姉妹の開放
動力区画へと繋がるハッチの向こうからは、銃声が聞こえてくる。
おそらく、動力区画の生き残りが武器庫にある武器を使って応戦しているか、先ほど照明が消えた原因は動力区画が攻撃を受けたからだと判断した他の警備兵たちが駆けつけて、侵入してきたホムンクルスたちと交戦しているのだろう。
AK-15のフォアグリップから手を離し、左手でハッチを開ける準備をしながら後続の仲間の顔を見る。準備を終えた仲間たちが頷いたのを確認してから、俺は左手でハッチを開けた。
「GO! GO! GO!」
ハーフエルフの兵士が、AK-15Uを構えて動力区画の内部へと飛び込んでいく。今しがた開けたハッチの向こうからはうっすらと黒煙や火の粉が漏れ出していた。
仲間たちが突入し終えてから、俺も動力区画の中へと飛び込んでいく。
ずらりと並んだフィオナ機関が燃えていた。中には流れ弾なのか、それともホムンクルスが意図的に動力を遮断するために狙ったのか、無数の棘が突き刺さっているフィオナ機関もあり、傷口からスパークを発しながら機能を停止している。
昨日を停止したフィオナ機関の傍らに倒れているのは、無数の棘に串刺しにされたオレンジ色のツナギ姿の団員たちだった。
オープンタイプのドットサイトを覗き込み、辛うじてまだ動いている蒸気機関の向こうにいるホムンクルスに3点バースト射撃をぶちかます。3発の弾丸のうち2発が側頭部を直撃したらしく、大口径の弾丸に牙を剥かれたホムンクルスの頭が粉々になった。
セレクターレバーをフルオートに切り替えつつ、破壊されたフィオナ機関の陰へと隠れる。呼吸を整えながら折り畳まれているスパイク型銃剣――――――テンプル騎士団の銃には標準装備されている――――――を展開し、フィオナ機関の陰から飛び出した。
動力区画の中はそれなりに広いが、床の上にはフィオナ機関や蒸気機関がびっしりと設置されているため、下手をすれば敵兵と20m未満の距離で銃撃戦を繰り広げることになる。セミオートで敵を狙うよりも、フルオートで弾丸を撃ちまくったり、銃剣で白兵戦を挑んだ方が効率的だろう。
くそったれ、まるで塹壕戦だ。
AK-15のフルオート射撃でホムンクルスを蜂の巣にする。ズタズタになったホムンクルスを踏みつけながらジャンプし、味方へとフルオート射撃をぶちかましていたホムンクルスの喉元にスパイク型銃剣を突き立てる。先端部が華奢な首を貫き、反対側からピンク色の体液で濡れた状態で突き出た。
強引に銃剣を引っこ抜き、そのまま時計回りにくるりと回転しながら、勢いを乗せて敵兵の顎を銃床で思い切りぶん殴る。首を串刺しにされた挙句、顎の骨まで粉砕されたホムンクルスが、ピンク色の血を撒き散らしながら吹っ飛んで行く。
すぐに近くにある蒸気機関の影に隠れ、敵兵からのフルオート射撃を回避する。隠れながらマガジンの中に残っていた弾丸をフルオートで敵兵にぶっ放し、咳き込みながら空になったマガジンを交換した。
呼吸を整えながらマガジンの交換を終えたAK-15を背中に背負い、ホルスターの中からPL-14を引き抜く。近距離での戦闘になるため、アサルトライフルを使うよりもこっちで戦った方が戦いやすいだろう。
近くに立てかけられているスコップ――――――多分蒸気機関に石炭を放り込むためのスコップだ――――――を拾い上げ、柄を握り締めてから敵兵に向かって突っ込んでいく。蒸気機関の陰から飛び出した俺に敵が銃口を向けるよりも先に、白髪で覆われた頭にスコップを叩きつけ、よろめいた隙に左手に持ったPL-14で止めを刺す。
姿勢を低くして敵兵が突き出してきた銃剣を回避し、右手に持ったスコップを敵兵のすらりとした腹に向かって突き出した。石炭まみれのスコップの先端部がホムンクルスの華奢な腹にめり込み、傷口から飛び出した体液が俺の制服を黒とピンクの奇妙な迷彩模様に変えていく。
強引にスコップを引き抜き、そのまま振り上げてから頭へと振り下ろす。うつ伏せに倒れたホムンクルスの後頭部に9mm弾を叩き込んだ直後、通路の方から飛び出してきたホムンクルスが、両手を剣に変形させながら飛び掛かってきやがった!
