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異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる  作者: 往復ミサイル
最終章 揺り籠の守護者たち
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自分の記憶、自分の正体


 私は誰なのか?


 目を開けながら、右手をゆっくりと目の前へと伸ばしていく。真っ白な上着の袖に覆われた腕は痩せ細っていて、強引に力を込めようとすると、力を入れれば耐えられなくなると言わんばかりにぶるぶると震えた。


 華奢な腕をそっと下ろしながら、ベッドから上半身を起こす。


 部屋の中を見渡すよりも先に、”私”は自分の身体を見下ろした。元々は鍛え上げられた騎士のようにがっちりとした体格ではなかったらしい。上着に覆われている腹や胸板も両腕と同じように痩せ細っていて、更に華奢になっている。


 上半身が痩せ細っているのだから、両足も同じように痩せ細っているのは想像に難くない。立って歩くのは不可能だろうなと思いつつ両足に力を入れてみるけれど、両足も右手のようにぶるぶると痙攣を始めてしまった。強引に立ち上がったとしても、両足に力を入れる事ができないせいで転倒するのが関の山だろう。


 ベッドから出るのは諦めるべきだと思いつつ、私は部屋の中を見渡す。


 それほど広くはない部屋だった。床に横になれば反対側の壁に指先が届くのではないかと思ってしまうほどの狭い部屋に、ベッドや本棚を置いているせいで、部屋の中が更に狭くなってしまっている。ベッドの傍らの本棚には魔術の教本らしき分厚い本がずらりと並んでいるけれど、そのすぐ隣にはマンガやラノベらしき本も一緒に並んでいて、持ち主が整理整頓をあまりしない人物だという事を告げている。


 ベッドのすぐ脇には小さな窓があって、窓の向こうには蒼い海原と青空に支配された光景が広がっていた。空を飛び回るカモメたちの鳴き声が、窓の外から微かに聞こえてくる。


 ここは港町らしく、海の近くには木製の漁船らしき船が何隻も並んでいた。


 下半身を包み込んでいる毛布を見下ろしつつ、私は頭を抱える。


 私は誰なのだろう。


 何も分からない。


 白い上着に覆われている胸は膨らんでいるから、私は男性ではなく女性なのだろう。


 そう思いつつ、痩せ細ってしまった手を自分の長い頭髪へと伸ばす。髪の色は窓の向こうに見える海原のように蒼い。


 部屋の中に鏡はないだろうかと思いつつ、もう一度部屋の中を見渡した。自分の頭髪であるにもかかわらず、私はその頭髪に見覚えが全くなかった。つまり、自分の名前や容姿すら忘れてしまっている。


 自分はどのような顔なのか確認しようと思っていると、狭い部屋のドアが開いた。


「おう、お嬢ちゃん」


 ドアの向こうから姿を現したのは、がっちりとした筋肉に覆われた巨漢だった。肌の色は浅黒くて、黒い頭髪の左右からは同じく浅黒い長い耳が伸びているのが見える。おそらくハーフエルフの男性だろう。


 黒いズボンとタンクトップに身を包んだハーフエルフの男性は、ベッドの近くまでやってくると、持っていたトレイをそっとベッドの傍らにある小さなテーブルの上に置いた。トレイの上には木製のスプーンとスープの入った皿が置かれていて、その隣にはライ麦パンもある。


 私のために持って来てくれたのだろうかと思っていると、その男性は近くにあった椅子に腰を下ろした。


「俺は”ブルーノ”。ここで漁師をやってるハーフエルフさ」


「ブルー………ノ…………」


「お嬢ちゃん、何があったんだ?」


「え?」


「昨日、網を引き揚げたら網の中にお嬢ちゃんがいたんだ」


 私が網の中に…………?


 目を見開きながら、ブルーノの顔を見上げる。すると、ブルーノは頭髪の中から突き出ている自分の長い耳を掻いてから、私の顔を覗き込んだ。


「お嬢ちゃん、どこに住んでたんだ? もしよければ船で送るぞ?」


 分からないんだ。


 自分がどこに住んでいたのかが分からない。仮にベッドから出られるようになったとしても、仲間たちのいる場所や出身地が分からないのだから、家に帰る事ができない。


 ブルーノを見上げたまま唇を噛み締めていると、彼は目を見開いた。


「…………記憶がないのか?」


「…………」


 首を縦に振りながら、痩せ細った手を握り締める。


 自分の頭髪の色に見覚えはなかったし、目を覚ましたばかりの時は自分の性別すら分からなかったのである。ブルーノの種族がハーフエルフだと見抜く事ができたという事は、この世界の常識は覚えていることを意味する。


