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異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる  作者: 往復ミサイル
最終章 揺り籠の守護者たち
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片想いの世界


「逃がすわけ無いだろうが………ッ!」


 PL-15を手にしたナガトが、銃口をこっちに向けたままゆっくりと近付いてくる。彼のブーツが怨嗟を纏いながら脱出ポッドの保管庫の床を踏みしめる音を聞いた俺は、歯を食いしばりつつ内ポケットの中へと右手を突っ込む。


 中に納まっていたPL-15Kを素早く引き抜き、後方にいるナガトに向けて立て続けに3発の9mm弾を放った。咄嗟に銃を引き抜いた挙句、振り向きながら強引に射撃したのだから、弾丸が標的を直撃するわけがない。しかも左側の肩甲骨の近くを撃ち抜かれた激痛も、射撃を妨害しやがった。


 案の定、3発の弾丸は全てナガトを外れてしまう。1発は彼のすぐ脇を掠めたものの、命中していないナガトは無傷である。


 身体を蒼い外殻で覆った直後、こっちを睨みつけているナガトのPL-15が火を噴いた。


 今の俺は女の姿だ。この姿になると、攻撃力とスピードが上がり、体内の魔力の量も増えるという利点があるが、その代わりに防御力が初期ステータスまで低下してしまう。しかもメスのサラマンダーは元々堅牢な外殻が退化してしまっているという特徴があるため、女の姿になると外殻を素早く展開できなくなる上に、外殻の防御力も大きく低下してしまうのである。


 それゆえに、敵の攻撃を”防御する”事には全くと言っていいほど向いていない。さすがにハンドガンやSMGサブマシンガンの弾丸程度ならば弾き飛ばせるし、アサルトライフルの弾丸も容易く跳弾させられるが、おそらく大口径の弾丸や徹甲弾を防ぐのは難しいだろう。


 ナガトの放った9mm弾が、オスのキメラの外殻よりも薄いメスのキメラの外殻に弾かれて甲高い音を奏でる。彼の銃弾が蒼い外殻に弾き飛ばされている間にPL-15Kを連射して応戦すると、ナガトは弾丸を白い外殻で防御しながら保管庫の入り口のドアの近くまでジャンプし、物陰に隠れながらマガジンを交換し始めた。


「はぁっ、はぁっ………!」


 くそったれ、エリクサーはもう使い果たしちまったんだぞ………!?


 歯を食いしばりながら、左手の指を何度か動かす。さすがに無傷の時のように思い切り力を込めることはできないが、銃のグリップを支えたり、マガジンを交換するために必要な力ならば辛うじて込める事ができるようだった。


 さすが”人間サイズの戦車”だな。


 肉体が頑丈なキメラとして生まれたことに感謝しつつ、呼吸を整える。


「タクヤ、大丈夫!?」


「だ、大丈夫だ………」


 ポッドの座席に座ろうとしていたラウラが、ポッドの中から飛び出し、傍らへと駆け寄ってくる。


 保管庫の入り口から顔を出し、ナガトがこっちに照準を合わせようとしていた事に気付いた俺は、先ほど腰のホルダーに戻しておいたAK-15のグリップを右手で掴み、保管庫の入口へと向けて7.62mm弾のフルオート射撃をぶちかます。


 人間よりもはるかに強靭な筋肉をフル活用しているおかげで、大口径の7.62mm弾を使用するアサルトライフルをフルオートでぶっ放しているにもかかわらず、弾丸の命中精度は両手で銃を使っている時よりも若干低下した程度で済んでいた。サラマンダーのキメラは、その気になれば最新型の戦車すら投げ飛ばしたり、大型のアンチマテリアルライフルを平然と片手でぶっ放す事ができるほどの筋力があるのだから、アサルトライフルを片手でぶっ放すのは朝飯前である。


 ナガトが物陰に隠れた隙に、ラウラは俺のコートの肩を掴んでポッドの方へと引っ張り始めた。俺は左手を痙攣させながらラウラの手をそっと掴み、ぎょっとしながら見下ろしてきた彼女に向かって首を横に振る。


