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港町に到着するとこうなる


 ラトーニウス王国の南には、ラトーニウス海と名付けられた海原が広がっている。気候は北国であるオルトバルカ王国と対照的で非常に暖かいため、オルトバルカからここまで旅をして来た者たちはいきなり雪山から南国へとやってきたかのような感覚を覚えるという。


 俺たちも、まさにその旅人たちと同じことを思っていた。


「あ、暑い………」


「ここが………ラトーニウスの南端の街ですのね………?」


 魔物を倒しつつラトーニウス王国を南下し続けていた俺たちは、潜水艇の操縦訓練を繰り返しつつ、ついに南端にある港町の『ノルト・ダグズ』へと辿り着いた。


 オルトバルカ王国と比べて発展が遅れているラトーニウス王国はまだ伝統的な建築様式の建物が目立つけど、このノルト・ダグズは特に伝統的な建物が多い。むしろ工場や新しい建物があまり建てられていない、昔ながらの街のようだ。


 中世ヨーロッパを思わせる白いレンガの建物がずらりと並び、海の方に行けば行くほど木造の質素な建物が増えていく。そしてその建物の群れの向こうには船が停泊する港が広がり、ラトーニウス海が広がっている。


 海底神殿があると言われているのは、このラトーニウス海の深海だ。


 潮風を浴びていると、昔の事を思い出してしまう。


 嫌な父親から解放され、母と2人で羽を伸ばした幼少の頃を。


 あの時は、俺にとって海は嫌なことを忘れるための場所であり、痛みを捨てる場所だった。何かを得るための場所ではなく、自分の心を蝕む感情を捨てるための大海原。しかし異世界に生まれ変わった俺は、その海から何かを得ようとしている。


 まるで、前世で捨てたものを掘り起こそうとしているかのように。


「どうする? 早速潜水艇でダンジョンに行く?」


「うーん………さすがに準備もしておいた方が良いだろうし、もう1回くらいリハーサルをやっておいた方が良いんじゃない?」


 早く鍵を手に入れなければならないんだけど、焦ってミスをし、全員で海の藻屑になるのはごめんだ。しかも水圧の高い深海に潜らなければならないのだから、ミスをするわけにはいかない。準備をしっかりと整え、計画を吟味しなければならない。


 ラウラを説得するためにも、俺は準備をするべきだという説明を続ける。意見が分かれるとチームワークの動きが悪くなってしまうからな。軋轢は今のうちに埋めておくべきだ。


「それに、あの神殿に鍵があるという事を知ってるのは今のところ俺たちだけだ。だからちゃんと準備していこう。焦ると逆に危険だぜ」


「ふにゅう………それもそうだね」


 それと、魚雷の発射訓練もやっておかなければならない。


 とりあえず準備をするためにも、宿を探そう。今日は準備を整えつつ訓練を行い、明日海底神殿に向かえばいいだろう。


 春の中盤まではストーブが必需品と言われるほどのオルトバルカ王国とは全く異なり、ラトーニウス王国の南部は12月の終盤にはコートやストーブが無用の長物と言われるほど暖かい。


 思わずフードを取りたくなるが、もし感情が昂ってしまったら頭の角が伸びてしまう。角が生えていることがバレてしまったら面倒なことになるので、せめて宿屋に行くまで我慢しよう。確か他にも服装は登録してある筈だし、レジスタンスの服装も生産しておいた筈だ。レジスタンスの服装はほぼ私服だから、少なくともモリガンの制服がベースになっているこの転生者ハンターのコートよりは薄着だろう。あっちの方が涼しい筈だ。


 潮の香りと木造建築の建物が発する匂いに包まれながら、町の通りを進んで宿屋を探す。通りにはやはり露店が並んでいて、店主たちの大きな声が買い物客たちの向こうから聞こえてくる。港町というだけあって露店で売られているのは殆ど海産物で、見慣れた魚も売られていた。


 あの平べったいのはヒラメかな? マグロみたいな魚も売られてる。いつか久しぶりに刺身を食べてみたいんだけど、どうやらオルトバルカやラトーニウスでは魚を生で食べることはないらしい。だから親父が若い頃にモリガンのメンバーに刺身を振る舞った時は、みんな生で魚を食べるのかと驚いていたという。


 そういえば、みんなも魚を生で食べたことはないんだろうか? 


