ナバウレアへの進撃
私の周囲には、巨大な魔法陣が刻まれていた。巨大な魔法陣の中心に用意された金属製の柱に両腕と両足を縛り付けられているらしい。
魔法陣の外を見渡してみると、懐かしい建物がずらりと並んでいるのが見えた。騎士団に入団してからずっと世話になった宿舎や馬小屋だ。ここはナバウレアの駐屯地なんだろうか?
「………久しぶりだねぇ、エミリア」
「ジョシュア、貴様………!」
「やっと君に会えたよ。………やっぱり君のような可愛い子は、あんな余所者には相応しくない」
「力也はどこだ? タクヤたちは無事なのか!?」
ニヤニヤと笑いながら私の頬に手を伸ばしてくるジョシュア。私は頭を振ってジョシュアの手を弾くと、睨みつけながら問い掛けた。
「ああ、あの余所者たちか。あいつなら今頃クガルプール要塞で拷問を受けているよ。――――そのうち処刑されるんじゃないかなぁ! あっはっはっはっはっ!!」
「な、なに………!?」
クガルプール要塞で拷問を受けているだと!?
あいつは今も拷問され、苦しんでいるかもしれない。力也が苦しんでいるのを想像した瞬間、まるで剣を突き立てられたかのように胸が痛みだした。
「大丈夫だよ。君にはあんなやつなんて必要ないからね」
「貴様ぁ………!!」
ふざけるな、ジョシュア!
まだ私の頬に手を伸ばそうとしてくるジョシュアを睨みつけてると、彼の後ろから女の騎士が歩いて来るのが見えた。頭の両側はお下げになっている。あのお下げは、幼少の頃から全く変わっていない。
姉さん―――。
「ジョシュア、儀式の準備は整ったそうよ」
「そうか。………あとは少し待つだけだ」
ジョシュアに報告した姉さんは、ちらりと私の顔を見てから私を取り囲んでいる魔法陣を見つめた。私の顔を見てきた姉さんの顔は、悲しそうな顔に見えたような気がした。
どうして悲しそうな顔をしたんだろうか? 昔は優しかったのに、姉さんはもう両親のように冷たくなってしまった。なのに、なんで悲しい顔をして私を見たんだ?
「それと………クガルプール要塞からの連絡が途絶えたわ」
「なに? 伝令は?」
「帰って来ない。魔物に襲われた可能性もあるけど………私たちの進軍の後に、魔物が残っているかしら?」
「………余所者め、逃げたのか………?」
クガルプール要塞からの連絡が途絶えただと? あそこはオルトバルカ王国との国境付近に建てられた大規模な要塞の1つだぞ?
大国の侵攻を防ぐことができるように、あそこの守備隊には騎士団から選抜された精鋭たちが優先的に配備されるようになっているし、飛竜の数も多い。相変わらず魔術師は全く配備されていないが、剣士たちの実力で考えれば十分にオルトバルカ王国の騎士団を足止めできるほどの戦力だし、数も多い。
私がナバウレアに連れて来られてからはそれほど時間は経過していない。伝令が帰って来ない事に気付いた時間を考えても、要塞が陥落したとは全く考えられない。
いや、力也やモリガンの仲間たちならば可能か? 私たちと同等の実力を持つタクヤとラウラも一緒ならば、短時間で要塞を攻め落とすことは可能かもしれない。それに、私たちには異世界の兵器がある。あらゆる騎士を蹴散らし、魔物を粉砕し、吸血鬼をも追い詰める最強の矛だ。そしてその担い手たちも少数精鋭の傭兵たち。守備隊のアドバンテージをひっくり返してしまう可能性は十分だろう。
要塞が陥落したことが信じられないのか、ジョシュアは信じられないと言わんばかりに訝しみながら姉さんを睨みつけた。しかし、そんな目で睨まれている姉さんは全く意に介さず、予想外の事態で早くも狼狽えるジョシュアを馬鹿にするかのように肩をすくめる。
貴族出身の指揮官は、こういう事態に弱い。それゆえに本当に優秀な指揮官は、地位と権力だけで指揮官の座につく傲慢な貴族たちではなく、実戦を経験した者なのだ。平民出身の騎士たちはそう思っている者が多い。
「………僕は執務室に戻るよ。念のため、警備兵の増量とあれの起動を」
「まだ調整が終わっていないわ。現時点では暴発の可能性もある」
「調整を急がせろ。あいつらがここまで進軍して来たら、計画は確実に頓挫するぞ」
ジョシュアはそう言うと、まるで四方を敵の大軍に囲まれた指揮官のような渋面を浮かべ、駐屯地の方へと歩いていく。姉さんは無視するように黙って魔法陣の模様を見つめていた。
「………姉さん」
「もう姉さんって呼ばないでって言ってるでしょう………?」
姉さんは小さな声で言うと、私の顔を睨みつける。ネイリンゲンの屋敷でそう言われた時も睨まれたけど、今の姉さんの顔はやっぱり悲しそうな感じがする。
そういえば、姉さんはどうして冷たくなってしまったんだろうか? 昔は私に優しくしてくれた姉さんは、騎士団に入団してから冷たくなってしまった。
騎士団で何かあったのだろうか?