スコップで受け止めようとするが、キメラの外殻で形成した凄まじい切れ味の剣をただのスコップで受け止められるわけがない。木製の柄があっさりと両断され、血まみれになったスコップの先端部が床に落下して金属音を奏でる。
両断された柄でそいつをぶん殴ってから投げ捨て、右手に思い切り力を込めながらホムンクルスの頭を掴む。頭を掴まれたホムンクルスが振り回した剣が右腕を覆っている制服の袖を掠めて切り裂いたことによって、移植した俺の義手があらわになった。
義手の表面を、真っ黒な体毛が覆っている。
手のひらに力を込めると、無意識のうちに伸びた爪が手袋を突き破り、ホムンクルスの頬やこめかみにめり込み始める。真っ白な皮膚に穴を穿った爪が肉を貫き始めるが、痛覚のないホムンクルスは無表情のまま剣を振り回し続けている。
やがて、手袋も引き裂かれ、真っ黒な体毛に覆われた右手があらわになった。
タクヤが手配してくれた俺の義手は――――――『マーナガルム』と呼ばれる狼の前足を加工した代物だった。
マーナガルムは非常に強力な魔物と言われている。成長するとドラゴンと同等の大きさになると言われており、縄張りに入ってきたドラゴンや他の魔物を容易く八つ裂きにしてしまえるほどの戦闘力があるらしい。
俺に狼の義手をくれるとはな。
そのままホムンクルスの頭を握り潰す。潰れた脳味噌と頭蓋骨の残骸を投げ捨てた俺は、手のひらにある肉球を見つめながら苦笑いした。マーナガルムの前足をそのまま移植したわけではなく、骨格や筋肉繊維を加工した義手らしいんだが、なぜ肉球を残してしまったのだろうか。
リハビリ中にクランが幸せそうな顔をしながらこの肉球を触っていた事を思い出しながら、フィオナ機関の残骸が所狭しと並ぶ動力区画の中を見渡す。
突入した他の兵士たちは、侵入したホムンクルスをもう殲滅したらしい。
「ダニエル、損害は!?」
「負傷者無し! 生存者も保護しました!」
血まみれになったスコップを放り投げ、ダニエルたちのいる方を振り向く。ダニエルたちの傍らにはオレンジ色のツナギに身を包んだ団員たちがいて、返り血の付いたスパナや鉄パイプを持っていた。中には武器庫から取ってきたのか、AK-47やAKS-74Uで武装している団員も見受けられる。
テンプル騎士団の非戦闘員にも、もしタンプル搭が今回のように襲撃を受けた際に応戦できるように、一週間に一度の射撃訓練が義務付けられているのだ。だから戦闘訓練を受けた兵士だけでなく、露店で野菜や日用品を売っている民間人も当たり前のように銃をぶっ放せるし、得物を分解するのも朝飯前なのだ。
フィオナ機関を動かしていた非戦闘員が、AK-47で応戦してくるとは思わなかったに違いない。
「同志、ありがとうございます。助かりました!」
「よく持ちこたえてくれた、こっちこそ感謝する。それより、フィオナ機関はどうだ?」
「はい、2基ほど無事なやつがあります。再起動させれば、最低限の魔力は確保できるかと」
「分かった。ではそれの再起動を頼む。侵入してくるホムンクルスは俺たちが食い止める」
「分かりました。お願いします。――――――よし、フィオナ機関再起動準備!」
「安全弁異常なし! バルブ開放!」
キャットウォークの上に上がったエルフの団員が、でっかいバルブを回す。そのうちにダークエルフの団員が巨大なフィオナ機関の前にあるキーボードを何度かタッチして再起動の準備を済ませてから、班長に向かって親指を立てる。
頷いた班長は部下たちに「よし、4号フィオナ機関再起動開始!」と大きな声で命じてから、もう1基のフィオナ機関の方へと走っていった。
PL-14をホルスターに戻し、背負っていたAK-15を装備する。オークの兵士が破壊されたフィオナ機関の残骸を抱え、地下トンネルのホームへと続いている通路へと積み上げてバリケードを構築し始める。俺も近くに転がっていた血まみれの鉄パイプを積み上げようとしたその時、トンネルの奥から飛んできた棘がバリケードを直撃する。
「敵襲!」
やっぱり地下トンネルを使って進軍してきたか………!