 俺をポッドに乗せて脱出させようとしているのだろう。


 優しいお姉ちゃんだ。


 けれども、まだ脱出するわけにはいかない。


「ラウラ、先に行ってくれ」


「な、何言ってるのよ!?」


 馬鹿げているかもしれない。背中の左側を撃ち抜かれて負傷しているにもかかわらず、崩壊を始めた天空都市に置いて行けと言ったのだから。


 親父から遺伝した悪い癖だな。またお姉ちゃんたちとの”無茶をしない”という約束を破る羽目になりそうだ。


「無謀よ、負傷した状態でここに残るなんて」


「分かってる。でも………あいつとは決着を付けておかないと」


「輪廻と戦う前に倒してるじゃない!」


「ああ、俺が勝ってる。でも、あいつは不服らしい」


 だからこそ、叩き潰す。


 ぎょっとしながら見下ろしているラウラの瞳を見上げながら、俺は言った。


「――――――クソ野郎は、狩る」


「…………タクヤのバカ」


 そう言いながら、ラウラは肩から手を離した。真っ赤な鱗に覆われた柔らかい尻尾を俺の身体に巻き付けて立たせてくれたラウラは、微笑みながら俺の唇を奪う。


 両手を背中に回して抱きしめてくれるラウラ。俺も左手を痙攣させながら彼女の背中へと手を回し、最愛の(恋人)をぎゅっと抱きしめる。


「私の未来のダーリンなんだから、無理して死んだら絶対許さないんだから」


「ああ、絶対生きて戻る」


 ラウラを抱きしめながらそう言ったけれど、正直に言うと俺は生還できるかどうか不安だった。


 左の肩甲骨の近くを撃ち抜かれているけれど、左腕にはまだ力は入るので致命傷ではない。この状態のままナガトと最後の戦いを繰り広げても、あのクソッタレに負けるとは思えない。


 けれども――――――かつて、速河力也はたった1人で宿敵レリエルと死闘を繰り広げ、相討ちになって死んだのだ。


 そう、”前例”があるのである。


 もしかしたら俺も親父と同じように相討ちになり、生還する事ができなくなってしまうのではないかと思ってしまったせいで、この不安が産声をあげてしまったのだろう。


 ラウラは俺が不安を感じていることを悟ったのか、背中に回している両手にちょっとだけ力を込める。そのまま口を耳元に近付けると、優しい声で言った。


「――――――大丈夫。君なら勝てる」


「ラウラ………」


「相変わらず無茶をする子だけど、いつも敵をやっつけて戻ってきたじゃない。だからきっと勝てるわ」


「…………ありがとう」


 彼女から手を離し、左手をマガジンの入っているポーチへと伸ばす。先ほどのフルオート射撃で空になってしまったマガジンを取り外しつつ、ポーチから取り出したマガジンを取り付けてコッキングレバーを引いてから、俺は踵を返してナガトへと銃口を向ける。


 ナガトを倒して、是が非でも生還する。


 生還以外の選択肢は絶対に許されない。


 親父のように、最愛の家族や仲間を悲しませるわけにはいかないのだ。


「待ってるからね、タクヤ!」


 そう言ってから、ラウラは菱形の脱出ポッドの中へと乗り込んだ。彼女が座席へと腰を下ろすと同時にハッチが閉まり、後端部に紫色の魔法陣や古代文字の記号が浮かび上がり始める。


『ポッド射出準備完了。カウントダウンを開始します』


(エルバ)(ニアズ)(ビーア)(ビアブ)(ネロバ)(ゼーア)


『保護カプセル、射出』


 スペイン語やロシア語を思わせる五感の古代語のアナウンスがカウントダウンを終えると同時に、ラウラの乗った脱出ポッドが、まるでキャニスターから躍り出る対艦ミサイルのように天空都市の外へと射出されていく。


 赤黒い夜空が消え失せたことによって、再び姿を現すことが許された青空へとラウラの乗ったポッドが飛んで行くのを見守ってから、AK-15に搭載したホロサイトとブースターの向こうを睨みつける。


「2人きりだ、ナガト」


 そう言うと、遮蔽物に隠れていたナガトが姿を現した。接近戦でも挑むつもりなのか、右手にはボウイナイフを持っており、左手には先ほど俺の背中を撃ちやがったPL-15を持っているのが見える。


