
確かにトラップは生きていた。ナタリアが床を踏んだ瞬間、いきなり通路があのような落とし穴へと変貌したのである。おそらく他にも、ホムンクルスの生産方法を確立したヴィクター・フランケンシュタインが研究成果を他の錬金術師に奪われまいと用意したトラップが残されている事だろう。
先ほどの落とし穴はエコーロケーションで察知もできず、魔力の反応も全く感じなかった。他のトラップも、同じように感知することは出来ないだろう。
タクヤなら見破れただろうか? 不安を感じ続けていたラウラは、またしても最愛の弟の事を思い出していた。幼少の頃から読書を好み、魔物や魔術の図鑑をよく読んでいた賢い弟ならば、あのトラップも見破っていたのではないだろうか。
(でも、自分で切り抜けないとね。………私はタクヤのお姉ちゃんなんだし)
甘えるだけならばタクヤも許してくれるだろう。だが、いつまでも彼に頼り続けるのはさすがに許されない。彼は許してくれるかもしれないが、頼り続けるという事は彼に負担をかけるという事だし、ラウラはタクヤの姉なのだ。
(うん、しっかりしないと)
もう一度銃のグリップを握り、ラウラは2人を連れて通路を奥へと進んでいった。
相変わらずグロテスクな植物に覆われた気味の悪い通路だったが、元々は本当に実験場だったのか、迷宮のように複雑な通路は存在せず、一本道だった。中には部屋のような場所へと入るための扉も見受けられたが、崩落したかツタに覆われていて、中に入ることは出来そうにない。もしあの中に天秤のヒントがあるのならばC4爆弾を使ってでも中に入りたいところだったが、手持ちのC4爆弾はタクヤに分けてもらった2つしかない。もし最深部へ向かうための扉が同じように崩落していたら、そこで使うC4爆弾がなくなってしまう。
いくら凄まじい破壊力を持つ現代兵器でも、C4爆弾がなければ瓦礫や扉を吹き飛ばす事は不可能なのだ。
ステラの鉄球で吹き飛ばすという手もあるが、あれは燃費が悪い武器らしく、召喚するだけで凄まじい量の魔力を消費するという。ステラは自分で魔力を生成する事ができないサキュバスであるため、魔力がなくなれば他者から魔力を吸収しなければならない。しかし、魔力を吸収されれば身体に力が入らなくなってしまうため、その隙に魔物に攻撃されればやられてしまう。
だから、迂闊に彼女に鉄球を使わせるわけにはいかないのだ。
右側にあった崩落した通路をじっと見つめ、あの奥を確認してみたいと思ったラウラだったが、今は天秤のヒントを探すのが最優先である。貴重なC4爆弾を取り出そうと勝手に動いた右手を止め、息を吐いた彼女は、そのまま最深部へと歩き続ける。
錆びた金属にも見た悪臭に包まれた通路を進んでいると、広い部屋のような場所へと辿り着いた。どうやらここには教会の兵士たちが入り込んだらしく、壁を覆っている植物は焼き払われているようだ。そのおかげで、壁に描かれている壁画や古代文字があらわになっている。
焼き払われた痕を確認してみるが、おそらく最近焼かれたのだろう。
部屋の中央には棺のような石で作られた長方形の箱が並び、蓋は全て開けられている。あの中には財宝か研究成果でも収まっていたのだろうかと思いながら銃を構え、部屋の中を見渡していると、ランタンが発する橙色の光に照らされる部屋の中にいきなり口笛の音が響き渡った。
部屋に擬態して潜んでいた魔物だろうかと思いながら、口笛の聞こえた方向に同時に銃を向けるラウラたち。ランタンと銃のライトで照らし出された部屋の奥に立っていたのは、擬態していた植物のような魔物ではなく、黒いスーツに身を包んだ金髪の青年であった。
スーツの襟や袖のボタンは黄金で装飾されており、一般的なスーツよりも豪華になっている。そういったスーツは最近の貴族が好んで身に着けているから、この青年も貴族出身なのだろうか。
だが、貴族なのだとしたらどうしてスーツ姿でこんなところにいるというのか。近年の冒険者は、昔のように防具を全身に身に着けるようなことはなくなったが、それでも肩や腕の一部には金属製の防具を身に着ける者が多い。ラウラたちのように一切防具を身に付けずに戦う冒険者もいるが、大概はモリガンの真似事をしている者たちばかりである。
この男もそういう冒険者なのだろうか? それとも、防具を必要としないほどの実力者なのだろうか?