「魚を見てると、刺身が食べたくなってくるな」


「ふにゅ、そうだね。お姉ちゃんも久しぶりに食べたいな」


「サシミ……?」


 やはり、みんな知らないらしい。カノンはギュンターさんかカレンさんから話を聞いたことがあるのか首を傾げてはいなかったけど、ナタリアとステラは知らないようだ。


 特に食べ物に興味があるステラは、すぐに食い付いてきた。


「タクヤ、サシミとはなんですか?」


「魚料理だよ。生の魚を切って、醤油で食べるんだ」


「な、生で………魚を食べるんですか……?」


「ああ、美味しいんだぞ? なあ、お姉ちゃん?」


「うん、とっても美味しいんだよ!」


 この世界の最中料理は火を通したものばかりだから、刺身や寿司は日本出身の転生者が自分で作らない限り、オルトバルカ王国では口にする事が出来ない。父親も転生者でよかったと思いながら露店の魚を眺めていると、俺の隣を歩いているステラが早くも口元のよだれを拭い始めていた。


 おいおい、ナタリアはまだ美味そうだと思ってないみたいなのに、もう興味を持っちまったのか?


「ところで、ショウユとは何ですか?」


「大豆で作る調味料だよ。多分、倭国にあるんじゃないかな?」


 あそこは日本に似ている国だからな。もしかすると醤油もあるかもしれない。


「お、あそこが宿屋じゃないか?」


 段々と奇妙でグロテスクな魚が売られている露店が増えてきたので、トラウマになる前に目を逸らしてしまおうと別の建物を見上げると、そこに都合よく宿屋の看板がついた木製の建物が建っていた。それほど大きな建物ではないみたいだけど、宿泊費は安めで住むだろう。準備と訓練をするための場所を確保できればいいのだから、そんなに豪華な宿屋ではなくても構わないし。


 仲間たちと共に、その宿屋の入口のドアを開ける。店内はやはりやや狭かったけど、床や壁はしっかりと掃除されているようだった。漁師が良く訪れる場所なのか、港町らしさを醸し出すためなのか分からないけど、ロビーの壁際には船の錨や錆びついた銛が飾られている。


 飾られている銛は、おそらく実際に漁に使われたものなのだろう。やや錆びついているけど先端部は研ぎ澄まされていて、このまま放り投げればでっかいサメも貫通できそうなほど鋭い。


 まじまじと銛を見つめていると、カウンターの奥にいた小柄な老人が俺たちに「いらっしゃい」と声をかけてきた。


 人間にしてはやけに小柄だ。身長は140cm前後だろうか。小柄だけどがっしりしているから、おそらくドワーフなんだろう。ラトーニウス王国に住むドワーフたちは、鍛冶以外に漁で生計を立てている者たちもいると聞いたことがある。この人は漁師だったのかな?


「はい。一泊したいんですけど………」


「構わんよ、部屋は空いてるからね。この宿には食堂がないから、すまんが食事は外にあるレストランを利用してくれ」


「分かりました」


「5名だね? じゃあ、この部屋を使ってくれ」


「どうも。ところで、値段は?」


「銀貨5枚だ」


 店主から鍵を受け取り、財布の中から取り出した銀貨を5枚支払う。狭い宿だけど、5人も泊まれるほど広い部屋があるんだろうか? もしかすると俺は床で寝る羽目になるかもしれないなと思いつつ、仲間たちを連れて部屋がある2階へと上っていく。


 他に利用している客がいないのか、部屋の中からは全く何も聞こえてこない。


 鍵に刻まれている番号を確認し、同じ番号のドアの鍵穴に差し込む。鍵を開けてからドアを開くと、潮の香りと木の香りを混ぜ合わせたような心地良い匂いが俺たちを出迎えてくれた。