「姉さん、なんで冷たくなってしまったんだ………?」
「………」
姉さんは答えてくれない。悲しそうな顔のまま俯いてしまう。
「姉さん………?」
「………」
歯を食いしばってから俯くのを止めた姉さんは、再び私を睨みつけてから踵を返し、宿舎の方へと歩いて行ってしまった。
キャタピラとエンジンの音を聞きながら、俺たちは森の中を見渡していた。かつて母さんと親父が2人でナバウレアから逃げ出した時に通った道だ。2人とも金を持っていなかったから、魔物を必死に倒しながら野宿を繰り返し、何とかさっきのクガルプール要塞に辿り着いたんだという。2人の駆け落ちじみた逃走劇はおとぎ話と同じくらい聞いたから、2人がどうやってオルトバルカ王国で傭兵を始めたのかも把握しているのだ。
あの時は逃げようとしていた。ジョシュアという男からエミリアを解放し、この異世界で生きていくために。
でも、今の親父は仲間たちを連れて、彼女を助けるためにナバウレアに攻め込もうとしている。半年前とは真逆だ。
レオパルト2A6の砲塔の上に腰を下ろし、愛用のAN-94を弄りながら俺は息を吐いた。結局クガルプール要塞では一度もこの相棒は火を噴かなかったが、ナバウレアに到着すればきっと素敵な歓迎パーティーが幕を開けるだろう。モリガンの傭兵たちを快く思わないクソ野郎共が主催者となる、この異世界で最低最悪の歓迎パーティーである。
その時だ。こいつが確実に火を噴き、真価を発揮するのは。
『力也さん、そろそろナバウレアですよね?』
「ああ、この森の先だ」
砲塔の上に搭載された20mm速射砲のターレットの傍らで、AKS-74Uを点検していたフィオナちゃんが尋ねる。既にレオパルトの車内には4人の乗組員が乗っており、役割は残っていないため、乗組員となる4人以外は全員タンクデサントの真っ最中なのだ。
何だか仲間が増えたような感じがする。
タンクデサントをしているのは、俺と親父とラウラとフィオナちゃんの4人。いつもは甘えてくるラウラも、そろそろナバウレアに到着するため無言で武器の最終チェックを続けている。
戦闘中になるといつもラウラは寡黙になり、敵を目にすると親父のように獰猛になる。普段はエリスさんで、戦闘中のみ親父みたいな性格になっているのだ。だから普段から彼女を見ているととてもアンバランスな性格に見えるし、二重人格なのではないかと思ってしまう。
今から俺たちが攻め込むナバウレアは、先ほどラウラが1人で攻略してしまったクガルプール要塞と比べると規模が小さい。大国からの侵略を防ぐために建設されたのがクガルプール要塞で、それに対してナバウレアは国内の魔物を討伐するための騎士団が駐留する駐屯地なのだから、当然ながら規模の差は歴然である。
だが、今は母さんの許嫁であるジョシュアが警備を強化しているに違いない。要塞から何も報告がなければ怪しむだろうし、勘が鋭ければ親父が脱走したという事も予測するだろう。母さんをさらわれた親父は必ず母さんを連れ戻すために、仮に単独であっても駐屯地に攻め込んでくる事は想像に難くない。今の時点であのレリエル・クロフォードと一戦交え、殺されかけたとはいえ全員で生還している傭兵ギルドのリーダーなのだから、どれほど警備を強化しても〝過剰”とは言えないだろう。それほどの本格的な歓迎会になるのは明らかだ。
ナバウレアにも防壁はあるが、いきなり拷問を受けていた地下室から戦い始めたクガルプール要塞での戦いとは異なり、今度は防壁の外側から攻め込むような状況での戦いとなる。レオパルトの120mm滑腔砲を叩き込まれれば駐屯地の防壁など木端微塵だろうが、俺たちは母さんを救出しなければならない上、再びエリスさんと戦わなければならない。しかも、歴史を変えないように気を配りながら戦う必要があるのだ。
とりあえず、ナバウレア周囲での草原の戦いと防壁内部での戦闘を想定すると、ベストな武器はやはりアサルトライフルだろう。