 肌色の皮膚は真っ白なキメラの外殻で覆われていて、外殻の隙間から伸びた棘の先端部はピンク色の光を放っている。


 最後の最後まで無様な男だ、ナガト。紛い物だと見下していた俺の力を使って戦いを挑むとはな。


 AK-15のセレクターレバーをセミオートに切り替え、ナガトが突っ込んでくるよりも先にトリガーを引いた。


 ライフルグレネードを装着できるように改良されたマズルブレーキが一瞬だけ金色のマズルフラッシュに包まれ、そのマズルフラッシュの中から7.62mm弾が躍り出る。運動エネルギーとマズルフラッシュの残滓を纏いながら飛翔した弾丸を白い外殻で弾き飛ばしたナガトは、こっちに接近しながらPL-15を連射し始める。


 姿勢を低くしつつ、肩の外殻で数発の9mm弾を弾き飛ばす。尻尾を伸ばし、銃身の右斜め上に折り畳まれているスパイク型銃剣を展開しつつ、7.62mm弾のセミオート射撃を継続した。


 マズルフラッシュがマズルブレーキを覆う度に、エジェクション・ポートが開き、微かに煙を纏った7.62mm弾の大きな薬莢が躍り出る。数発の弾丸がナガトの外殻を直撃したらしく、ナガトの上半身がぐらりと大きく後ろに揺れる。


 その隙に左手の指を、銃身の下に居座るグレネードランチャーのグリップへと伸ばした。トリガーを引くと同時に、ポンッ、と砲口から40mmグレネード弾が飛び出し、照準器の向こうにいるナガトへと向かって飛んでいく。


 あいつの外殻は俺の外殻よりも強度が低い。40mmグレネード弾が直撃すれば、爆風で木っ端微塵になることだろう。


 だが――――――ナガトは姿勢を低くしたまま、自分に向かって飛んでくるグレネード弾へと直進してきやがった。


 自分の外殻の強度を把握していないわけではないだろう。あの40mmグレネード弾が自分に命中すればどうなるかを知っているにもかかわらず、なぜ突っ込んでくるのだろうか。


 次の瞬間、ナガトは右手に持っていたボウイナイフを思い切り振り下ろし、あろうことか自分に向かって飛来した40mmグレネード弾を真っ二つにしやがった!


「!!」


 両断されたグレネード弾が起爆するよりも先に、後方へとグレネード弾を置き去りにするナガト。その直後に両断されたグレネード弾が起爆し、人体を容易くグチャグチャにしてしまうほどの威力を持つ爆風と破片が、彼の背中に牙を剥く。


 ナガトはその爆発を利用して加速するために、敢えて突っ込んできたのだ。


 ぎょっとしながらセミオート射撃で応戦するが、ナガトは身体を思い切り右側に傾けて回避する。右手に持ったボウイナイフの切っ先が一瞬だけ床に当たり、緋色の火花を巻き散らす。


「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」


 そのまま思い切りナイフを振り上げるナガト。射撃を中断して銃剣を突き出したが、AK-15に搭載したスパイク型銃剣をナイフで弾き飛ばされてしまう。


 歯を食いしばりながらグリップを引き戻し、ぐるりと時計回りに回転する。遠心力をフル活用してストックでナガトの顎を思い切り殴りつけた俺は、ぐらりと体勢を崩したナガトの胸に向かって、漆黒のスパイク型銃剣を突き立てた。


 黒い銃剣が白い外殻の隙間から生えていたピンク色の棘をへし折り、彼の胸板を串刺しにする。ナガトが目を見開くと同時に、傷口から鮮血が漏れ始める。


「終わりだ、ナガト」


「終わ………り……じゃ………ねえよッ!!」


 血を吐きながら絶叫したナガトが、PL-15の銃口を左肩の外殻の隙間に押し当てる。


 目を見開きながら身体を捻ろうとするが、それよりも先にナガトがトリガーを引いた。


 キメラの外殻は極めて堅牢だけど、対戦車兵器を使って外殻を貫通するか、外殻の隙間を正確に狙撃すれば大ダメージを与える事ができるのだ。


 左肩の外殻の隙間へと牙を剥いた9mm弾が、肩の肉を食い破る。蒼い外殻の隙間から鮮血が溢れ出し、蒼い外殻を奇妙な迷彩模様へと変貌させていく。


 ナガトの腹を思い切り蹴飛ばし、強引に銃剣を引き抜く。そのままAK-15を投げ捨てた俺は、腰に下げていた2本のナイフを引き抜いた。


 グリップの中に1発だけ弾丸を装填した、ソ連製ナイフのNRS-2である。白兵戦を想定して少しだけ刀身を延長し、峰の部分にセレーションを追加している。


 左手に持っている方のナイフを逆手持ちに持ち替えつつ、姿勢を低くしてナガトに襲い掛かる。右手のナイフを振り下ろしてナガトが左手に持っているPL-15を弾き落し、逆手持ちにしている左手のナイフを振り上げる。できるならばそのまま思い切り首を切り裂いてやりたいところだが、左の肩甲骨の近くに被弾した挙句、今しがた肩の外殻の隙間に弾丸を叩き込まれてしまったせいであまり力が入らない。


