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ガルゴニスの警告


 クガルプール要塞の南に広がる森の先には、騎士団の駐屯地があるナバウレアという街がある。かつて母さんが所属していた駐屯地でもあるし、親父が母さんを連れ去り、オルトバルカへと逃げ延びるきっかけになった場所でもある。


 両親の戦いが始まった場所とも言える街だが、俺たちの目的地はそこではない。俺たちの目的地は、メサイアの天秤の資料が発見されたというメウンサルバ遺跡だ。


 既に発見された資料は聖地の騎士たちが回収し、聖地の倉庫に保管したという。


 聖地とは、この異世界の南極に存在する場所の事である。世界中の秘宝や伝説の武器などが保管されている場所であり、各国の教団が管理している場所とされている。保管されている物で最も有名なのは、おそらくレリエルと大天使の伝説に登場する聖剣だろう。


 かつて大天使がレリエルを討伐するために旅立った際、神々が大天使のために2つの剣を作った。片方はロングソードで、もう片方はダガーだったという。


 レリエルとの戦いで大天使は彼の心臓にロングソードを突き立て、封印することに成功するが、吸血鬼が持つ汚染された魔力によって刀身は浸食され、禍々しい魔剣へと変貌されてしまう。その戦闘でひたすらレリエルの攻撃を弾き返し、辛うじて汚染されずに済んだダガーの方が聖剣と呼ばれている。


 その本物の聖剣が、南極の聖地に名だたる秘宝と共に保管されているのだ。そして大昔に錬金術師が作り出したというメサイアの天秤の資料も、伝説の秘宝と共に保管されることになる。


 おそらく、その資料を閲覧することは不可能だろう。閲覧が許されているのは各国の教団の上層部のみで、国王や皇帝でも秘宝を閲覧することは許されていない。


 だが、メウンサルバ遺跡に到着すれば収穫はあるかもしれない。ステラたちが話す古代語は非常に複雑な言語であり、現在でも完全に解読は出来ていないという。そのため資料の翻訳は難航するだろう。教団が天秤を回収するために動き始めるには、まだ猶予が残っている筈だ。


 俺たちの仲間には、その複雑な古代語を母語とするサキュバスの生き残りがいる。ステラからすれば、翻訳の難しい古代語は自分の母語なのだから、容易くそれが何を意味するのか翻訳してくれることだろう。


 資料が保管されていた遺跡は、考古学者たちにとっては複雑な言語の山でも、俺たちにとってはその資料と同じ価値を持つヒントとなる。


 母さんの加勢のおかげでフランシスカを退け、無事に森を抜けた俺たちは、メウンサルバ遺跡を目指して南へと移動を続けていた。


「やっと街についた………」


「ふにゅう………つ、疲れたよぉ………」


「まあ、昨日の夜は襲撃されてゆっくり眠れなかったし………」


 母さんを見送った後、俺が見張りを担当してみんなは眠ることになったんだが、いきなり強敵の襲撃を受けて落ち着けなかったせいなのか、全員あまり眠れなかったようである。だが、魔物が徘徊している可能性のある森の中で寝坊するわけにもいかないので、何とか近隣の街までやってきたのだ。


 俺たちが辿り着いたのは、ナバウレアの西にある『ドナーバレグ』という街だ。周囲に防壁が建てられているのは他の街と同じで、街の入口から工場の煙突や巨大な倉庫が見えるのも他の産業革命の影響で発展した街と変わらない。


 産業革命が起きたのはオルトバルカだが、隣国であるラトーニウスや、フィオナ機関を輸出されたヴリシア帝国も徐々に発展を始めている。ただし、やはり一番最初に発展したオルトバルカ王国には追い付けていないらしく、後塵を拝する格好になっている模様だ。


「ひとまず、朝食にいたしません? 腹ごしらえも大切ですわ」


「それもそうだな………」


 慌ててトラップを回収して森を後にしたため、朝食はまだ摂っていない。カノンに朝食を摂るべきだと提案された瞬間に鳴り始めた自分の腹の音を聞き、顔をしかめた俺は、同じく空腹の仲間たちを見渡しながら苦笑する。


「ステラにもちゃんとご飯をあげるからな。………さすがに街中じゃ拙いから、管理局の宿泊施設につくまで我慢してくれよ?」


「はい。頑張って我慢します」


 街中でステラにご飯はあげられない。なぜならば、彼女の主食は普通の食べ物ではなく魔力だからだ。しかも魔力を吸収するためには生まれつき刻まれている刻印を相手に触れさせなければならない。


