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友達 3 「孤立」

 朝の光が、少し白すぎた。

 窓際の席で、教室のざわめきが遠くに聞こえる。

 誰かが笑っている声、プリントをめくる音、机の脚のきしむ音。

 どれも現実のはずなのに、まるでガラスの向こうで起きているみたいだった。


 「りん、今日も隣ね?」


 渚が言う。

 いつもの調子、いつもの笑顔。

 それだけで心臓が少し速くなる。


 「うん」


 気づけば、口が勝手に答えていた。

 その一言が、約束にも命令にも聞こえる。


 ほかの子が「りんちゃん、一緒に食べようよ」と言ってくれても、

 笑って首を横に振るようになった。

 理由なんていらない。

 渚の目の前で、誰かと笑う勇気がもうない。


 ──それでも、嫌いになれなかった。

 渚が微笑むたび、わたしの中の痛みが静かになる。

 それが、彼女に従う理由になっていた。



 机の中に、小さな紙切れが入っていた。

 『りんって、渚のこと避けてるんでしょ?』

 ただの噂かもしれない。

 でも、その一文だけで呼吸が浅くなる。


 放課後、渚がわたしを呼び止めた。


 「ねぇ、りん。最近、みんな変じゃない?」


 「……うん、ちょっとね。」


 「でも大丈夫。わたしは信じてるから。」


 そう言って、渚は抱きしめてきた。

 校舎の隅、薄暗い階段の踊り場で。

 制服の布越しに感じる温度が、冷たい。

 彼女の腕は、優しさよりも“檻”に近かった。


 > 「大丈夫、わたしが守るから。」

 > 「……守らなくていいよ。」

 > 「何言ってるの、りん。友達でしょ?」


 その“友達”という言葉が、

 胸の奥で針のように刺さった。


 家に帰ってからも、渚の声が耳の奥で響く。

 “わたしは信じてる。だから、裏切らないでね。”

 誰もいない部屋で、その言葉に返事をしてしまう。


 > 「うん、裏切らないよ……」


 涙が出た。

 悲しいのか、安心したのか、自分でもわからなかった。



 最近、自分の声が小さくなった気がする。

 誰かに話しかけられても、言葉が出てこない。

 頭の中に“渚ならどう答えるか”が浮かんで、それをなぞるだけ。


 鏡を見る。

 映っている顔が、少し違う。

 笑っても、目が笑っていない。

 “わたし”という形の中に、渚が混じっている。


 「ねぇ、りん」


 渚がノートを覗き込む。


 「あ、それ見ないで!」


 慌てて閉じようとした瞬間、渚が笑った。


 「そんなに隠すなんて、わたしのこと書いてる?」


 「ち、違うよ……」


 「ふふ、嘘つき。」


 その笑顔が優しいほど、背筋が冷えた。

 言葉にできない何かが、ゆっくりと心を侵食していく。


 夜になると、渚の声が夢に現れる。


 > 「ごめんね、りん。

 >  でも、わたし、りんがいないとだめなの。」

 > 「……わたしもだよ。」


 夢の中の返事が、目を覚ましたあとも口に残っていた。



 ある朝、教室に入ると、机が教室の隅に移されていた。

 理由は誰も言わない。

渚はいつも通りの笑顔。

 その笑顔に「どうして」と問う勇気は、もうどこにもなかった。


 昼休み、ひとりでお弁当を食べていると、

 渚がそっと隣に座る。


 「どうしたの、りん? 一緒に食べようよ。」


 「……うん。」


 視線を合わせると、涙が出た。


 > 「ねぇ、りん。どうして泣くの?」

 > 「わかんない……」

> 「大丈夫。泣いてもいいよ。

>  だって、りんはわたしの“友達”だから。」


 “友達”という言葉が、壊れたガラスみたいに胸の奥で響く。

 痛いのに、離せない。

 嫌なのに、心のどこかで「ありがとう」と思ってしまう。



 夜。

 明かりを消して、ベッドに潜り込む。

 スマホは机の上。

 それなのに、耳の奥で声がした。


 > 「りん、ちゃんと寝てる?」

 > 「……うん。」

> 「明日も、隣ね?」


 目を閉じたまま、頷く。

 涙が流れても、止めようとしない。


 > 「うん、渚。……ずっと一緒だよ。」


 部屋の隅で、カーテンが揺れた。

 月の光が差し込み、壁に長い影を作る。

 その影が、渚の姿に見えた。


 わたしは微笑んで、


 > 「ほら、ちゃんといるじゃん……」


 と呟いた。


 もう、ひとりじゃない。

 そう思えば、少しだけ楽になれるから。


◇ ◇ ◇

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