 くそったれ、グリップを握るのが精一杯だ。


 遠心力で威力を補いつつ、ナイフを振り上げる。こちらの手には力が入っていないことを見抜いたのか、ナガトはあっさりとその斬撃を弾き飛ばしてしまうが、今のナガトの得物はあのボウイナイフだけだ。それに対し、こっちはボウイナイフよりも小回りが利く上に、一発だけ弾丸を装填しているナイフが2本もある。


 ナイフを振り上げたせいでがら空きになったナガトの脇腹の外殻の隙間に、右手のナイフを思い切り突き立てる。ナイフの切っ先が肋骨を両断し、彼の内臓を少しばかり斬りつける。


「ガフッ………!?」


「紛い物の力に頼ってる分際で、俺に挑むとはな」


「黙れよ、切り裂きジャックジャック・ザ・リッパー…………!」


 ナイフを傷口から引き抜き、切っ先をナガトの胸板へと向けて突き出す。けれどもナガトは左手で脇腹を押さえつつ身体を傾け、その一撃を回避してから距離をとる。


「お前のせいで輪廻の計画は頓挫した!」


「バカか。お前は、輪廻の本当の計画すら知らされてなかった捨て駒だったんだよ」


「黙れぇッ! あいつのガーディアン計画さえ実現していれば、もう誰も苦しまない世界を作れたんだ! お前はその計画を台無しにしたんだぞ!?」


「そんなに感情のないホムンクルスの世界が好きなら、人形と1人で遊んでな」


「このクソ野郎がぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 激昂しながら突っ込んでくるナガト。彼が激昂したせいなのか、身体を覆っている外殻から伸びているピンク色の棘もどんどん隆起し始める。まるで肉体の内側から無数の杭が生えているかのような禍々しい姿に変貌しながら突っ込んでくるナガトを見据えつつ、俺は溜息をついた。


 哀れな男はお前だ、ナガト。


 輪廻に捨て駒にされた挙句、俺の母親と同じ方法でローラを殺すことになってしまったのだから。


 ローラは、お前が実現しようとしていた感情や自我が一切ないホムンクルスたちの世界よりも、仲間たちと共に戦う世界を選んだのだ。なのに、お前は自分の恋人が選んだことを全く理解していない。


 身体中の電気信号の伝達速度を限界まで増速しつつ、巨躯解体ブッチャー・タイムを発動させてナイフの切れ味を底上げする。


 身体を覆っている蒼い外殻の隙間から蒼い棘が隆起し、外殻の表面で蒼いスパークが荒れ狂う。体内の電気信号が一気に増速されたことで、まるで身体の内側を削られているかのような激痛が身体中で産声をあげた。


 左手のナイフを逆手も力普通の持ち方に持ち替え、姿勢を低くしながらナガトに向かって突っ込んでいく。


 ホムンクルスたちの世界が実現すれば、お前が最も嫌っている孤独を感じることになる。戦争を起こさないようにするために感情を剥奪し、あらゆる私利私欲を封じられたホムンクルスは、誰も愛することはできないのだから。


 彼女たちを大切だと思っても、彼女たちはお前を大切な人だとは思ってくれない。


 お前が実現しようとしているのは、”片想いの世界”なんだよ。


 だから目を覚ませ、クソッタレ。


「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」


 右手のナイフのグリップを思い切り握りしめる。左腕に最低限の力しか入らなくなってしまった以上、切り札になるのはこっちの腕だけだ。


 ナイフを握り、怨嗟を剥き出しにしながらナイフを振り下ろしてくるナガトの右腕を、右手に持ったナイフで迎え撃つ。ナイフを振り下ろされる前に更に距離を詰めた途端、止めを刺そうとしていたナガトがぎょっとしながら目を見開いた。


 ナイフは刀身が剣よりもはるかに短いため、敵に攻撃を叩き込むためには剣よりも更に距離を詰めなければならない。だが、だからと言って近付けばいいというわけではない。距離が”近過ぎる”のであれば振るう事すらできなくなるのだから。