 ステラの場合、刻印は舌に刻まれているため、魔力を吸収するには相手に舌を触れさせながら吸収しなければならない。だから彼女が食事をする際はいつもキスされるんだが、そんなことを街中でやったら大問題になる。


 だから、彼女の食事は場所をちゃんと選ばなければならなかった。


 我慢してくれると言ったステラの頭を撫でると、ステラは嬉しそうに微笑みながら顔を赤くする。以前までは無表情が普通だった彼女だが、一緒に旅をするようになってからは段々と感情が豊かになりつつある。


 もう少ししたら、もっと笑ってくれるだろうか。彼女の笑顔はきっと可愛らしいんだろうなと想像しながら大通りを進み、宿屋か管理局の宿泊施設を探す。


 管理局の施設は世界中に用意されており、普通の宿屋よりも格安で宿泊できるし、ダンジョンについての情報も無償で提供してくれるため、普通の宿屋よりも出来るならばこちらを利用したいところである。しかも食堂もあるし、値段も安い。更にアイテムや非常食を販売するショップも施設内にあるため、冒険者ならばメリットだらけの場所なのだ。


 この街にも施設はある筈だと思いながら大通りを進む。露店で販売されている物なのか、美味しそうなパンの香りが鼻孔へと入り込み、その露店へと俺の身体を誘おうとする。ここでペンを購入し、仲間と分け合いながら食べるのも悪くないなと思いつつ歩き続けていると、やがて露店の群れの向こうに見覚えのあるエンブレムと真っ黒な看板が出現した。


 伝統的な建築様式を守り続ける他の建物とは違い、より近代的で威圧的な建築様式の漆黒の建物が、鍛冶屋の隣に鎮座している。壁を真っ黒に塗り潰されたビジネスホテルのように見えるが、入口の看板に刻まれているエンブレムと、その施設に入っていく剣を持った冒険者の姿が、その建物がビジネスホテルではないという事を物語っている。


 冒険者管理局の宿泊施設だ。


「ここだな」


「む、お前たちはここに泊まるのかのう?」


 施設を見つけて安心していると、フランシスカとの戦いで援護してくれたガルちゃんが瞼を擦りながら尋ねてきた。戦闘中は的確な弾幕で援護してくれたガルちゃんだが、大人びていたように見えた戦闘中とは違い、眠そうに瞼を擦る姿は8歳の幼女と変わらない。


「ああ。ガルちゃんはどうする?」


「ふう………すまぬが、ここでお別れじゃのう」


「え? もう別れるんですか?」


 ガルちゃんと俺たちの行き先は違うのだ。彼女もこれから向かわなければならないところがあるのだろう。


 11年前からずっと長旅に出ているガルちゃんは、親父から仕事を頼まれて世界中を旅しているという。何のための旅なのかは教えてくれなかったけど、彼女もいつまでも俺たちと一緒にいるわけにはいかない。


「残念じゃよ。………じゃが、お前たちがちゃんと成長しているようで安心したわい」


「ふにゅう………またガルちゃんとお別れなのぉ………?」


 ラウラや俺にとって、ガルちゃんは姉のような存在だ。見た目は幼女だけど俺たちよりも常に大人びていて、戦い方を教えてくれた彼女とは、もうお別れしなければならない。


 家族の1人でもあるガルちゃんとお別れするのが辛いらしく、まるで小さな子供のように涙目になるラウラ。このままガルちゃんが踵を返したら、泣き出してしまうに違いない。


 17歳になっても小さい頃と変わらない姉を見つめながら微笑むガルちゃん。彼女は涙目になったラウラの頭の上に背伸びしながら手を伸ばすと、ベレー帽の上からラウラの頭を撫で始めた。


「まったく………背伸びしないと手が届かなくなってしまったわい」


「うう………ガルちゃん、寂しいよぉ………」


「お前ももうこんなに大きくなったんじゃ。………あんな強敵と戦えるほど強くなったのじゃろう? じゃから泣くな、ラウラよ」


「………ぐすっ」


 服の袖で涙を拭い、ラウラはガルちゃんを見下ろした。幼い頃のラウラにそっくりな姿のエンシェントドラゴンは微笑むと、静かにラウラに抱き付いた。


 ガルちゃんはラウラから手を離すと、今度は俺の近くまでやってきた。やはり彼女も俺たちと別れるのが寂しかったのか、ラウラに抱き付いていたガルちゃんの目の周りは微かに濡れている。