 だが、自分の事は何も思い出せない。


「なんてこった…………」


「…………」


 残っている記憶はないだろうかと思いつつ、自分の事を思い出そうとする。けれども、もう私の中には残骸すら残っていなかった。全ての残骸が撤去されていて、記憶を作り直せと言わんばかりに空になっている。


 思い出すことはできないのかと思っていると、ブルーノはトレイの上に乗っていたスープの皿に木製のスプーンを入れ、ベッドにいる私に差し出した。


「とにかく、これを飲んでろ」


「あ、ありがとう…………」


 彼にお礼を言ってから、皿の中に入っているコーンスープを口へと運ぶ。スープを飲み込みつつ、トレイの上に乗っているライ麦パンへと手を伸ばそうとした私は、トレイが置かれている小さなテーブルの隅に、女性用のリボンが置かれていることに気付いた。


 間違いなく、ブルーノの私物ではないだろう。


 真ん中に蒼いラインの入った、シンプルなデザインのリボンだった。


「そのリボンはお嬢ちゃんのだよ」


「私の………?」


「ああ。洗ってきたけど、まだ海水の臭いがするかもな」


 やっぱり、そのリボンからはまだ海水の臭いがする。顔をしかめながらブルーノを見上げると、彼は微笑みながら自分の耳を掻いた。


「お嬢ちゃんが身に着けた服も洗っておいた。外に干してあるから安心しろ」


 がっちりとした太い指で窓の外を指差すブルーノ。海水の臭いがするリボンを持ったまま、私も窓の外をもう一度見つめる。


 外にある物干し竿には、黒いコートとズボンがぶら下がっていた。コートには何かを入れておくためのホルダーや短めのマントが付いており、襟の後ろには2枚の真紅の羽根が付いたフードらしきものもついているのが分かる。


 明らかに女性用のコートではない。しかも、もし仮に私が痩せ細っていなかったとしても、あのコートとズボンは私が身に纏うにしては間違いなく一回り大きいに違いない。


 傍らに置かれているのは、がっちりした冒険者向けのブーツだ。


「それと、ポケットの中にこのバッジが入っていた」


「?」


 ブルーノが差し出したのは、銀色の小さなバッジだった。


 確か、冒険者管理局で冒険者の資格を取得した者に支給されるバッジだ。冒険者の身分証明書も兼ねているため、国境にある検問所を”合法的に”通過するのであれば、国境警備隊に提示しなければならない。


 私は冒険者だったのか?


 冒険している最中に記憶を失ったんだろうかと思っていると、ブルーノはそのバッジを私に帰してから言った。


「もしかすると、お嬢ちゃんは3ヵ月前の災禍の紅月の戦いに参加してたのかもな」


「さいか…………」


 何の前触れもなく、頭の中で激痛が産声をあげた。


 一瞬だけ、大地の向こうから凄まじい数の白い兵士たちが進撃してくる光景がフラッシュバックする。


 仲間が殺されたにも関わらず、無表情のままお構いなしに仲間の亡骸を踏みつけて進撃してくる軍勢。世界中を蹂躙するために生み出された、純白の怪物たち。


 私はこの白い兵士たちと戦っていたのかと思った直後、これ以上思い出そうとすれば脳味噌を潰すぞと言わんばかりに、激痛が頭の中で荒れ狂った。


 唇を噛み締めながら、頭を抱える。


 私の記憶だ。


 もっと思い出せないだろうか。


 思い出したい。


 私は誰なのか。


 私は何をしていたのか。


 激痛を感じながら足掻いていると、今度は一瞬だけ赤毛の少女の姿がフラッシュバックした。


 この子は誰だ?