ちらりとタンクデサントをしているメンバーを見渡す。親父は相変わらずグレネードランチャー付きのAK-47を肩に担いで戦車の前方を睨みつけているし、フィオナちゃんも武器の点検を終えて戦闘準備をしている。
隣で銃の点検をしていたラウラも点検を終えると、先ほど俺が新たに支給したばかりの銃を構え、照準器を覗き込んだ。
彼女が持っているのは、いつものグローザではない。先ほどのクガルプール要塞での戦闘で弾薬を撃ち尽くしてしまったらしいので、新しく別のアサルトライフルを用意したのである。
そのアサルトライフルは――――――――AN-94と同じくロシア製アサルトライフルの、『AEK-973』と呼ばれる銃だ。『AEK-971』というアサルトライフルをベースにしたライフルで、俺のAN-94と比較するとさすがに2点バースト射撃は超えられないが、総合的な連射速度は速い。更にAN-94よりも頑丈で低コストという特徴がある。
原型となったAEK-971はロシアなどの東側のアサルトライフルで一般的に使用される5.45mm弾を使用するのだが、俺がラウラに渡したAEK-973が使用する弾薬はより大口径でAK-47も使用する7.62mm弾。もちろん、連射速度は落としていない。
タンジェントサイトとグレネードランチャーを取り付けたほか、ラウラの要望で銃口にはライフルグレネード発射用のカップ型のアダプターを装着してある。これで立て続けにグレネードでの砲撃ができるのだが、その代わり扱いは少々難しくなっている。
後はフルオート射撃が可能なモデルのCz75フルオートを2丁装備している。こちらは近距離での射撃用らしいが、中距離での使用も考慮して折り畳み式のストックを装備して欲しいという事で、ベレッタM93R用のストックを改良して搭載している。おかげで、ストックを展開すれば小型のSMGのように見えてしまう。
ちなみに、俺もついでにCz75SP-01に折り畳み式のストックを装備しておいた。
「なあ、タクヤ」
「はい?」
「お前、何でスコップを持ってるんだ?」
AK-47を担いでいた親父は、俺が腰の後ろに下げているホルダーを指差しながらそう言った。
今の俺の腰の後ろにあるホルダーには、いつもの大型ワスプナイフではなく漆黒のスコップが2つ収まっている。もちろん両手で持つようなスコップではなく、マチェットよりも少し小さなサイズのものだ。しかも折り畳む事ができるため、折り畳んだ状態では大型ワスプナイフとサイズはあまり変わらない。
片方を取り出し、折り畳んだ状態から展開する。ごく普通の穴を掘るためのスコップと比べると鋭角的で、先端部はナイフや剣の刀身を思わせる鋭い刃になっている。そのためこれでマチェットのように斬りつけたり、敵を突き刺すことが可能になっているのだ。普通のスコップでは考えられないが、軍用のスコップでは一般的である。
「塹壕戦にでも行くつもりか?」
「こいつでぶん殴るんですよ、ジョシュアを」
「なるほどね」
敵を殺傷するだけでなく、塹壕を掘ることもできるので携帯しておくべきだろう。今回のナバウレア攻防戦では塹壕を掘る機会はないだろうけど、第一次世界大戦のように白兵戦で猛威を振るってくれるに違いない。
「なら、是非顔面をぶん殴ってやってくれ」
「了解です、同志リキノフ」
ちなみに、余談だがロシア製のスコップには迫撃砲を内蔵したかなり珍しいスコップが存在するという。しかも改良されたタイプがロシア軍で採用されているらしい。
そっちもぜひ作ってみようと思ったんだが、元々俺は二刀流で戦うため、迫撃砲として運用できるスコップを2つ作っても砲撃の際のメリットが小さいという事で生産はしていない。ステラに作ってあげたら喜ぶだろうか。
「あ、でも止めは俺が刺すからな。半殺しで頼む」
「ええ、同志の分もとっておきますからご安心を」
『す、スコップって戦闘に使うんですか………?』
「俺の世界で勃発した昔の戦争では戦闘に使ってたらしいぞ」