銃を向けながら警戒していると、その貴族と思われる金髪の青年はライトの光の中で微笑んだ。まるで紳士が女性に話しかける時のような微笑だったが、彼に銃を向ける3人はぞくりとしながら銃を向け続けた。
この青年が気色悪かったわけではない。もし3人がタクヤ・ハヤカワという少年に惚れていなかったならば、この男に惚れてしまっていたかもしれない。
しかし、この青年が普通の貴族や冒険者ではないという事を見抜きつつあった3人は、銃を下ろさずに照準を合わせ続けた。
普通の貴族や冒険者ならば、なぜ防具を身に付けずにここにいる? しかも、よく見ると腰には剣すら下げていない。いくらダンジョンの指定が解除されつつある遺跡とはいえ、丸腰で訪れるのは愚の骨頂である。
「やあ、お嬢さんたち」
3人の少女に武器を向けられているというのに、いくら銃を知らないとはいえ、その青年は全く怯えずに声をかけてきた。声音は優しく、口調も丁寧で、幼少期からマナーの教育を受けてきたカノンとしては礼儀正しい貴族の青年だと思ったが、その微笑や礼儀正しい口調はおそらく偽物だろうとすぐに見抜いた。
この青年は敵だと、カノンはラウラよりも先に見抜いたのである。
マークスマンライフルを向けながらラウラをちらりと見て、この男は危険だと告げながら臨戦態勢を続けるカノン。ラウラも銃を向けたまま、彼に問い掛ける。
「あなた、何者? 冒険者なの?」
いつもタクヤに甘えているラウラを目にしている2人からすれば、凛々しくて冷静なラウラの声には違和感を覚えた。彼女の操る氷のように冷たく、その中に鮮血のような禍々しさも伴う彼女の声が目の前の青年を貫くが、その声を聞いても青年は全く動揺しない。
肩をすくめながらため息をつき、近くにある石の棺の上に腰を下ろす。その表面を白い華奢な指でなぞり、指に付着した埃を振り払った彼の微笑は段々と変化しつつあった。
少女に声をかける紳士の優しい微笑が、徐々に敵意と殺気で汚染された禍々しい笑みへと変わっていく。
「――――――君たちも、メサイアの天秤を狙ってるんだろ?」
「!?」
「あなた………天秤を知っていますの!?」
「当たり前じゃないか。欲しがってるのは僕のご主人様なんだけどね。………君たちも狙ってるって事は、僕と争奪戦をするって事になるんだよね?」
ゆっくりと右手を振り上げる青年。すると、彼の手の中に赤黒い光が集まっていき、猛烈な闇属性の魔力へと変貌していく。
赤黒い霧にも似たその中から右手を引き抜いた青年の手には、いつの間にか返り血で真っ赤になったかのようなロングソードが握られていた。錆びついた金属のような臭いと黴の臭いを血の臭いが飲み込み、鮮血のような刀身がランタンの光の中で煌めく。
「悪いけど―――――――君たちも排除しろって上司から言われてるんだ。………殺してもいいよね?」
「――――――殺せるの?」
「ああ。でも、君はとても美味しそうだし――――――――犯して、血を吸ってから殺すよ」
鮮血のロングソードを構え、にやりと笑う青年。一瞬だけ彼の口の中に見えたのは、クガルプールの森で交戦したフランシスカと同じく、吸血鬼のような鋭い牙だった。
(こいつ、吸血鬼!?)