舌打ちをしながらバリケードから身を乗り出し、AK-15をぶっ放す。アサルトライフルを乱射しながら突っ込んできたホムンクルスの脇腹に大穴が開き、真っ白なホムンクルスが崩れ落ちる。
通路を照らしていた照明が明るくなり始める。再起動した2基のフィオナ機関が、タンプル搭の内部に再び魔力を供給し始めたおかげなのだろう。もしここを突破されて動力区画が陥落すれば、暗い通路の中で無数のホムンクルスと近距離戦や白兵戦を繰り広げる羽目になる。
是が非でも、突破を許すわけにはいかない。
歯を食いしばりながら、俺は通路の向こうから押し寄せてくるホムンクルスの群れにフルオート射撃をぶちかますのだった。
もしテンプル騎士団に鹵獲されず、自我のないホムンクルスとして死んでいたら、私たちの魂もサーバーに取り込まれてセキュリティ代わりに使われていたのだろうか。
ルーへと手を伸ばしてくる同胞たちを見下ろしながら、ハッキングのために展開していた魔法陣へと手を伸ばす。身体にしがみついてくる戦死した同胞たちの呪詛を聞きながら、ルーは再び魔法陣に投影されている古代文字や記号を書き換え始めた。
是が非でも、サーバーのオーバーライドを成功させなければならない。オーバーライドに成功すれば、世界中で人類を蹂躙しているホムンクルスたちが味方になる上に、自我を剥奪されて苦しんでいる同胞たちを解放する事ができるのだから。
『私たちは死んじゃったのに』
『お姉ちゃんは自由になったのね』
「…………ごめんなさい」
呪詛を聞きながら、ルーは姉妹たちにそう言った。
ちらりとベアトリスとレイチェルの方を振り向く。2人にも傷だらけのホムンクルスたちが縋り付いているけれど、2人は死んでいった姉妹たちに謝りながら涙を流し、ハッキングを継続している。
自由になった私たちの事が憎たらしいに違いない。
だからルーは、自由を知った者として姉妹たちを解放する。サーバーのハッキングを成功させて世界中で戦っている姉妹たちを解放し、忌々しい災禍の紅月を終わらせる。
そうすれば、縋り付いてくる死んでいった姉妹たちも許してくれるかもしれない。
真紅の水面から傷だらけの手が伸びてきて、ルーの足や腰に縋り付いてくる。爆発で頭を砕かれてしまった姉妹や、焼夷弾で焼かれたのか、黒焦げになった姉妹がルーの身体を掴み、他のホムンクルスたちと一緒に呪詛を連呼し、ルーたちの心を侵食していく。
魔法陣をタッチしていた指がぶるぶると震え始める。
もう耐えられない。
「ごめんなさい………ごめんなさい………!」
『ずるいよ、お姉ちゃん』
『痛いよぉ』
『死にたくなったのに』
『自由になりたかったのに』
『どうして私たちを置いて行ったの?』
「ごめんなさい………!」
ルーは魔法陣から手を離し、頭を抱えてしまった。けれども、真紅の水面から姿を現す死んでいった姉妹たちは容赦なくルーに縋り付き、ルーの心を壊そうといているかのように、お構いなしに呪詛を連呼する。
その時、真紅の水面からやけに小さな手が伸びてきた。
他のホムンクルスと比べると少しばかり幼い真っ白な手。おそらく、戦場に投入されて死んでいったホムンクルスではなく、戦闘に投入するのは不可能だと判断されて処分された失敗作だろう。他のホムンクルスたちと違って戦う前に処分されてしまったのだから、彼女たちが秘めている呪詛は戦意したホムンクルスとは比べ物にならないほど強烈なのは想像に難くない。