 炎を彷彿とさせる赤毛をツーサイドアップにした、大人びた容姿の美少女。頭には真っ黒なベレー帽をかぶっており、胸元の開いた黒い上着とミニスカートを身に着けている。


 激痛に耐えながら、空になってしまった脳味噌の中に記憶を再構築していく。


 フラッシュバックした純白の兵士たちと、赤毛の美少女。


 頭の中で暴れ回っていた激痛がゆっくりと消えていく。


 どうやら頭の中で暴れ回り、脳味噌を叩き潰すよりも、これ以上フラッシュバックを与えない方が私を苦しめられると思ったらしい。自分の身体だというのに、なんて忌々しいのだろう。記憶を取り戻す手伝いをするべきなのではないかと思いつつ、頭を抱えていた手を静かに放した。


「大丈夫か?」


「ええ………」


 呼吸を整えながら、海水の臭いがするリボンを握り締める。


 フラッシュバックしたあの赤毛の少女は、このリボンと色が違うリボンを結んでいた。私のリボンには蒼いラインが入っているけれど、彼女が紅い頭髪に結んでいたリボンには真紅のラインが入っていた。


 あの赤毛の少女が身に着けていたリボンと糸が違うリボン。


 蒼いラインの入ったリボンを見下ろしていると、ブルーノが言った。


「自分の名前も分からないのか?」


「うん………」


 今度はブルーノが頭を抱えた。


 名前を思い出す事ができないのだから、私の事を何と呼べばいいのか分からないのだろう。


 すると、ブルーノはベッドの近くにある本棚に並んでいる本の中から、一冊のラノベを引っ張り出した。表紙にはマント付きの服と帽子を身に着けて杖を持つ金髪の少年と、クロスボウのような武器を持った少女が、大砲を積んだ鋼鉄の箱の上に乗っているイラストが描かれているのが分かる。


 表紙には、オルトバルカ語で『異世界で魔術師が禁術を使うとこうなる』と書かれているのが見えた。


「――――――”ライラ”」


「えっ?」


 ページを捲っていたブルーノは、恥ずかしそうな顔をしながらラノベを閉じた。再びそのラノベ―――――タイトルの脇には”15”と書かれている―――――を魔術の教本の脇へと強引にぶち込み、息を吐く。


「本当の名前じゃないが―――――――”ライラ”って読んでもいいか?」


「…………そのラノベのキャラクター?」


「…………ああ、好きなヒロインの名前だよっ」


 ライラ…………。


 またしても、赤毛の少女の姿がフラッシュバックする。


 彼女の名前はライラなのだろうか。


 なぜフラッシュバックしたのだろうか。


 そう思いながら、私は歯を食いしばった。












「はいっ、ミートソースパスタですっ!」


「おお、ありがとう。ライラちゃん、仕事終わったら遊びに行かない?」


「ごめんなさい、今日は忙しいんです」


「アハハッ、残念だなぁ。じゃあ、お仕事頑張ってね」


「はいっ、ありがとうございますっ♪」


 お客さんに向かって微笑みながら、私は客席を後にして厨房の方へと戻る。厨房の近くにある棚にはもう既に別のお客さんが注文したピザやパスタが乗ったお皿が乗ったトレイが置かれていて、美味しそうなチーズやソースの香りを店の中へと放っている。


 そのトレイを素早く拾い上げ、注文したお客さんの元へと向かう。私が近づいてきたことに気付いたお客さんは顔を上げると、「久しぶり、ライラちゃん!」と、言いながら微笑んだ。


 確かこのお客さんも漁師だった気がする。何度もこのお店に食事をしに来てくれているみたいなんだけど、この人の所に料理を運ぶ度に口説かれるので、正直に言うと苦手だった。


「やっぱりライラちゃんには、このお店の制服とポニーテールが似合うね」


「えへへっ、ありがとうございます」


「ねえねえ、明日僕と一緒に海に行か―――――――」


「すいませーん!」


「あ、少々お待ちくださーい! ごめんなさい、エミリオさん。ちょっとあっちのお客さんのところにも行ってきますね」


「あははっ、ライラちゃんは大人気だなぁ」


 エミリオさんにぺこりと頭を下げてから、別のお客さんの所へと向かう。


 私がブルーノさんたちに救助されてから9ヵ月も経った。ブルーノさんたちにお世話をしてもらったおかげで体調も回復したから、もう自由に歩き回ったり走り回ることができる。けれども、残念なことに記憶は殆ど思い出せていない。


 行くあてがないので、私はこのフェルデーニャ王国の港町にあるレストランで働かせてもらっている。料理は得意だし、フェルデーニャ料理――――――パスタやピザが有名らしい――――――にも興味があったから作り方を学びたいとは思ったんだけど、シェフに「ライラは厨房で料理するよりも、ウェイトレスの方がいい」と言われたので、私はウェイトレスを担当している。


