友達 5 「友達」(終)
渚がいなくなってから、一か月が過ぎた。
季節は変わり、朝の風が少し冷たくなった。
それでも、教室の窓際の席には、まだ“あの日の光”が残っている気がした。
先生はあの日以降、渚の話をしなくなった。
クラスメイトも、何事もなかったかのように新しい日常を続けている。
──それが一番、残酷だった。
りんは机に頬をつけて、窓の外を見た。
風に揺れる木の枝が、まるで“手を振っている”ように見えた。
> 「ねぇ、りん。ちゃんと食べてる?」
声が聞こえた気がして、顔を上げる。
誰もいない。
でも、その“誰もいない”ことが、少しだけ安心でもあった。
◇
放課後。
りんはカバンの中から小さな封筒を取り出す。
あの日、机の上に置かれていたもの。
中には、あの写真──傘の下で笑う自分と渚。
そして、裏面の文字。
> 『壊してごめん。でも、愛してるって、こういうことだよね?』
その文字を指でなぞる。
なぞるたびに、胸の奥が少しあたたかくなる。
悲しいはずなのに、どこか穏やかだった。
> “渚が消えた世界の方が、静かで苦しい。”
> “でも、渚の声が残る世界なら、まだ息ができる。”
りんはゆっくりと目を閉じる。
──その瞬間、耳の奥で微かな声がした。
> 「りん、聞こえる?」
> 「……うん。」
> 「今日も、隣、空いてるよ。」
胸が締め付けられた。
涙が一筋、頬を伝う。
でも、それを拭わない。
「渚……わたし、ちゃんと生きてるよ。」
> 「うん、知ってる。えらいね、りん。」
その声は優しくて、少し誇らしげだった。
◇
帰り道。
夕焼けが街を染めて、遠くの電線にカラスがとまっている。
影が長く伸びて、アスファルトの上に二人分の影が並んでいた。
りんは立ち止まり、微笑んだ。
> 「ねぇ、渚。わたしたち、まだ“友達”だよね?」
> 「もちろん。ずっと。」
風が吹いて、落ち葉が舞った。
渚の笑い声が、その風に混ざる。
振り向いても、誰もいない。
でも、たしかにそこに“いた”気がした。
◇
夜。
机の上にノートを開く。
渚と出会った日のページをめくると、滲んだインクの跡があった。
その隣の空白に、ゆっくりと文字を書く。
> 『渚へ。
> あなたがいない世界は、静かで寒い。
> でも、わたしの中には、まだあなたがいる。
> だから、もう泣かないね。
> ──星空りん』
書き終えてペンを置くと、窓の外で風が鳴った。
その音に重なるように、懐かしい声がした。
> 「ありがとう、りん。」
ノートのページが、ひとりでにめくれた。
紙の音が、まるで拍手のように優しく響いた。
◇
翌朝。
りんは制服の襟を整えて、鏡の前に立つ。
髪を結ぶ手が少し震えた。
鏡の奥で、もうひとりの“りん”が微笑んでいる。
──その背後に、渚の姿が見えた。
> 「おはよう、渚。」
> 「おはよう、りん。」
二人の声が、まるでひとつに重なった。
その瞬間、鏡の中の世界が少しだけ光った気がした。
りんは小さく笑った。
> 「ねぇ、渚。今日も、隣にいてね。」
> 「うん。わたしたちは、ずっと“友達”だよ。」
窓の外の空は、雲ひとつなく澄んでいた。
光が差し込み、教室の机の上に、ふたつの影が並ぶ。
──そのどちらが“生きている”のか、もう分からなかった。
⸻
『友達』―終―
「わたしの中で、渚はまだ笑っている。
それだけで、生きていける。」




