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友達 5 「友達」(終)

 渚がいなくなってから、一か月が過ぎた。

 季節は変わり、朝の風が少し冷たくなった。

 それでも、教室の窓際の席には、まだ“あの日の光”が残っている気がした。


 先生はあの日以降、渚の話をしなくなった。

 クラスメイトも、何事もなかったかのように新しい日常を続けている。

 ──それが一番、残酷だった。


 りんは机に頬をつけて、窓の外を見た。

 風に揺れる木の枝が、まるで“手を振っている”ように見えた。


 > 「ねぇ、りん。ちゃんと食べてる?」


 声が聞こえた気がして、顔を上げる。

 誰もいない。

 でも、その“誰もいない”ことが、少しだけ安心でもあった。



 放課後。

 りんはカバンの中から小さな封筒を取り出す。

 あの日、机の上に置かれていたもの。

 中には、あの写真──傘の下で笑う自分と渚。

 そして、裏面の文字。


 > 『壊してごめん。でも、愛してるって、こういうことだよね?』


 その文字を指でなぞる。

 なぞるたびに、胸の奥が少しあたたかくなる。

 悲しいはずなのに、どこか穏やかだった。


 > “渚が消えた世界の方が、静かで苦しい。”

 > “でも、渚の声が残る世界なら、まだ息ができる。”


 りんはゆっくりと目を閉じる。

 ──その瞬間、耳の奥で微かな声がした。


 > 「りん、聞こえる?」

 > 「……うん。」

 > 「今日も、隣、空いてるよ。」


 胸が締め付けられた。

 涙が一筋、頬を伝う。

 でも、それを拭わない。


 「渚……わたし、ちゃんと生きてるよ。」


 > 「うん、知ってる。えらいね、りん。」


 その声は優しくて、少し誇らしげだった。



 帰り道。

 夕焼けが街を染めて、遠くの電線にカラスがとまっている。

 影が長く伸びて、アスファルトの上に二人分の影が並んでいた。

 りんは立ち止まり、微笑んだ。


 > 「ねぇ、渚。わたしたち、まだ“友達”だよね?」

 > 「もちろん。ずっと。」


 風が吹いて、落ち葉が舞った。

 渚の笑い声が、その風に混ざる。

 振り向いても、誰もいない。

 でも、たしかにそこに“いた”気がした。



 夜。

 机の上にノートを開く。

 渚と出会った日のページをめくると、滲んだインクの跡があった。

 その隣の空白に、ゆっくりと文字を書く。


 > 『渚へ。

 >  あなたがいない世界は、静かで寒い。

 >  でも、わたしの中には、まだあなたがいる。

 >  だから、もう泣かないね。

 >  ──星空りん』


 書き終えてペンを置くと、窓の外で風が鳴った。

 その音に重なるように、懐かしい声がした。


 > 「ありがとう、りん。」


 ノートのページが、ひとりでにめくれた。

 紙の音が、まるで拍手のように優しく響いた。



 翌朝。

 りんは制服の襟を整えて、鏡の前に立つ。

 髪を結ぶ手が少し震えた。

 鏡の奥で、もうひとりの“りん”が微笑んでいる。

 ──その背後に、渚の姿が見えた。


 > 「おはよう、渚。」

 > 「おはよう、りん。」


 二人の声が、まるでひとつに重なった。

 その瞬間、鏡の中の世界が少しだけ光った気がした。


 りんは小さく笑った。


 > 「ねぇ、渚。今日も、隣にいてね。」

 > 「うん。わたしたちは、ずっと“友達”だよ。」


 窓の外の空は、雲ひとつなく澄んでいた。

 光が差し込み、教室の机の上に、ふたつの影が並ぶ。


 ──そのどちらが“生きている”のか、もう分からなかった。



『友達』―終―


「わたしの中で、渚はまだ笑っている。

 それだけで、生きていける。」

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