『は、初耳です………』
雑談している間に、レオパルト2A6を取り囲んでいた木々の群れが消え失せていた。その代わりに今度は草原が広がり、その草原の彼方に防壁らしきものに囲まれた小さな駐屯地の姿があらわになり始める。
あの駐屯地がナバウレアなのだろう。かつて母さんが所属していた場所で、親父と母さんの旅が始まった出発点。草原の真っ只中にある防壁を見つめながら、俺は息を吐いた。
「あれがナバウレアか………」
呟きながらナバウレアを見つめていると、俺は防壁の近くに見慣れない建造物が建てられていることに気がついた。
10mほどの高さの柱のようだ。まるでリボルバーのシリンダーの中に装填されている弾丸のように6本の柱が配置されていて、表面は紅色に発光している。
あれは何だ? 俺は背中からOSV-96を取り出してスコープで確認しようとしたけど、長い銃身を展開する前にその6本の柱の上に真紅の光が出現し、柱たちの中央へと集まって巨大な球体を形成し始めたのが見えて、俺はすぐにアンチマテリアルライフルを背中に背負った。
『あれは………! し、信也くん! 回避してください!』
俺の隣に乗っていたフィオナちゃんが、キューポラのハッチをすり抜けて中にいる信也叔父さんに言った。やはりあれは、ナバウレアからの攻撃なんだろう。
「ミラ、回避!」
(了解!)
ナバウレアへと直進していたレオパルトが右へとカーブを開始する。俺は砲塔にしがみつくと、その真紅の光を睨みつけていた。
レオパルトがカーブを終えて草原をL字型に抉ったその時、6本の柱たちの中心に浮遊していた真紅の光がいきなり収縮したかと思うと、再び膨張して俺たちの方へと向かって飛んできた!
レーザーを思わせる恐ろしい弾速だった。でも、その凄まじい弾速にふさわしい音は全く聞こえない。ただ紅い光をまき散らしながら俺たちに向かって飛んで来るだけである。
でも、発射される前にフィオナちゃんのおかげで回避を始めていたから、その紅い光がレオパルトの車体に飛び込んでくることはなかった。紅い光をばら撒きながらレオパルトが排出した排気ガスの真っ只中を突き抜け、森の方へと向かって飛んで行く。
「ありゃ何だ!?」
装填手のハッチから身を乗り出したギュンターさんが叫ぶ。猛烈な魔力の気配がしたが、あんな魔術は聞いたことがない。まるで魔力の塊をかなり圧縮して撃ち出したかのような攻撃である。
『今のは………ゲイボルグ………!?』
「ゲイボルグ?」
『はい。私が生きていた頃、オルトバルカ王国の魔術師が提唱した遠距離攻撃用の魔術です!』
フィオナちゃんが生きていた頃ということは、100年前ということになる。そんな大昔に提唱された魔術を、なんで魔術師の戦力に乏しいラトーニウス王国騎士団が所有してるんだ?
『今のうちに接近してください! 狙い撃ちにされちゃいます!』
「了解! ミラ、接近して! カレンさんは砲撃準備! 砲弾は徹甲弾! 目標、ゲイボルグ!」
「ヤヴォール!」
(ヤヴォールッ!)
まずは、あのゲイボルグを砲撃で破壊しなければならないようだ。
「兄さんたちは突撃準備を!」
「おう!」
「ラウラ、出番だぞ」
「了解!」
カレンさんがあのゲイボルグを徹甲弾で吹っ飛ばしてくれたら、すぐに突撃しよう。ナバウレアに突入して母さんを救出し、歴史通りにジョシュアをぶち殺す。
間違いなくエリスさんと再び戦う羽目になるが、彼女が死ぬことになればラウラは生まれなかった事になってしまう。もしそんな事になったら、ラウラが消えてしまうかもしれない。
歴史を変えるわけにはいかない。何とかしてエリスさんをモリガンの仲間にし、最終的には親父と結婚してラウラを生んでもらわなければ。
「撃てぇぇぇぇぇぇぇぇッ!」
「発射!」
信也叔父さんが絶叫した瞬間、俺は隣にいたラウラを抱き抱えながら両耳を塞ぐ。その直後、強烈なマズルフラッシュと砲声が俺とラウラたちを飲み込んだ。