 そのせいで、男性のお客さんの所に注文を聞きに行ったり、料理を運んで行く度に口説かれる羽目になってるんだけど。


《本日、フランセン共和国は国内の騎士団を首都へと集結させ、侵攻部隊の編成を開始しました。フランセン共和国はカルガニスタンとテンプル騎士団に対し、クレイデリア連邦の建国に猛反対していますが、テンプル騎士団はフランセンを無視して建国の準備を進めつつ、守備隊の増強を―――――――》


 ぴたり、とラジオのニュースが止まったかと思うと、ピアノの演奏が聞こえてきた。ちらりとラジオが置かれている方向を見ると、シェフと一緒に料理をしている店員が物騒なニュースを聞いてうんざりしたみたいで、チャンネルを変えてしまったらしい。


 確かに飲食店に物騒なニュースは似合わない。


 こっちに向かって親指を立ててきた若い料理人にウインクすると、彼は顔を赤くしながら厨房に戻っていった。


 ウェイトレスの仕事を始めてから、男性に口説かれたり告白される――――――プロポーズされたこともある――――――事が多くなったけれど、どういうわけなのか私は男性と付き合おうと思えない。


 女にしか興味がないというわけではない。このお店に食事に来てくれるお客さんたちは親切だし、中には救助されたばかりの頃に看病してくれた命の恩人もいる。


 けれども―――――彼らと付き合う事は、絶対に許されないような気がする。


 こう考える度に、あの赤毛の少女が微笑んでいる姿がフラッシュバックする。


 彼女は私の事を待っているのだろうか。


 注文を聞いてから、踵を返して厨房へと向かう。厨房でミートソースを作っているシェフに「カイザーポテトピザとミートソース2つです」と言ってから、私は踵を返して客席の方へと向かう。


 ラジオから流れていたピアノの演奏は終わってしまったらしく、もう聞こえなかった。別のチャンネルに変えようかと思いつつスイッチへと手を伸ばすと、ラジオから男性の声が聞こえてくる。また物騒なニュースが始まるのだろうと思いながらスイッチを押そうとした次の瞬間、私はラジオから聞こえてきた少女の声を聞いて凍り付く羽目になった。


『――――――世界中の皆さん、こんにちは。モリガン・カンパニー社長の”ラウラ・ハヤカワ”です』


 ――――――ラウラ?


 またしても、赤毛の少女の姿がフラッシュバックする。


 ラウラ。


 この赤毛の少女の名前なのか。


『災禍の紅月で、この世界は大きな被害を被りました。先進国の都市は廃墟と化しており――――――――』


 ラジオから聞こえてくる彼女の声が――――――剥奪された記憶が収まっている箱の鍵を、こじ開けていく。隙間に浸透して膨れ上がり、鍵穴をひしゃげさせて強引に開け始める。


 ラウラ。


《私の未来のダーリンなんだから、無理して死んだら絶対許さないんだから》


《大丈夫。君なら勝てる》


 そうだ、”私”は『ライラ』じゃない。


 頭の中に会った記憶を剥奪していた箱の鍵が、砕ける。ひしゃげた蓋がゆっくりと開き、その中に封じ込められていた記憶たちが噴き上がる。


《あいつのガーディアン計画さえ実現していれば、もう誰も苦しまない世界を作れたんだ! お前はその計画を台無しにしたんだぞ!?》


《そんなに感情のないホムンクルスの世界が好きなら、人形と1人で遊んでな》


《このクソ野郎がぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!》


 ”私”じゃない。”俺”だ。


 一年前の災禍の紅月で、俺たちは災禍の紅月の元凶となった天城輪廻と戦った。仲間たちが無数のホムンクルスと戦っている隙に、メサイアの天秤が保管されていた天空都市ネイリンゲンへと突入して、蘇った親父と共に輪廻を倒したのだ。


 そして最後に脱出ポッドの保管庫で、まだ生きていたナガトのクソ野郎と死闘を繰り広げた。あいつの片腕を切り落として強引にポッドに乗せて脱出させてから、俺も脱出しようとした時に保管庫が崩壊し、ウィルバー海峡へと投げ出されてしまったのである。


 そしてウィルバー海峡を流れている海流に流され、3ヵ月間も海流の中を漂流して、このフェルデーニャ王国へと流れ着いた。


 どうして思い出せなかったのか。


《――――――待ってるからね、タクヤ!》

 

 俺の名前はライラじゃない。


 ――――――テンプル騎士団初代団長のタクヤ・ハヤカワだ!


 



※タクヤの本来の性別は女です。男や男の娘ではありません。


…………もうこいつはヒロインry(大粛清)

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