けれども――――――その幼いホムンクルスの手は、ルーの身体ではなく、ルーに縋り付いている姉妹たちの手をそっと掴んでいた。
「え………?」
『ダメだよ、みんな』
真紅の水面の中から、他のホムンクルスよりも幼い個体がゆっくりと姿を現す。
そのホムンクルスが身に纏っているのは、他のホムンクルスが身に纏っている白い服ではなく、テンプル騎士団の兵士に支給されている黒い制服だった。一回り大きいサイズの制服を身に纏った幼いホムンクルスは、呪詛を連呼していたホムンクルスたちの手を微笑みながら掴むと、もう片方の手で傷だらけのホムンクルスの頭を優しく撫で始める。
「ローラ………?」
そう、真紅の水面の中から姿を現したのは、タクヤと一緒に天空都市の最深部へと向かった筈のローラだった。
まさか、彼女も死んだというの………?
サーバーの内部に姿を現したという事は、ルーたちと同じようにサーバーにアクセスしたか、死亡して魂をサーバーに取り込まれたことを意味する。
呪詛を連呼していたホムンクルスたちが、一斉にローラを見つめる。ローラの眉間と胸板に風穴が開いていることに気付いたルーは、ローラがサーバーの中に姿を現した理由を理解する羽目になった。
彼女も死んでしまったのだ。
『この子たちを怨んじゃダメ』
「ローラ………」
すると、ローラは微笑んだままルーの方を振り向いた。
『ごめんね、私も死んじゃった』
「そんな………」
『でもね、私は誰も怨んでないわ。ナガトは生きてるし、おにーちゃんたちもこの世界のために戦い続けてるもん。…………だからね、生き残っている皆にはこの災厄を乗り越えて幸せになって欲しいの』
ローラに撫でられていたホムンクルスが、まるで母親に抱きしめられている幼い子供のように微笑み始める。ルーやレイチェルたちにしがみついていた戦死したホムンクルスたちも手を離し、ゆっくりとローラの傍らに集まり始めた。
『ルー、他の姉妹たちを助けてあげて。私たちはもう死んじゃったから力になれないけれど、あなたたちはまだ生きている。無理矢理戦わされている姉妹たちを開放して、彼女たちにも教えてあげて。――――――この世界はとっても素敵で、楽しい世界だという事を』
「…………分かった」
ルー、みんなを助ける。
レイチェルとベアトリスに向かって頷いてから、魔法陣へと手を伸ばす。
すると、後ろで戦死したホムンクルスの頭を優しく撫でていたローラのハミングが聞こえた。戦死したホムンクルスもローラと一緒に歌い出したからなのか、歌声がどんどん大きくなっていく。
ちらりと後ろを振り向くと、先ほどまで呪詛を連呼していたホムンクルスの姉妹たちも、ローラと同じように微笑んでいた。
古代文字と記号を次々に書き換えていく。表示されていた古代文字を全て書き換えると、目の前にオルトバルカ語で書かれたメッセージが姿を現した。
《オーバーライド完了。全てのホムンクルスの拘束を解除します》
「よし…………!」
これでみんなは自由になれる!
「ベアトリス、レイチェル、サーバーから脱出を」
「「はい、お姉様!」」
魔法陣から手を離してから、ルーは後ろを振り向く。
戦死したホムンクルスと一緒に歌っていたローラが、幸せそうに微笑みながら手を振っている。ルーも微笑みながら彼女に手を振ってから、サーバーから脱出していった。




