友達 4 「崩壊」
風が強い日だった。
窓を閉めても、カーテンの隙間から冷たい空気が入り込んでくる。
机の上のプリントが何度もめくれて、
それを押さえるたびに、心の奥の何かまでめくれそうな気がした。
スマホが震える。
──渚。
『りん、どこにいるの?』
『どうして返事くれないの?』
『わたし、待ってるんだよ?』
その通知の列が、まるで心臓の鼓動みたいに見えた。
無視したら、泣かせてしまう。
返したら、もっと深く沈む。
どっちを選んでも、息が詰まる。
> 『ごめん、家にいた。明日、ちゃんと会おうね。』
指先で送信ボタンを押した瞬間、安堵と後悔が同時に押し寄せた。
返信はすぐに来た。
『りんの声、聞きたい。電話してもいい?』
断る理由なんて、もう持っていなかった。
◇
電話の向こうで、渚の呼吸が聞こえる。
夜の静けさが、その息づかいを際立たせる。
> 「りん、今、何してるの?」
> 「寝ようとしてた。」
> 「わたしのこと考えてた?」
> 「……うん。」
その一言で、渚が笑った。
でも、笑い声の奥には、何かが滲んでいた。
> 「ねぇ、りん。
> わたしたち、もう“友達”じゃ足りない気がするの。」
> 「え……?」
> 「好きなの。友達としてじゃなくて。
> 誰にも渡したくないの。わかるでしょ?」
答えられなかった。
沈黙の中で、渚の息だけが続く。
甘くて、苦しくて、どこか怖い。
わたしの呼吸が、そのリズムに合っていく。
まるで同じ身体の中で生きているみたいだった。
◇
次の日の朝、教室の空気が重かった。
誰もわたしを見ない。
渚も、目を合わせなかった。
その沈黙が、いちばん怖い。
放課後、屋上に呼び出された。
風が髪を乱して、視界が少し霞む。
渚は手すりの前に立っていた。
制服のスカートが揺れて、陽の光が彼女の影を長く伸ばしている。
> 「ねぇ、りん。なんで、あの子と話してたの?」
> 「え……」
> 「見たの。笑ってた。わたしといる時よりも楽しそうだった。」
> 「そんなことないよ……!」
> 「嘘つかないで。」
渚が近づく。
その距離に合わせて、わたしの背中が手すりにぶつかった。
彼女の瞳は泣いているようで、怒っているようでもあった。
> 「わたし、りんのこと……壊したくないのに。」
> 「じゃあ、壊さないで……」
> 「でも、りんが他の誰かを見たら、止まらなくなるの。」
風が強く吹いた。
髪が絡み、涙が滲む。
渚がゆっくりと手を伸ばしてきた。
その指先が頬に触れる。
優しく、でも逃げられない力で。
> 「りん、これで、完全にわたしのものになって。」
唇が触れた。
痛みはなかった。
けれど、その瞬間、何かが確かに壊れた。
◇
夜、夢を見た。
花びらのような光の中で、渚が笑っている。
「りん、これでずっと一緒だね。」
その笑顔が、あまりに綺麗で、泣けた。
夢から覚めたあとも、頬に温もりが残っていた。
スマホを開く。
渚からのメッセージが一件。
『ありがとう。これでいいんだよね。』
その日を境に、渚は学校に来なくなった。
◇
数日後、先生が言った。
「……茅ヶ崎さんが事故で亡くなったそうです。」
時間が止まったみたいだった。
教室の空気が一瞬で凍る。
でも、わたしだけは息をしていた。
静かに、当たり前のように。
机の上には、小さな封筒。
名前の欄に、“星空りんへ”と書かれていた。
中には写真が一枚。
──あの日の屋上、傘の下で笑っているわたしたち。
裏面に、渚の文字。
> 『これで、ずっと一緒。ねぇ、りん。
> 壊してごめん。でも、愛してるって、こういうことだよね?』
涙が出なかった。
ただ、喉の奥で何かが崩れていく音がした。
> 「うん……わたしも、そう思う。」
声にならない声で呟く。
その瞬間、教室の窓が小さく鳴った。
風もないのに、カーテンがふわりと揺れた。
渚の笑顔が、その布の揺らぎの中に浮かんだ気がした。
怖くなかった。
ただ、優しかった。
そして、少しだけ――あたたかかった。
◇
◇ ◇ ◇
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