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友達 4 「崩壊」

 風が強い日だった。

 窓を閉めても、カーテンの隙間から冷たい空気が入り込んでくる。

 机の上のプリントが何度もめくれて、

 それを押さえるたびに、心の奥の何かまでめくれそうな気がした。


 スマホが震える。

 ──渚。


 『りん、どこにいるの?』

 『どうして返事くれないの?』

 『わたし、待ってるんだよ?』


 その通知の列が、まるで心臓の鼓動みたいに見えた。

 無視したら、泣かせてしまう。

 返したら、もっと深く沈む。

 どっちを選んでも、息が詰まる。


 > 『ごめん、家にいた。明日、ちゃんと会おうね。』


 指先で送信ボタンを押した瞬間、安堵と後悔が同時に押し寄せた。

 返信はすぐに来た。

 『りんの声、聞きたい。電話してもいい?』


 断る理由なんて、もう持っていなかった。



 電話の向こうで、渚の呼吸が聞こえる。

 夜の静けさが、その息づかいを際立たせる。


 > 「りん、今、何してるの?」

 > 「寝ようとしてた。」

 > 「わたしのこと考えてた?」

 > 「……うん。」


 その一言で、渚が笑った。

 でも、笑い声の奥には、何かが滲んでいた。


 > 「ねぇ、りん。

 >  わたしたち、もう“友達”じゃ足りない気がするの。」

 > 「え……?」

 > 「好きなの。友達としてじゃなくて。

 >  誰にも渡したくないの。わかるでしょ?」


 答えられなかった。

 沈黙の中で、渚の息だけが続く。

 甘くて、苦しくて、どこか怖い。

 わたしの呼吸が、そのリズムに合っていく。

 まるで同じ身体の中で生きているみたいだった。



 次の日の朝、教室の空気が重かった。

 誰もわたしを見ない。

 渚も、目を合わせなかった。

 その沈黙が、いちばん怖い。


 放課後、屋上に呼び出された。

 風が髪を乱して、視界が少し霞む。

 渚は手すりの前に立っていた。

 制服のスカートが揺れて、陽の光が彼女の影を長く伸ばしている。


 > 「ねぇ、りん。なんで、あの子と話してたの?」

 > 「え……」

 > 「見たの。笑ってた。わたしといる時よりも楽しそうだった。」

 > 「そんなことないよ……!」

 > 「嘘つかないで。」


 渚が近づく。

 その距離に合わせて、わたしの背中が手すりにぶつかった。

 彼女の瞳は泣いているようで、怒っているようでもあった。


 > 「わたし、りんのこと……壊したくないのに。」

 > 「じゃあ、壊さないで……」

 > 「でも、りんが他の誰かを見たら、止まらなくなるの。」


 風が強く吹いた。

 髪が絡み、涙が滲む。

 渚がゆっくりと手を伸ばしてきた。

 その指先が頬に触れる。

 優しく、でも逃げられない力で。


 > 「りん、これで、完全にわたしのものになって。」


 唇が触れた。

 痛みはなかった。

 けれど、その瞬間、何かが確かに壊れた。



 夜、夢を見た。

 花びらのような光の中で、渚が笑っている。


 「りん、これでずっと一緒だね。」


 その笑顔が、あまりに綺麗で、泣けた。

 夢から覚めたあとも、頬に温もりが残っていた。


 スマホを開く。

 渚からのメッセージが一件。

 『ありがとう。これでいいんだよね。』


 その日を境に、渚は学校に来なくなった。



 数日後、先生が言った。

 「……茅ヶ崎さんが事故で亡くなったそうです。」


 時間が止まったみたいだった。

 教室の空気が一瞬で凍る。

 でも、わたしだけは息をしていた。

 静かに、当たり前のように。


 机の上には、小さな封筒。

 名前の欄に、“星空りんへ”と書かれていた。

 中には写真が一枚。

 ──あの日の屋上、傘の下で笑っているわたしたち。

 裏面に、渚の文字。


 > 『これで、ずっと一緒。ねぇ、りん。

 >  壊してごめん。でも、愛してるって、こういうことだよね?』


 涙が出なかった。

 ただ、喉の奥で何かが崩れていく音がした。


 > 「うん……わたしも、そう思う。」


 声にならない声で呟く。

 その瞬間、教室の窓が小さく鳴った。

 風もないのに、カーテンがふわりと揺れた。


 渚の笑顔が、その布の揺らぎの中に浮かんだ気がした。

 怖くなかった。

 ただ、優しかった。

 そして、少しだけ――あたたかかった。


◇ ◇ ◇

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