 距離を詰められたことによって、俺の肩をナガトのナイフの刀身ではなく外殻で覆われた腕が打ち据える。ガゴン、と装甲車同士が衝突したかのような金属音が残響と化すよりも先に尻尾を巻き付けて腕を拘束してから、俺は右手のナイフを右腕の肘へと向けて思い切り振り上げた。


 鉄板を切断するかのような甲高い音が一瞬だけ響き渡り、火花が散る。鉄の溶ける臭いと人間の肉が焼ける臭いが混ざり合ったかと思うと、尻尾で拘束していたナガトの右腕が急に軽くなり―――――焦げた肉片の混じった血飛沫が舞う。


「――――――!」


 巨躯解体ブッチャー・タイムで切れ味を底上げしたナイフが、彼の腕を外殻もろとも両断したのだ。


 尻尾を巻き付けて拘束していた右腕を投げ捨てつつ、左手のナイフのグリップをナガトの胸板にある外殻の隙間へと押し付ける。そのまま発射スイッチを押した直後、グリップの中に装填されていた弾丸がナガトの胸板を食い破り、またしても彼の胸板に穴を穿った。


 そのままくるりと回転し、ナガトの腹に蹴りを叩き込んで吹き飛ばす。ナガトは右腕の断面から焦げた肉片の混じった鮮血を撒き散らしながら床に叩きつけられ、そのまま脱出ポッドの近くへと転がっていく。


 呼吸を整えながら、電気信号の増速と巨躯解体ブッチャー・タイムを解除する。ナガトはメニュー画面を出現させてまた武器を装備しようとしているようだが、胸に風穴を2つも穿たれた挙句、片腕を切り落とされているのだから、もう戦闘を継続するのは不可能だろう。


 歯を食いしばりながらメニュー画面へと手を伸ばすが、左腕にはもう力が入らないらしく、左腕はメニュー画面の前でぶるぶると痙攣を続けている。


 ナイフを腰の鞘に戻しながら、俺はナガトにゆっくりと近付いていく。すると、ナガトは俺に止めを刺されると思ったのか、メニュー画面をタッチするために足掻いていた手をぴたりと止め、自嘲を始めた。


 やっと自分の無様さに気付いたのかと思いつつ、倒れているナガトの胸倉を右手で掴んで強引に立たせる。そのままナガトの顔を睨みつけてから――――――俺は、ナガトを近くの脱出ポッドの中へと放り込んだ。


「は………?」


 止めを刺されると思っていたに違いない。


 あいつは俺の母親を殺した怨敵だ。普通ならば、惨殺されていてもおかしくない筈である。


 けれども、あいつは敢えて生かしておく事にした。


 あいつが最も恐れているのは孤独を感じる事だ。死んだらあの世にいるローラと再会して、ナガトは安堵するに違いない。だからあいつからその安堵を、50年か60年くらい奪ってやることにしたのである。


 俺が生きている間は、こいつは自殺する事ができないのだから。


 ポッドのハッチがゆっくりと閉まっていく。戦闘機のキャノピーを思わせる窓の向こうからこっちを睨みつけながら、ナガトは叫んだ。


『てめえ、ふざけてんのか!?』


 殺してほしかったのだろう。


 けれども、殺せばお前を苦しめることはできない。怨敵を殺せば復讐になるというわけではないのだ。相手に自分が感じた苦痛と同等の苦しみを与えなければ、復讐にはならない。


 だから苦しんでもらう。


 永遠に消えない孤独と、恋人ローラを殺してしまった罪悪感で。


『ポッド射出準備完了』


『ふざけんな、出せ! 止めを刺せ!』


『カウントダウンを開始します』


 ポッドの中で絶叫するナガトの声を、天井から響いてくる古代語のアナウンスが無慈悲に飲み込む。


 殺してもらう事の出来なかった男を嘲笑いながら、ポッドの中で喚いている大馬鹿野郎に告げた。


「お前は生き恥を晒すのがお似合いだ」


『て、てめえ………ッ!』


(エルバ)(ニアズ)(ビーア)(ビアブ)(ネロバ)(ゼーア)