「タクヤよ、お前たちはこれからどこへ向かうのじゃ?」


「えっと、メウンサルバ遺跡だけど………」


「ふむ、あそこも確かダンジョンの1つだった筈じゃ。冒険者として実力を上げるがいい」


「ああ。それに――――――――メサイアの天秤の手がかりもあるかもしれないし」


「なに?」


 メサイアの天秤の名前を聞いた瞬間、先ほどまで微笑んでいたガルちゃんの顔が強張った。そういえばガルちゃんに旅の目的が天秤を手に入れる事だというのは言っていなかったが、どうしてそんなに驚いているのだろうか?


 最古の竜なのに、天秤が実在する事を知らなかったのか? それとも、天秤がどんな代物なのか知っているのか?


「お主、天秤を探し求めておるのか………?」


「そうだけど………。なあ、ガルちゃんは最古の竜なんだろ? 天秤がどんなものなのか知ってるか?」


 するとガルちゃんは、俯いてから息を吐いた。天秤がどんな代物なのか知っているらしいが………どうしてこんな表情をする?


「ああ、知っている」


「本当ですか!?」


「ガルちゃん、教えてくれ。天秤ってどんな物なんだ? 普通の天秤みたいなのか?」


 願いを叶える事が出来るメサイアの天秤は、大昔の錬金術師が生み出したものだと言われている。ガルちゃんが生まれたのは人間という種族が生まれるよりもずっと昔だから、彼女は天秤の存在を知っている筈なのだ。


 だが、ガルちゃんはまるで危険な遊びをする子供を咎める母親のように溜息をつくと、俺の顔を見上げた。


「―――――あんなもの、求めてはならん」


「え?」


 天秤を求めるなって事なのか………?


 どういうことだ? だって、メサイアの天秤は願いを叶える事が出来る伝説の天秤なんだろ? どうして求めてはいけないんだ?


「なあ、ガルちゃん。天秤を求めるなって事か?」


「その通りじゃ」


「どうしてですの? あれは伝説の―――――――」


「ああ、確かにあれは手に入れた者の願いを叶える伝説の天秤じゃ。―――――――じゃが、あんなもので願いを叶えても、願いが叶わんのと同じじゃよ」


「は? どういう意味だよ………?」


 メサイアの天秤を使って願いを叶えても、叶わないのと同じ………?


 俺はガルちゃんに尋ねようとしたが、天秤の事を知っている伝説のエンシェントドラゴンはもう天秤の話をするのが嫌になったのか、俺を見つめていた目を逸らすと、踵を返して街の門の方へと歩き出してしまう。


「おい、ガルちゃん!」


「………お前たち、天秤には関わるな」


 その一言は、本当の警告のようだった。


 警告を残したガルちゃんは、今度こそ踵を返して入口の方へと歩いていく。小柄な彼女の姿はすぐに人込みに隠され、掻き消されてしまったかのように遠ざかっていく。


 彼女は、俺たちが天秤にかかわるのを止めようとしているのか?


 メサイアの天秤は、あのガルゴニスが警告するほど危険な代物なのか?


 あの天秤は、手に入れた者の願いを叶える伝説の天秤ではなかったのか? 


 次々に組み上がる疑問の産声を抑え込みながら、俺はまだ微かに見えるガルゴニスのヘッドドレスをじっと見つめていた。








「お疲れ様です。冒険者管理局ドナーバレグ支部へようこそ」


「宿泊したいんですが、いいでしょうか?」


 ロビーのカウンターにいる制服姿の女性に出迎えられた俺たちは、証明書代わりにもなる冒険者のバッジを提示しながらそう言った。バッジを受け取った女性は「少々お待ちください」と言うと、バッジを確認するためのミシンのような機械を作動させ、俺たちの確認を始める。


 宿泊施設のロビーは、まるで前世の世界のホテルのようだった。木製の床と天井に包まれた素朴で伝統的な宿屋とは異なり、真っ白な壁と真っ赤に絨毯で装飾されたロビーは、宿屋での宿泊に慣れた冒険者からすれば貴族の屋敷のようにも見えてしまう事だろう。