今では数が激減している吸血鬼だが、その戦闘力は非常に高い上に、強力な吸血鬼たちは弱点で攻撃しても再生してしまうほどの再生能力を持つと言われている。
銃で風穴を開けても、銀の弾丸でなければこの吸血鬼は殺せない。しかもここは遺跡の中である。彼らの弱点である日光はない。
更に、弱点である銀の弾丸を生産できるのは落とし穴の下にいるタクヤだけだ。彼と合流しない限り、この吸血鬼を倒すことは不可能である。
(普通の銃弾でも、傷はつけられるよね………)
銃弾で攻撃し、わざと再生させ、その隙に逃げ切るしか手はない。
タクヤと合流するまで逃げ切れるだろうかと思いながら、ラウラはキャリコM950のトリガーを引いた。
オルトバルカ王国は、産業革命によって最早世界最強の大国となりつつある。同盟国や周辺諸国では凄まじい数のオルトバルカ製のフィオナ機関が採用され、世界各地で各国を発展へと導き続けている。
10年前はレンガ造りの伝統的な建物が並ぶ王都も、今ではアパートや工場が乱立する息苦しい場所へと変貌していた。中には伝統的な建築様式の建物も点在するが、自分たちの種族と同様に激減してしまっている。
馬車から下り、ネクタイを直したヴィクトルは、目の前に鎮座する巨大な劇場の看板を見上げながら息を呑んだ。
今から自分が始末しに行くのは、この世界の工場と呼ばれる大国で最も恐ろしい男だ。かつて主君であるレリエル・クロフォードを倒し、吸血鬼を絶滅寸前まで追い込んだ最強の傭兵。その男を、消さなければならない。
王都に潜伏していた眷族の情報では、モリガン・カンパニーの社長であるあの男は、妻たちと共にこの劇場で演劇を鑑賞しているという。
吸血鬼の中ではトップクラスの戦闘力を持つヴィクトルだが、もしリキヤ・ハヤカワと真っ向から戦った場合、勝てる確率は0%だろう。相手はレリエル・クロフォードを倒したキメラの王なのだ。しかもレリエルを倒した後も実力を上げ続けているため、真っ向から戦うわけにはいかない。
だから、暗殺する。彼が演劇を楽しんでいる間に消すのだ。
カウンターでチケットを購入し、客席へと続く階段を上がっていく。本来ならば催眠術を使ったり、護衛をしているリキヤの部下を尋問して場所を聞き出すのだが、客席の一角から流れ出る威圧感のおかげで、そんなことをする必要はなさそうだった
豪華なカーペットの敷かれた通路を進み、客席へと向かう。その威圧感の発生源をちらりと見てみると、そこには確かに漆黒のトレンチコートに身を包んだ赤毛の男が腰を下ろし、ステージを見下ろしているのが見えた。傍らには蒼い髪の女性が2人いて、夫と楽しそうに雑談している。
彼らの周囲には護衛の社員が数名いるが、瞬殺できるだろう。護衛たちは杖を持っているが、おそらくあれは仕込み杖に違いない。
魔力を使わないように気を付けながら客席へと近付いていくヴィクトル。かつて21年前のネイリンゲンで、当時の主人だったレリエルと共に彼らと共闘した経験があるのだが、今はあの男は味方ではない。レリエル・クロフォードを葬った怨敵なのだ。
それに、あの男を消さなければ吸血鬼は再興できない。
客席の通路を歩き、リキヤの座る客席へと近付き始めたその時だった。
「――――――今夜の演劇は面白いらしいぞ。君も見ていったらどうだ?」
「………!」
明らかに、妻たちに言ったのではないだろう。どきりとしながらヴィクトルが立ち止ると同時に、こちらを振り返った護衛の社員たちが一斉に杖を構えながら睨みつけてくる。
(バレていたか………!)
逃げるべきだろうか。それとも、このまま戦って一矢報いるべきか。
ただでさえ吸血鬼は数が少ないため、ヴィクトルのような幹部クラスの吸血鬼がここで倒れたとなれば、同胞たちはかなり大きな痛手を被ることになる。だが、ヴィクトルは主人に魔王を仕留めてくると誓ったのだ。逃げ帰るわけにはいかない。
「たった1人でリキヤに挑みに来るとはな………」
「残念ね、吸血鬼」
「落ち着け、2人とも」
静かに客席から立ち上がり、ヴィクトルの方を振り向くリキヤ。右手にはサラマンダーの頭を模した装飾がついている杖を手にしているが、おそらくあれも仕込み杖に違いない。
杖を持ちながら立ち上がった彼は、まるで友人とこれから出かけるかのように微笑みながら、ヴィクトルの隣を通り過ぎた。
彼を見逃すつもりではないだろう。
「――――――ここで戦うわけにはいかん。ついて来い」
ここで戦えば、他の観客も戦いに巻き込まれる羽目になる。だから、殺し合うならば他の場所で殺し合おうという事なのだろう。
観客を人質に取るという手も思いついたが、そんな卑怯な手を使えば、あの男も容赦なく卑怯な手を使ってヴィクトルを潰すに違いない。大人しく彼に従い、隙を見て殺すしかない。
唇を噛み締めたヴィクトルは、客席の通路を歩き始めたリキヤの後について行くことにした。先ほど上ってきた階段を下り、カウンターの前を通過して劇場の外へと出ると、リキヤは自分が乗ってきたと思われる馬車へと乗り込み、御者に「客人だ。街の郊外まで頼む」と言いながら座席に腰を下ろした。
ヴィクトルを本当に社長の客人だと思ったのか、御者はヴィクトルに向かって微笑みかけると、彼が馬車に乗ったのを確認してから手綱を振るい、馬車を走らせ始める。
向かいの席にいるのは、リキヤ・ハヤカワのみ。これならば殺せるのではないかと思ったが、彼が発する威圧感に押さえつけられたヴィクトルは、黙って馬車が王都の郊外に到着するまで待つ事しかできなかった。