 部屋の中はやはり狭く、ベッドはやや大きめだったけど3つしか用意されていなかった。ステラは小柄だから誰かと一緒に寝れば4人で眠れるだろうな。俺は床で眠るとしよう。


 真っ先に部屋の窓を開け、潮風を蒸し暑い部屋の中に迎え入れた俺は、コートの上着を脱いで用意してあったハンガーにかけた。久しぶりにあらわになったポニーテールを手で払い、灰色のワイシャツのボタンをいくつか外す。


 鏡で顔を見てみるが、やはり男子には見えない。仮に髪を短くしたとしても、ボーイッシュな女子だと思われてしまうだろう。きっと俺は、一生男らしくなるのは出来ないのかもしれない。


 部屋の中の鏡を見ていると、後ろでベレー帽を取っていたラウラが、俺のポニーテールを掴んでくんくんと匂いを嗅ぎつつ頬ずりを始めた。ミニスカートの中から尻尾を伸ばし、俺が逃げられないように身体に巻き付けてから、更に匂いを嗅ぐラウラ。最近の彼女は、甘える時は必ずこのように俺が逃げられないように尻尾を巻きつけてくるんだ。


 後ろを振り向いてお姉ちゃんに甘えようとしていると、ワイシャツの袖を小さな手にぐいぐいと引っ張られた。ステラだなと思いながら下を見てみると、片手をお腹に当てたステラが俺の顔を見上げていた。


 彼女の小さな身体から、お腹の音が聞こえてくる。どうやらステラは空腹らしい。


「――――――タクヤ、お腹が空きました」


「えっ? いや、今日はまだ早いんじゃ―――――――」


「はい。でも、お腹が空きました。ステラはもう我慢できません」


「ちょ、ちょっとステラ!?」


 おかしいよ!? 3時間前に思いっきり魔力吸ったばかりでしょ!?


 最近のステラは、魔力を吸う量が増えていると思う。身体に全く力が入らなくなるまで魔力を吸われるのは当たり前なんだけど、ある程度身体が動くようになってくると、おかわりと言わんばかりに第2ラウンドが待ち受けているのである。しかも、それが終わったら今度は再びラウラが餌食に。合計で4ラウンドですね、ステラさん。


 恐ろしい幼女だと思っていると、背伸びしたステラの小さな唇が、俺の唇に近付いてきた。








 アイテムを露店で購入し、トレーニングモードで魚雷を搭載している場合の訓練と発射訓練を済ませた頃には、もう夕方になっていた。昼食は露店で購入した魚のスープにしたんだが、夕食はどうしようか。レストランを探してそこで夕食を摂ろうかなと思いながら、レジスタンスの服に袖を通す。


 日が沈んでからは少し涼しくなったけど、まだコート姿で出歩くには暑すぎる気温だ。前に生産したレジスタンスの服の方が比較的薄着だから、出歩くにはこっちの方が良いだろう。


 真っ黒なハンチング帽をかぶった俺は、幼少の頃はよくこんな帽子をかぶって遊びに行ったなと昔の事を思い出しつつ、外出する準備を終えたナタリアに「どう?」とニヤニヤ笑いながら聞いてみる。


「なんだか……あんたっていつもコート姿だから、別人みたい」


「え? そんなに変わった?」


「うん。その服装も悪くないわよ? ………男装した美少女みたいで」


「はぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 おいおい、俺は男だぞ!? 息子はちゃんと搭載してるんだからな!?


 とりあえず、護身用にナイフとMP412REXだけ身に着けておこう。もちろんナイフは虎の子の大型ワスプナイフと大型ソードブレイカーだ。ボウイナイフ並みのサイズのナイフで、どちらもガスを噴出する機能を持っている。


 ナックルダスターのようなフィンガーガードもついているので、相手を殺さずにボコボコにする時にも使える逸品である。


 仲間たちも護身用に小型の武器を持ったようだ。この異世界は物騒な場所でもあるからな。騎士団が駐留している街でもない限り、丸腰で外を歩きまわるのは自殺行為だ。


 部屋に鍵を閉めて階段を下り、カウンターを掃除していたドワーフの店主に鍵を預けておく。


「外出だね?」


「ええ。夕食でも食べてきます」


「ああ、気を付けてな。……夕食を食べに行くなら、町の中心にあるレストランを訪れてみるといい」


「おすすめなんですか?」


「うむ。若い料理人が1人で経営している場所なんだが、あそこの料理は美味くてなぁ。肉料理がやけに多い店だが、繁盛しているよ」


「ありがとうございます」


 肉料理かぁ………。でも、港町に来たんだから魚料理が食いたいな。その店には魚料理はあるんだろうか?