『絶対殺してやる………! いいか、てめえの仲間や子供も標的だ! この報復は絶対に――――――』


『保護カプセル、射出』


 スペイン語やロシア語を思わせる語感のアナウンスが告げた直後、ナガトの乗ったポッドが射出口から解き放たれていった。


 ナガトのバカはまだポッドの中で喚いているのだろうかと思いつつ、ウィルバー海峡方面へと射出されていったポッドに向かってニヤニヤと嗤いながら手を振る。


 あいつの怨嗟はただの逆恨みだ。


 ローラを殺したのはお前だろうが。


 大切な人を”殺された”恨みならば恐ろしいが、単なる逆恨みなら全然怖くない。多分、あいつが報復にやってきたとしても門前払いになるだけだろう。


 溜息をつきながら、先ほど投げ捨てたAK-15を拾い上げ、腰のホルダーへと放り込む。ナガトとの戦いに勝利したのだから、後は俺もポッドに乗ってこの天空都市を脱出しなければならない。急がなければ、崩壊した天空都市の残骸と一緒に海の藻屑になっちまう。


 ポッドで脱出して仲間たちを安心させようと思いつつ、壁際にあるポッドに向かおうとしたその時だった。


 ポッドから天井へと繋がっていたケーブルが千切れたかと思うと、強烈な金属音が響き渡ると同時に、保管庫の床が崩れ始めたのである。急激に姿を現した亀裂の間から、蒼いウィルバー海峡の海原があらわになったかと思うと、俺が立っていた床も崩れ始め、ウィルバー海峡へと落下していく。


 慌てて天井から伸びるケーブルに掴まろうとしたが――――――手がケーブルを掴むよりも先に、立っていた床が崩壊した。


「くそったれ………」


 天空都市の残骸と共に、ウィルバー海峡へと落下していく。無数の歯車で構成された天空都市の外壁はもう完全に崩壊を始めていて、通路や無数のケーブルがあらわになっていた。


 俺も親父の二の舞になるのか。


 敵を倒したというのに、仲間の所へと戻れないなんて。


 ごめんな、ラウラ。


 歯を食いしばりながら、俺は空へと手を伸ばした。











 無数の歯車で覆われた天空都市の残骸が、ウィルバー海峡へと落下していく。天空都市を覆っていた無数の真紅の結晶が次々に海面へと落下して、カルガニスタンとヴリシア帝国の間に広がるウィルバー海峡の海原が、純白の気泡に呑み込まれていく。


 浮遊するための魔力を完全に使い果たした天空都市が、崩壊しながら高度を下げ始める。周囲に浮遊していた巨大な歯車のようなリングが落下して、他の残骸たちと一緒に海の中へと沈んでいった。


 海面に着水したポッドのハッチを開けた私は、残骸が降り注ぐことで生じた波で揺れるポッドの上で、天空都市が崩壊していくのをずっと見つめていた。タクヤの乗ったポッドが脱出してきますようにと祈りながら見つめていたんだけど、保管庫のある区画からポッドが射出される気配はない。


 ついに、保管庫のあった最下層も崩壊が始まった。金属の床が崩壊し、ポッドに繋がっていたケーブルや未使用のポッドたちが、ウィルバー海峡へと次々に落ちていく。


 ―――――――タクヤは脱出していない。


 生きて帰るって言ったのに。


 腰のホルスターに収まっているPL-15をちらりと見下ろす。タクヤが生産してくれたこの武器が無事という事は、彼がまだ生きていることを意味している。けれども、仮にタクヤが海面に落下していたとしても、あの残骸に押し潰されれば転生者でも死んでしまうに違いない。


「タクヤ………嫌だよ、タクヤ………戻ってきてよ………」


 約束したじゃん。


 私のダーリンになってくれるって。


 無理矢理ポッドに放り込めばよかったと思っていると、海面に着水した私のポッドを見つけてくれたのか、テンプル騎士団のエンブレムがこれ見よがしに描かれたスターリングラード級重巡洋艦が、タンプル搭のある方向からゆっくりと近付いてくるのが見えた。


 甲板の上では蒼い制服に身を包んだ乗組員たちが、双眼鏡で私の位置を確認したり、こっちに向かって手を振っているのが見える。


 近付いてくる巡洋艦を見つめながら、私は無線機のスイッチを入れた。


「こちらラウラ。お願い………みんな、タクヤを探して………! あの子はまだ生きてる筈よ………!」












 こうして、天城輪廻がリキヤを救うために引き起こした災禍の紅月は、辛うじて終結した。


 しかし――――――輪廻を打ち倒して世界を救った英雄は、戻って来なかった。

 





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