 だが、このような内装を見たことのある俺は、まるで前世の世界に戻ってきたような感じがして、またあのクソ親父のいる家に戻らなければならないと思うと浮かんでくる憂鬱な気分を久々に味わった。


 もう、戻りたくない。俺はもう、この世界で生きるキメラなのだ。


 水無月永人はもう死んでいるのだから。


「はい、ありがとうございます。空いているお部屋は2人部屋と3人部屋のみになっておりますが、こちらでよろしいでしょうか?」


 5人部屋は空いていないという事か。やはり、冒険者向けに用意されている施設は利用する冒険者が多いな。朝食を摂らずにここに来たのは正解だった。


 仲間たちの顔を見渡すが、宿泊費が高くなる宿屋に泊まってまで5人部屋で休もうとするメンバーはいないようだった。宿屋ならば宿泊するために1人につき銀貨10枚は必要になるが、管理局の施設ならば、冒険者だという確認が取れれば銀貨4枚で済む。


 所持金と非常食を節約しながら旅をしてきた俺たちがどちらを選ぶべきなのかは、もう決まっているのだ。


「ええ、ここでお願いします」


「かしこまりました。お部屋は4階の411号室と412号室になります」


 女性から鍵を受け取り、仲間たちと共に階段を上がっていく。


 石で作られた立派な階段を上り、踊り場に飾られている銅像を鑑賞しながら4階へと辿り着いた俺たちは、空いていると言われた部屋のドアを開けて部屋の中を確認した。


 411号室は2人部屋になっていて、やや狭めの寝室にトイレと浴室が用意されている。部屋の真ん中に置かれている小ぢんまりとしたテーブルの上には新聞とコーヒーカップが置かれていて、傍らにあるソファの上にはチラシとクッションが置かれていた。


 その隣にある412号室の方は3人部屋のようだ。411号室よりも若干広く、ベッドの数やソファの広さが違うが、基本的に構造は同じになっているらしい。


「さて、どっちの部屋にする?」


「ふにゅー………お姉ちゃんは、タクヤと一緒がいいな」


「私はどっちでもいいわよ?」


「ステラも構いません」


「では、お姉様とお兄様が2人部屋でよろしいのではありませんか?」


 その方が良いだろうな。俺とラウラが離れることになったら、きっとお姉ちゃんは不機嫌になるだろうし。


 カノンの提案を聞いたラウラは嬉しそうに笑うと、「うん、それがいいっ!」と楽しそうに言いながら俺に抱き付いてきた。


「じゃあ、そうしよう。ほら、鍵」


「どうも」


 ナタリアに412号室の鍵を渡してから、俺はラウラに頬ずりされたまま部屋の中へと向かい、入り口のドアを閉める。


 少しだけ仮眠を取ってからはずっと歩いたままだったから、俺は真っ先にソファに腰を下ろした。相変わらず俺にくっついたままのラウラも同じように隣に腰を下ろすと、勝手に俺のフードを取り、あらわになった蒼い髪の匂いを嗅ぎ始める。


 別れる直前に言っていたガルちゃんの警告がまだ気になるが、俺たちは天秤のヒントすら掴んでいない。まずはメウンサルバ遺跡に向かってヒントを集めなければ。


 俺の髪の匂いを嗅いでいたラウラが、今度は俺の喉元へと手を伸ばしてきた。コートのチャックをゆっくりと下に下ろし始め、髪の匂いではなく首筋の匂いを嗅ぎ始める。


 まさか、発情期の衝動が早くも来たのかと思った俺は、大慌てで母さんが渡してくれた薬の容器へと手を伸ばしたが、どうやら甘えたかっただけらしく、横から抱き付いたまま俺の匂いを嗅ぎ続けていた。


 野宿している時はこんなに甘える暇はなかったからな。それに、やっぱり2人きりの時の方が甘え易いんだろう。


 俺が逃げられないように自分の尻尾を巻きつけてくるラウラ。彼女の柔らかい尻尾を片手で撫で回すと、尻尾の先端の方がぴくりと動いた。


 もう少し尻尾を撫で回してから、彼女のベレー帽をそっと取る。森の中では鮮血のような紅に見えた彼女の赤毛は、あの時のような禍々しい色ではなく、炎のような赤毛に戻っていた。いつもの甘えん坊で優しいお姉ちゃんの赤毛だという事を理解して安心した俺は、伸び始めている彼女の角を触りながらもう片方の腕でラウラを抱き締めた。



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