友達 3 「孤立」
朝の光が、少し白すぎた。
窓際の席で、教室のざわめきが遠くに聞こえる。
誰かが笑っている声、プリントをめくる音、机の脚のきしむ音。
どれも現実のはずなのに、まるでガラスの向こうで起きているみたいだった。
「りん、今日も隣ね?」
渚が言う。
いつもの調子、いつもの笑顔。
それだけで心臓が少し速くなる。
「うん」
気づけば、口が勝手に答えていた。
その一言が、約束にも命令にも聞こえる。
ほかの子が「りんちゃん、一緒に食べようよ」と言ってくれても、
笑って首を横に振るようになった。
理由なんていらない。
渚の目の前で、誰かと笑う勇気がもうない。
──それでも、嫌いになれなかった。
渚が微笑むたび、わたしの中の痛みが静かになる。
それが、彼女に従う理由になっていた。
◇
机の中に、小さな紙切れが入っていた。
『りんって、渚のこと避けてるんでしょ?』
ただの噂かもしれない。
でも、その一文だけで呼吸が浅くなる。
放課後、渚がわたしを呼び止めた。
「ねぇ、りん。最近、みんな変じゃない?」
「……うん、ちょっとね。」
「でも大丈夫。わたしは信じてるから。」
そう言って、渚は抱きしめてきた。
校舎の隅、薄暗い階段の踊り場で。
制服の布越しに感じる温度が、冷たい。
彼女の腕は、優しさよりも“檻”に近かった。
> 「大丈夫、わたしが守るから。」
> 「……守らなくていいよ。」
> 「何言ってるの、りん。友達でしょ?」
その“友達”という言葉が、
胸の奥で針のように刺さった。
家に帰ってからも、渚の声が耳の奥で響く。
“わたしは信じてる。だから、裏切らないでね。”
誰もいない部屋で、その言葉に返事をしてしまう。
> 「うん、裏切らないよ……」
涙が出た。
悲しいのか、安心したのか、自分でもわからなかった。
◇
最近、自分の声が小さくなった気がする。
誰かに話しかけられても、言葉が出てこない。
頭の中に“渚ならどう答えるか”が浮かんで、それをなぞるだけ。
鏡を見る。
映っている顔が、少し違う。
笑っても、目が笑っていない。
“わたし”という形の中に、渚が混じっている。
「ねぇ、りん」
渚がノートを覗き込む。
「あ、それ見ないで!」
慌てて閉じようとした瞬間、渚が笑った。
「そんなに隠すなんて、わたしのこと書いてる?」
「ち、違うよ……」
「ふふ、嘘つき。」
その笑顔が優しいほど、背筋が冷えた。
言葉にできない何かが、ゆっくりと心を侵食していく。
夜になると、渚の声が夢に現れる。
> 「ごめんね、りん。
> でも、わたし、りんがいないとだめなの。」
> 「……わたしもだよ。」
夢の中の返事が、目を覚ましたあとも口に残っていた。
◇
ある朝、教室に入ると、机が教室の隅に移されていた。
理由は誰も言わない。
渚はいつも通りの笑顔。
その笑顔に「どうして」と問う勇気は、もうどこにもなかった。
昼休み、ひとりでお弁当を食べていると、
渚がそっと隣に座る。
「どうしたの、りん? 一緒に食べようよ。」
「……うん。」
視線を合わせると、涙が出た。
> 「ねぇ、りん。どうして泣くの?」
> 「わかんない……」
> 「大丈夫。泣いてもいいよ。
> だって、りんはわたしの“友達”だから。」
“友達”という言葉が、壊れたガラスみたいに胸の奥で響く。
痛いのに、離せない。
嫌なのに、心のどこかで「ありがとう」と思ってしまう。
◇
夜。
明かりを消して、ベッドに潜り込む。
スマホは机の上。
それなのに、耳の奥で声がした。
> 「りん、ちゃんと寝てる?」
> 「……うん。」
> 「明日も、隣ね?」
目を閉じたまま、頷く。
涙が流れても、止めようとしない。
> 「うん、渚。……ずっと一緒だよ。」
部屋の隅で、カーテンが揺れた。
月の光が差し込み、壁に長い影を作る。
その影が、渚の姿に見えた。
わたしは微笑んで、
> 「ほら、ちゃんといるじゃん……」
と呟いた。
もう、ひとりじゃない。
そう思えば、少しだけ楽になれるから。
◇
◇ ◇ ◇
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