 とりあえず、そこで夕食を摂ることにしよう。その店を教えてくれた店主に礼を言った俺たちは、さっそく宿屋を後にして夕方の港町へと躍り出た。


 日が沈みかけていても、潮の香りは健在だった。露店の大きなランタンで照らされた大通りを突き進み、店主に言われた通りに町の中心へと向かってみることにする。


 それにしても変わった店だな。港町に店を出すなら、普通は魚料理の方が多い筈だ。食材は漁師たちに委託すればいい筈だし、すぐ近くに新鮮な魚が手に入る海があるのだから。


 違和感を感じながらも、露店の並ぶ通りから遠ざかる。雑貨店や喫茶店の並ぶ道を突き進み、灯台を模したモニュメントの前を横切ると、段々と美味しそうな匂いが俺たちを包み込み始めた。


「………お肉の匂いですわね」


「という事は、この近くにあるのか?」


「あっ、あそこじゃない?」


 ナタリアが指差した先にあった建物の傍らには、確かにレストランの看板が置かれていた。やはり港町らしさをアピールするためなのか看板は錨を模した形状になっていたけど、店の中から漂ってくる香りはステーキとソースの香りだ。


 矛盾した奇妙な店だけど、ここで夕食を摂ることにしよう。


 店のドアを開けると、より濃い肉の良い香りが店内から流れ出てきた。カウンターの前には小さな椅子がいくつか並び、他にもテーブルと椅子が並んでいる。白が基調になっている店内は喫茶店のようにおしゃれになっているが、その席で食事を摂っている客の前に置かれているのは、大きなステーキとポテトの乗った皿だった。


「いらっしゃいませ!」


 港町のレストランにしては肉料理が多いというのは本当だったんだと思いながら違和感を感じていると、カウンターの向こうでフライパンを握っていた少年が元気な声で俺たちを出迎えてくれた。


 年齢はおそらく俺たちと同い年くらいだろうか。男子にしては俺がやや背が低いせいなのかもしれないが、少年の身長は俺よりも若干大きい。コックの帽子と白い服が似合う黒髪の少年だった。


「5名様ですね?」


「あ、はい」


「かしこまりました。では、あちらの座席にどうぞ!」


 少年に言われた通りに、窓際にある空いている席に腰を下ろす。すると少年は素早くカウンターから出て来てテーブルの上を拭き、メニューを置いてから再びカウンターの奥へと戻っていった。


 1人で切り盛りしてるのかな。かなり忙しそうだ。


 カウンターの奥へと戻っていく少年の後姿を見た瞬間、俺は彼のズボンにあるポケットから微かに何かが覗いていることに気がついた。彼が身に着けている服が真っ白だったから、一層それが目立っただけなのかもしれない。


 それは、真っ赤に塗装された携帯電話を思わせる端末だった――――――。


「………」


 あいつ、もしかして転生者なのか………?


 転生者が港町で店を開いたということなのだろうか。今まで殺してきた転生者は全員人々を虐げたり、奴隷を苦しめているようなクソ野郎ばかりだったから無意識のうちに警戒してしまっていたけど、彼はどうやら違うようだ。


 異世界に転生し、人々を虐げることなく頑張って働いているみたいだ。どうやらあの少年は努力家らしい。


「………」


「どうしたの?」


「いや、何でもない」


 こういう良い転生者もいるんだな………。


 安心した俺は、テーブルの上に置かれたメニューに手を伸ばすのだった。


 


 

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